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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年8月

2017年8月29日 02:23

山口投手の処分は甘過ぎるのか厳し過ぎるのか?

8月28日、プロ野球の選手会が、男性警備員に怪我を負わせた巨人の山口俊投手へ処分が厳し過ぎるとして、巨人に抗議しました(朝日新聞デジタル, 2017年8月28日)。

まず、事件から振り返ります。

山口投手は30歳の誕生日だった7月11日未明、酒に酔った状態で東京都目黒区の病院を訪れ、男性警備員の胸を押して机に腰などをぶつけさせて全治2週間の打撲を負わせ、同時に病院内のドアを蹴って壊したとして書類送検されています(産経ニュース, 8月23日)。

事件としては被害者と示談が成立しており、東京地検も8月23日、不起訴処分としています(同上)。

不起訴処分が出る前の8月18日、巨人の球団事務所で山口投手の謝罪会見が行われています。

そこで、8月18日から今季終了までの出場停止と、事案の起きた7月11日から出場停止期間前日の8月17日までの間、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額を罰金として支払うこと、更に出場停止期間中の参稼報酬について、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額が減額されることが公表され、合計で1億円以上の減額となると報じられました(日刊スポーツ, 8月18日)。

この処分に対して、選手会が批判しているのです。

その理由は、来季以降の複数年契約についても、解雇をちらつかせて契約見直しを迫られており、1億以上の罰金だけではなく、更に数億円のペナルティーを科せられているとされています(スポニチ, 8月28日; サンケイスポーツ, 8月28日; NHK News Web, 8月28日)。これらの処分は、今回、逮捕事案でなかったことや、すでに示談が成立していることなどから、前例からみても処分が重過ぎるというのです(同上)。

この選手会の報道を読むと確かにその通りであるようにも思えますが、選手会が異議を唱えるまでは、どちらかというと「甘い処分」という声が大きかったように思えます(事実、会見後、スポーツ報知の『Twitter』には、処分が「甘い」と批判が殺到していたそうです(ガジェット通信, 8月18日))。

巨人の老川祥一オーナーも、処分発表後、処分が甘いとの苦情が寄せられていると述べており、「もっと重い処分も考えた。いろんな角度から慎重に検討した結果、下した判断」と説明しています(サンケイスポーツ, 8月19日)。

このように会見後、10日間は、むしろ、巨人サイドは「処分が甘い」という批判に答えてきたのです。今度は、一転、選手会から処分見直しを求められ、「厳し過ぎる」という批判に対して「妥当である」と反論しなければならなくなりました(NHK News Web, 8月28日)。

山口選手への処分は「甘過ぎる」のでしょうか、それとも、「厳し過ぎる」のでしょうか。

スポーツジャーナリストの鷲田康氏は、前例から見れば確かに厳しい処分であるとした上で、巨人のエース級の3年総額7億5000万円とも言われる大型契約を結んでいることが1億円以上のペナルティーを「甘く」見させているとしています(鷲田康「なぜ「断酒宣言」は無かったのか?」Number Web, 8月25日)。

そして、それ以上に処分を「甘く」見させてしまった理由として、鷲田氏は、山口投手が記者会見で飲酒について、これからどうするのか、と聞かれた際、「しっかり自分で自粛して、またこのような軽率な行動、社会人としてあるまじき行動をとらぬように、お酒との付き合いを考えて向き合っていきます」と答え、断酒宣言をしなかったことを挙げています(同上)。

山口投手の処分は、法的(前例主義的)には「厳し過ぎる」とされ、世間的には「甘過ぎる」と考えられているのです。

「解雇をちらつかせて契約見直された」ことが事実であるとすれば、鷲田氏が指摘した最初のお金に対する批判はなくなるでしょうから(選手会側は、それを問題視しているのですが)、残すは断酒だけになります。

鷲田氏は、かつて、元サッカー日本代表の前園真聖氏が、同じように飲酒トラブルを起こした際、きっぱりと断酒宣言をして、それ以降は「一切、お酒は口にしていない」と公言することで復帰に成功していると進言しています(同上)。

断酒宣言するかどうかは、巨人軍にとっても選手会にとっても、それ程重要なことではないのでしょうが、「野球で頑張る」以外に(むしろ、頑張るためにも)法的な罪ではなく、期待を裏切った分だけの「罪」を受けて何か意思表示をしなければ、少なくても日本の野球界(を支えるファンの世間)では許されない可能性があります。

大切なことは、もしかしたら法律でもお金でもないのかもしれません。

2017年8月20日 10:46

階層と時間の交差を可能にするもの: 映画『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』の移民系「不良」学生のアイデンティティ

階層性と歴史性が繋がることもあります。

『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(原題 Les Heritiers)
制作国  フランス
制作年  2014年
監督  マリー=カスティーユ・マンシヨン=シャール
出演  アリアンヌ・アスカリッド, アハメッド・ドゥラメ

あらすじ
【移民系も多く、貧困層が暮らすパリ郊外クレテイユ。レオン・ブルム高校に赴任した歴史・地理の女性教師アンヌ・ゲゲンは、荒れた多民族集団のクラスの担任になる。やる気のない学生たちにゲゲンは、学生たちの可能性を説き、「アウシュビッツ」を題材にする全国歴史コンクールに参加するように説得する。嫌々ながら始めた学生たちも、ゲゲンの情熱に少しずつ前向きになるが、なかなかリサーチが進まない。そんな時、ゲゲンは、強制収容所の生存者レオン・ズィゲル氏を教室に招く。ズィゲル氏の話を聞き、学生たちはその日から目の色が変わり、自主的に学ぶようになっていく。】

実話がベースになっており、当事者の1人の青年(アハメッド・ドゥラメ)が、経験を基に脚本を担当し、更に出演(マリック役)もしています。そして、アウシュビッツの生存者レオン・ズィゲルもご本人です。

ストーリーは単純です。ネタバレですが、貧困層の移民系(多民族)が通う高校の最低クラスが、情熱的な歴史の先生の存在によって動かされ、更にレオン・ズィゲル氏のリアルな体験を耳にして変わっていくのです。

映画では紆余曲折を描いてはいますが、出来過ぎた展開ではあります。また、ユダヤ人の描かれ方も一元的であります(ハンナ・アーレント的な問題提起はありません)。

しかし、それでも、この物語は感動します。それは、階層的にボトムである貧困層の「不良」学生たちが過去の虐殺の歴史にリアルに触れて、感じ、直視することで、結果的に自分たちの今を変える結果を生み出しているからです。

その背景には、上記の通り、ゲゲン先生の熱意、レオン・ズィゲル氏の生々しい体験談があります。彼らが今を精一杯生きていることが、学生たちを過去に繋げるのです。

その上で、どうして落ちこぼれであった彼らが、短期間に変われたのかを考えると、彼ら自身の「熱さ」もあるように思えます。

映画の冒頭において在籍していたイスラム教の女生徒が、卒業証明書を取りにくるシーンがあるのですが、スカーフを巻いてきたために卒業証書を貰えないのです。先生たちは、「校則に従って、スカーフを外しなさい」と言うのですが、学生は「卒業したのだから、もう校則には従わない」と怒鳴り返して、帰宅してしまいます。

貧困層地域であるのですが、学生たちは非常にアイデンティティに拘り、自らのアイデンティティを拠り所にしています。ですから、反ユダヤ主義のようなアイデンティティによって差別されたり、虐殺されたりすることの痛みがストレートに伝わるのかもしれません。

この「熱さ」故に、貧困地域の多民族の若者が「アウシュビッツ」を語ることも理に適っているように見えるのです。

そして、「アウシュビッツ」は、普遍化されていきます。

2017年8月18日 03:49

スイスでは、2000円で外食するのは難しい

スイスのジュネーブにお気に入りのファーストフード店がありました。ジュネーブを訪れるたびに寄っていましたが、この夏、訪れてみると閉店中でした。

名前はMike Wong。タイ風を中心にアジア系の料理を5分で作って出してくれます。テイクアウトもできます(むしろ、テイクアウトの人の方が多かったように思えます)。

値段は、1品1食、15スイスフランから20スイスフランの間です。1フラン=約110円ですので、2000円前後になりますが、マクドナルドのビッグマックメニューが13スイスフランの国ですので、マクドナルドプライスで食事ができたのです。

実際、Mike Wongもマクドナルドを意識しており、以下のようなトレードマークを(おそらくマクドナルドにもナイキにも許可を取らずに)使用しています。

IMG_2939.jpg

そのMike Wongが8月8日にスイスの警察によって閉鎖されました(以下、20 Minutes, 09 August 2017)。商標の問題ではなく、不法労働者(中国出身の調理人)が働いていたというのが理由です。

オーナーの話では、コックの労働許可を申請はしていたようですが、許可を待っている段階で働いてしまっていたようです。

このお店は比較的「安くて美味しい」ので、とても人気がありました。

スイスは物価が高く、賃金も高いです。

当ブログ2014年6月9日付で記しましたが。2014年にスイスで、時給22スイスフラン(当時、約2,500円)、週42時間のフルタイム労働で月給4,000スイスフラン(当時、約453,000円)の定最低賃金導入の是非を問う国民投票が実施されました。結果は、反対76%で否決されましたが、既にその際、スイスでは、給料が法定最低賃金を下回る労働者は、約33万人であり、労働者の10人に1人に過ぎなかったのです(Swissinfo.ch、 2014年4月10日)。

なぜ、スイスではこれ程、賃金が高いのか。基本的にスイスは、単純労働目的の労働者を受け入れてはいません(それでも入ってきているので、今回の事件になるのですが)。

こんなスイスで、安く外食をしようとすると苦労します。

数少ない安くておいしいお店が、不法労働者を雇っていたとなるとそれはそれで問題です。ランチでも2000円以下で外食することが難しいという現状を受け入れなくてはいけないことになります。

単純労働を目的とした多数の移民労働者を受け入れれば、物価は下がりますが、当然それに伴い、平均賃金も下がります。

平均的に賃金が高く、同時に平均的に物価が安い国はないのです(個人としてのお金持ちは物価を問わず、世界中にいますが)。

残念ながら選択はどちらかでしかないことを、改めてMike Wongのニュースは教えてくれました。

2017年8月17日 23:59

構造的暴力としての人種差別

前々回、ヨハン・ガルトゥング氏の平和の定義であります「消極的平和(Negative Peace)」と「積極的平和(Positive Peace)」について記しました。

戦争のない状態を「消極的平和」とし、貧困、抑圧、差別などの構造的暴力がない状態を「積極的平和」とするガルトゥング氏の概念は、今日の世界情勢を考えますと「消極的平和」から「積極的平和」に進んでいくのではなく、同時存在的です。

特に米国では、北朝鮮との関係において「消極的平和」も危うい中、8月12日バージニア州シャーロッツビルで発生した白人(国家)主義者とそれに反対派の衝突事件は、(差別という構造的暴力の存在を示し)「積極的平和」も米国内で問われていることを明らかにしています。

シャーロッツビル事件は、8月12日に白人至上主義者の20歳のジェームズ・アレックス・フィールズ容疑者が、白人至上主義者に反対する群衆の中に車で突っ込み、1人を殺害し、19人にけがを負わせた惨事です(The Huffington Post, 8月13日; APF, 8月13日)。

この事件に対し、米国ドナルド・トランプ大統領が8月15日、双方に暴力的な行為があったとし、責任は双方にあると述べたたことが、更に批判を招き、火に油を注ぐような結果となっています。

一方で、バラク・オバマ前大統領は、ツイッターで「肌の色や出自、信仰を理由に、生まれながらに他人を憎む人などいない」というネルソン・マンデラ氏の言葉の引用投稿し、300万を超え史上最多の「いいね」を集めています(CNN, August 16, 2017)。

現職のトランプ大統領が批判され、オバマ前大統領が絶賛されているかのように見えますが、CBSニュースの世論調査によると、55%がシャーロッツビルでの事件に対するトランプ大統領の反応は支持できないと答えながら、共和党支持者では67%が支持できると答えています("CBS poll: Most Americans disapprove of Trump's Charlottesville response", CNN, August 17, 2017)。

そもそも、この事件はシャーロッツビルにおいて南北戦争の将軍で白人主義者として知られたロバート・リー将軍の銅像撤去に反対するため、白人至上主義団体やネオナチ団体が8月12日にUnite The Rightという集会を組織したことから始まっています。

人種差別というまさに構造的暴力を否定するかどうかの問題が、米国を二分してしまっていることに驚かずにはいられません。

歴史では、国内になかなか解決できない深刻な問題が生じたとき、外国と戦争することでとりあえず人々の目を外に向けさせることが多々あります。差別という「積極的平和」の危機の問題を誤魔化すために、「消極的平和」を犠牲にしても意味がないことを強調しておきたいと思います。

2017年8月16日 06:43

21世紀でも(だから)魔女はつらいよ: 映画 『塔の上のラプンツェル』にて絶対悪となった魔女

欧米の子供向けの映画やTVアニメには、救いようもない悪役が登場します。

『塔の上のラプンツェル』(原題 Tangled)
制作国  米国
制作年  2010年
監督  バイロン・ハワード, ネイサン・グレノ

あらすじ
【ある王国のお妃様が妊娠中に体を壊し、重い病に陥った。そこで、伝説の魔法の花を服用し、健康状態に戻った後に、無事に女の子を出産した。そうして、生まれた「ラプンツェル」と名付けられた赤ちゃんには「魔法の花の力」が宿っており、金色の髪がどんな病や傷も治してしまう。魔女ゴーテルは、ラプンツェルの髪の力を求め、赤子のラプンツェルを誘拐する。その後、18年間、ゴーテルは、深い森に囲まれた高い塔の上に家を構え、ラプンツェルを一歩も外に出さずに育てる。18歳の誕生日の前に、ラプンツェルは、毎年、自分の誕生日に外から見えてくる花火を、もっと近くで見たいと「母」ゴーテルに頼むが、猛反対される。しかし、ゴーテルが不在のある日、王女のティアラを盗んだ大泥棒フリンが、追手を逃れて塔に侵入してくる。ラプンツェルは、フリンを捕まえて盗まれたティアラを奪い、自分の誕生日に外の世界を案内すれば、ティアラを返すと彼にオファーする。フリンはしぶしぶ合意し、ラプンツェルの初めての「旅」が始まる。】

グリム童話が原作のディズニー映画です。

原作では、ラプンツェルは王女ではありません。長年、子供に恵まれなかった夫婦という設定であり、ラプンツェルの髪に特殊な能力もありません。

そもそも、魔女が作っていた「ラプンツェル」という菜の一種を、妊娠した女性(夫婦の妻)がどうしても食べたいと求めたことで、魔女と生まれた子供を魔女に授けると約束してしまうのです。

塔の上で魔女に育てられたラプンツェルは、ある日、魔女が不在時に、ラプンツェルの歌声を聞いた王子が塔の上に登ってきてしまいます(ラプンツェルが引き上げます)。2人は恋に落ちるのですが、魔女が怒り、ラプンツェルの髪を切り落とし、追放してしまいます。

後に、塔にやってきた王子は、その事実を知り、失望の余り塔から落ちて失明してしまいます。ラプンツェルと王子は7年後に森で偶然、再会し、ハッピーエンドにはなります。

このように、グリム童話の原作(これも何度も改編されているそうですが)では、魔女が完全な悪役になっていません。

最初に魔女が所有していた菜の花を求めたのは妊娠した夫婦であり、その代価として魔女が子供を貰うということが「合意」されているのです。その後、魔女を裏切って、王子と恋に落ちるのはラプンツェルであり、魔女の怒りも筋が通ってはいます。

彼ら人間の「欲」に魔女が罰を与えるという設定であり、しかし、罰を受けても、人間の「愛」が人間を幸せにするというストーリー展開になっています。

ディズニー版の『塔の上のラプンツェル』では、魔女は根っからの悪役です。ラプンツェルの「髪の力」を持って美しさを維持しているのです。魔女は自分の美しさを維持するために、ラプンツェルを囲っており、手放すことができないのです。

しかしながら、映画は原作よりも面白く仕上がっています。

ラプンツェルは王女であり、原作の王子様役は、悪党フリンに代わります。王国軍にも追われている悪党が、ラプンツェルを「旅」に導き、フリンと恋に落ちることで「母」の魔女から自立させ、最終的に(ネタバレですが)ラプンツェルは王女に戻るのです。素晴らしい、アダプテーションです。

ただ、魔女が一身に悪役になることで物語を支えるのです。それが、21世紀でもなのか、21世紀だからなのかが気になるのですが、その分析は今後の課題にしたいと思います。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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