QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年11月

2017年11月15日 20:27

相席屋は社会の何を象徴しているのか?

私が担当しています社会学の講義の中で、日本人の女子学生が「先生、最近、相席屋というのが流行っているんです」、「ご存知ですか?」と言ってきました。

「すみません。勉強不足です」ということで、早速、ネットで調べてみました。

相席屋は、男女で飲んだり食べたりする飲食店です。2014年3月に赤羽に1号店が開店して以来、急成長を続けています。

原則、女性(たち)は無料で、男性(たち)が全てのコストを支払います。男女ともに、基本的に相手を選ぶことはできないシステムです。

男性にとってアンフェアな感じもしますが、ホームページを覗きますと、男性のコストは平日ならば30分飲み放題で1500円、週末でも1800円とのこと。ただ、30分でお開きになるとは限らず、別途料金がかかるアルコールもあるようです(「料金表」相席屋HP)。

それでも、殆ど6000円以下で収まっているようで(Love Hacks, 2017年5月30日)、そういう意味では、ぼったくりのような状況ではないと言えます(ただ、1人1万円以上かかった例もネットでは紹介されていましたので、実態はよく分かりません)。

女性にとっては、何と言っても無料で飲食ができます。そして、もしかしたら、良い男性と出会えるかもしれません。

実際に、なぜ相席屋に行く理由を、「お店」が客500人に聞いたアンケートがありました(J-CAST, 2014年9月16日)。

男性の上位は、「恋人探し」(30%)、「楽しく飲みたい」(30%)、「友達づくり」(20%)

女性の上位は、「安いから」(25%)、「楽しく飲みたい」(25%)「友達づくり」(25%)、「恋人探し」(15%)

「恋人探し」目的が、男性(30%)と女性(15%)となっており、15%のズレが気になるところですが、実態として、男性は女性よりも年上が多く、男性はそんなに強引ではないケースが多いようです(もちろん、ネット情報を鵜呑みにして、ここで安全性を強調するつもりはありませんが)。

ある意味で、草食時代を象徴するビジネスと言えるのでしょうか。

私にはそれよりも、女性が無料というのが引っかかります。無料で食べて飲む代わりに、ハズレもある出合い系の席に着く、日本女子、それでいいのでしょうか。

そう思っていると、中国人の女子留学生が、私は生活の中で好きな男性を選びたいから、こういう出合い系は嫌だと発言しました。

その通り。でも、別の調査では、相席屋に、本気で出会いを求めている女性が、約6割もいるという数字もあります(SPA , 2015年6月16日)。

生活の中で出会えないからこその相席屋なのかもしれませんが。

2017年11月12日 19:25

傷付け合うことが不可避ならば、答えはこれしかない?: 映画『3月のライオン 前半』の疑似性の温かさ

「疑似家族」とは何かを考えさせられます。

『3月のライオン 前半』
制作国 日本
制作年 2017年
監督 大友啓史
出演 神木隆之介

あらすじ
【高校生プロ棋士の桐山零は、幼い頃、両親と妹を交通事故で無くし、師匠である棋士・幸田柾近八段の養子として育てられてきた。桐山は将棋だけが人生の生きがいであり、将棋だけを考えて生きてきた。そして、ついに中学でプロ棋士となるが、将棋が強くなっても常に孤独に苛まれている。事情があり、幸田家も出て、東京の下町で一人暮らしを始めた桐山は、ある時、菓子屋を営む川本家のあかり(23歳)、ひなた(中学生)、モモ(幼稚園生)の3姉妹と知り合う。桐山は、様々な困難に立ち向かいながら、3人で明るく逞しく頑張っている川本姉妹の姿に温かさを覚え、寄り添いたいと思う。いつしか、川本家が彼の心の拠り所となる。】

羽海野チカ氏原作、大ヒット漫画作品『3月のライオン』の映画化です。

主人公は高校生プロ棋士桐山零であり、彼は深い心の傷を抱きながら将棋盤に向かい合って戦います。

桐山だけではありません。彼の将棋仲間も、養父先の家族も、川本家の三姉妹も、この作品の登場人物は皆、とても傷付きながら生きています。もしかしたら、現代社会に生きるということは、誰かを傷付け、自らも他人から傷付けられずにはいられないのかもしれません。

その中で、川本三姉妹と桐山零の他人同士の温かい関係性は何を意味するのでしょうか。

「疑似家族」と言ってしまえばそれまでです。しかしながら、「疑似」の中に、傷付いたもの同士の「優しさ」があるのも確かです。

しかしながら、それでも他人同士です。その「優しさ」は他人故に時に誤解を生んでしまいます。桐山は、常に川本三姉妹を守ろうとするのに、そのことが逆に、また彼女たちの傷を深めてしまうのです。そして、桐山も三姉妹も悩みます。

ネタバレですが、それでも「気持ちは伝わっている」ことで桐山は居場所を失わないですみます。優しさ故の傷は、他人の利己利益によって作られた傷とは異なり、いつかは報われるというメッセージは微かな救いになっていきます。

この作品は、原作の漫画もアニメ版も非常に暗く、同時に非常に温かいのです。現代社会の人間関係において傷つくことが不可避ならば、私たちが明るく生きていく唯一の道は、これしかないと言うかのように。

2017年11月11日 03:04

どれ程、国が儲かっていても、格差がある限り政治は急進化する

もう、1ヵ月半前になりますが、2017年9月24日にドイツ連邦議会(下院)選挙がありました。

周知の通り、アンゲラ・メルケル首相が4選を決めましたのですが、最大のニュースとして報じられましたのは、反イスラム、反難民、反ユーロ(欧州単一通貨)を叫ぶ極右政党「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland)が得票率、12.6%(94議席)を獲得して、躍進したことです。

メルケル首相は勝ちましたが、BBCは「選挙の本当の勝者はドイツのための選択肢(AfD)だった」(BBC, 2017年9月25日)と表現しており、その数字以上のインパクトがありました。

選挙前の予想では、メルケル首相の圧勝でした。ドイツ経済が好調で、難民問題というマイナス要因があったとしても、メルケル首相の大勝利は確実であると考えられていたのです。

開けてみれば、ドイツの選挙結果は、フランス等の他の欧州諸国と同じように政治が急進化していることを顕したのです。

それでは、「ドイツのための選択肢」はどのような政党なのでしょうか。

同党の結党は、2013年のギリシャ経済危機をきっかけとしており、ギリシャへの経済支援と、その延長上に反EUを主張することが主でした。そして、110万人のシリア難民が押し寄せた2015年に勢力を拡大していきます。

しかしながら、2011年9月の世論調査ではドイツ国民は全体の54%が、ユーロに反対であり、旧通貨のマルクの復活を願っていることが分かっています(ロイター, 2011年 10月 6日)。特に、旧東ドイツ地域と、低学歴層にマルク復活を望む声が多いことが明らになっており、反ユーロを掲げる極右「ドイツのための選択肢」が登場する前に、潜在的な支持層が既に顕在化していたことになります(同上)。

ここにおける問題は、ドイツは全体として好景気であるということです。ドイツは2015年、EU全体の経常黒字のうちおよそ8割を稼ぎ出しており、2016年には中国を抜いて世界最大の経常黒字国となりました。経済上、ドイツは「一人勝ち」の状況なのです(NHK News Web, 2017年9月2日)。

そのドイツでも、難民問題が起爆剤となったとせよ、東西格差や社会格差が政治の急進化を招いているとすれば、国家全体の経済状況ではなく、格差の相対性そのものに目を向けないといけないということになります。

言い換えれば、どれ程、国が儲かっていても、(相対的な)格差がある限り政治は不安定になってしまうのです。

1932年7月のドイツの総選挙において、国家社会主義ドイツ労働者党 (ナチ党)は37%の得票率で第一党に躍り出ました。「ドイツのための選択肢」は、果たしてどこまで支持者を広げていくのでしょうか。

2017年11月 7日 00:48

甲子園で行われる試合は、多かれ少なかれ、自然から影響を受けることを前提としている

11月4日、プロ野球日本シリーズ第6戦(ソフトバンク対DeNA)はソフトバンクの勝利し、プロ野球の今シーズンの全日程が終了しました。

日本シリーズは、ソフトバンクの4勝、DeNAの2勝でした。阪神タイガースファンの私はとっては、どちらが勝ってもよかったのですけど、ただ、今シーズンに(この試合で)ピリオドを打たれるのが嫌だという理由だけで、第6戦はDeNAを応援していました。

ただ、私にとってポストシーズンは、大雨で泥沼化した甲子園で強行された10月15日の阪神とDeNAのクライマックスシリーズの第2戦目(阪神が6-13で敗北)で事実上、終わってしまったような感覚があります。

正確には10月17日にも試合があったのですが(阪神が2-5で敗北)、10月15日の試合は阪神が5回の表が始まるまでリードしていましたので、非常に残念でした。

最初から雨が降っていたあの試合が日程のため中止にされず、また雨が強くなったにもかかわらず試合を続行させたことが問題視されています(「泥沼甲子園で雨天強行されたCS阪神ー横浜DeNA戦の賛否」The Page, 10月16日)。

その是非はともかく、ホームの甲子園で4時間35分続いたまさに泥試合において、阪神が勝ちきれなかったことで、阪神のポストシーズンの夢が消えてしまったことになります(逆に言えばDeNAは、あの逆行の中、勝ったことで勢いに乗ったといえるでしょう)。

阪神の金本知憲監督は、「選手が本当に気の毒だった。見ていて申し訳ないというか...」と試合後、述べられています(スポニチ, 2017年10月16日)。

その通りなのですが、あの試合をやるべきだったか、中止すべきだったかの問いとは別に、あの試合は年間を通じて数試合ある負けてはならない試合であり、やるならば阪神が勝たなければいけなかったのです。

8月の炎天下で開催される夏の高校野球でも思うことですが、快適な環境を求めるならばドームで開催すべきですし、どうしても甲子園に拘るならば甲子園のドーム化を計画すればいいだけのことです。そうしない理由は、高校野球、そしてプロ野球(甲子園主催試合)が、多かれ少なかれ、自然に影響されることを前提としているからでしょう。

だから、雨の中でも野球をすべきだと申し上げているのではなく、自然から影響を受けることも想定内であるならば、甲子園をホームしている阪神は、あの試合に負けてはいけなかったと言いたいのです。

どうしても負けてはいけない試合に負けたことを、大雨の責任にしてはいけないでしょう。

2017年11月 6日 00:00

子供の頃の思い出も、大人になれば美化される: 映画『やかまし村の春・夏・秋・冬』におけるステレオタイプ

大人になると子供時代の思い出は、無意識に美化されているのかもしれせん。

『やかまし村の春・夏・秋・冬』(原題 Mer om oss barn i Bullerbyn)
制作国 スウェーデン
制作年 1987年
監督 ラッセ・ハルストレム
出演 リンダ・ベリーストレム, アンナ・サリーン, ヘンリク・ラーソン

あらすじ
【『やかまし村の子どもたち』(1986年)の続編。舞台は、1930年代のスウェーデンのスモーランド地方。わずか3軒(北屋敷、中屋敷、南屋敷)しか無い田舎村・通称「やかまし村」には女の子4人、男の子3人の子供たちがいる。中屋敷の長女リーサの眼を通して、物語が語られていく。前作の夏休み明けで終わったところから始まり、秋から冬と季節は巡り、クリスマス、大晦日、ニューイヤー、そして春が訪れる。】

前作は、子供たちのひと夏の思い出が描かれていました。当ブログ、2016年3月21日付で記しました通り、原作者の(『長くつしたのピッピ』シリーズで有名な)アストリッド・リンドグレーンの思い出が理想化されています(2作ともリンドグレーンが脚本を担当している)。

そして、その美しい自然は、「スウェーデンの田舎」のステレオタイプを象徴するようになり、「ブラビィ・シンドローム」と呼ばれているのです。

そのような見方があることを差し引いても、この作品は子供たちの目から見た日常が生き生きと描かれています。

何もない日常の中での季節の変化、クリスマスや年越しのわくわく感が子供たちの表情から伝わってきます。

いつの間にか大人は、子供時代のわくわく感を失ってしまうのでしょうか。もちろん、大人になればプレゼントを貰う側から、あげる側に役割が変わったとも言えますが、本作を観れば、直ぐに昨日のことのように思い出したような気分になります。

そう考えると、この映画は大人のためにあるのでしょう。

そして、「スウェーデンの田舎」のステレオタイプであると同じく、この映画は「子供時代」のステレオタイプなのかもしれません。

そこには、嫌な思い出は原則として描かれません。

確かに、子供の頃、クリスマスも大晦日も楽しかったのですが、本当は友達と喧嘩したり、先生や両親に怒られたり、テストが悪かったり、多かれ少なかれ誰にでもあると思うのです。しかし、「やかまし村」は、セピア色の理想の(スウェーデン人以外にとっては異国の)子供時代なのです。

それでも良いと考えるか、やはり、これは虚像だと考えるかで作品の捉え方が大きくことなるのではないでしょうか。

 1  |  2  | All 次へ >>

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
月別アーカイブ
2017年11月
2017年10月
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年11月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
カテゴリーアーカイブ
カンボジア (27)
スイス (26)
スポーツと社会 (115)
ネパール (26)
国際事情(欧州を除く) (225)
大震災/原発事故と日本 (29)
御挨拶 (13)
日本政治 (124)
日本社会 (263)
映画で観る世界と社会 (291)
欧州事情 (93)
留学生日記 (70)
英国 (96)

ページトップへ

カレンダー
<< 2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
最新記事
相席屋は社会の何を象徴しているのか?
傷付け合うことが不可避ならば、答えはこれしかない?: 映画『3月のライオン 前半』の疑似性の温かさ
どれ程、国が儲かっていても、格差がある限り政治は急進化する
甲子園で行われる試合は、多かれ少なかれ、自然から影響を受けることを前提としている
子供の頃の思い出も、大人になれば美化される: 映画『やかまし村の春・夏・秋・冬』におけるステレオタイプ
最新コメント
はじめまして、書き込...
Posted by たか
あなたもまだお若い。...
Posted by 葵東
青春時代に見て感動し...
Posted by 小林 千三
私は韓国に住んでいま...
Posted by 七色無職
†講談社「週刊現代」...
Posted by 鈴木有介
最新トラックバック
この社会での性的魅力
from 哲学はなぜ間違うのか
ひとつ/長渕剛(Cover)
from 今日の天草