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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年7月30日 02:21

「心の壁」は「見える壁」よりも複雑で苦しい: 映画『オマールの壁』におけるオマールの闘い

「心の壁」は目に「見える壁」よりも複雑です。

『オマールの壁』(英題: Omar)
制作国 パレスチナ
制作年  2013年
監督 ハニ・アブ・アサド

あらすじ
【壁が巡るパレスチナ自治区。幼馴染の青年オマール、タレク、アムジャドは、イスラエルの秘密警察に対抗するための武器を調達、射撃訓練に励んでいる。オマールは、タレクの高校生の妹ナディアと結婚を誓っている。そのような中、3人はイスラエル攻撃を実行すると、オマールだけが俘虜となる。オマールは自白を固く拒むが、イスラエルの秘密警察の捜査官ラミによる策略により90年以上の懲役刑を宣告される。恋人ナディアすらも罪に問われると脅されたオマールは、ラミとの取引を呑み釈放される。オマールは、裏切り者になるつもりはなく、逆に捜査官ラミを罠にかけようとするが、結果として更に仲間に犠牲を出してしまう。オマールは、ナディアにまで裏切り者と言われるが、本当の裏切り者はアムジャドであると分かり、彼に詰め寄る。すると、アムジャドはナディアと深い関係となり、ナディアが妊娠し、それをラミ捜査官に暴露すると脅迫されたと告白する。全てを諦めたオマールはアムジャドとナディアの結婚を認め、2人と絶縁する。2年後、2児の母となったナディアと再会したオマールは、結婚当初ナディアが妊娠していなかったことを知らされる。】

この作品に関しては、ジャーナリストの川上泰徳氏がNewsweek誌で詳細に解説されています(「映画『オマールの壁』が映すもの」Newsweek, 2016年5月12日; 2016年05月13日)。

川上氏も論じておられますが、この映画は「ラブストーリー」であり、リアルな壁が象徴するイスラエルの占領政策ではないのです。

しかしながら、このリアルに存在する「壁」が見えない「心の壁」をパレスチナの青年たちに与えてしまい、彼らの人生を左右してしまうのです。

具体的には、オマールは、ナディアが妊娠していると耳にすると確かめもせずに信じ込み、ナディアは、オマールが裏切り者になったという噂を確かめもせずに信じてしまい、2人の関係に「壁」が入り込んでしまうのです。

ネタバレですが、オマールは全てを清算するために、結果的に自分を巧みに罠に嵌めたイスラエルのラミ捜査官を殺害します。

オマールは仲間の利害のために動き、パレスチナ自治国家を裏切っても仲間の名誉だけは守ってきたのですが、そもそもの前提自体が騙されていたことを知り、何かとオマールに親切にしてきたラミを殺し、映画は終わります。しかし、その後、彼自身もイスラエルの秘密警察によって殺害されることは想像に難くありません。

自治国家も友人も恋人をも守れなかったオマールは、命を持ってその構造を壊します。国家対国家、敵味方の単純なストーリーではなく、オマール個人が直面する「壁」との闘いなのです。

しかし、自分自身の「心の壁」と対峙することで、オマールの「個」としての闘いが普遍化され、世界中で多くの人々の共感を得るのです。
プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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