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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年7月

2017年7月31日 23:46

稲田大臣と蓮舫代表の辞任を考える

前々回の当ブログにて記しました通り、北朝鮮が弾道ミサイルを日本の排他的経済水域内(EEZ)に発射した7月28日、稲田朋美防衛大臣が辞任致しました。

辞めたのは稲田大臣だけではなく、その前日、野党第1党の民進党の蓮舫代表も辞任しています。

蓮舫代表は野党ですが、安倍政権は「すべての女性が輝く社会づくり」を掲げており(「すべての女性が輝く社会づくり本部」『首相官邸HP』)、防衛大臣や野党第一党の代表が女性であったことは女性が輝く社会建設にとっては肯定的すべき状況と言えたでしょう。

しかしながら、稲田大臣が辞任し、現安倍内閣では閣僚18人(防衛大臣は岸田文雄・外務大臣が兼任)のうち女性は丸川珠代・東京オリンピック・ パラリンピック競技大会担当と高市早苗・総務大臣の2人となりました。

女性の社会進出こそが少子化対策の重要な政策の一つであるとされて久しく、日本の深刻な少子化の要因の一つは、女性の社会進出の遅れであると指摘されています。先進国では、女性が社会に進出している率が高いほど、出生率が高いのです。

国会議員の政治家は、日本国民の代表であり、ここから女性の社会進出を促すのは当然です。

それでは、稲田大臣と蓮舫代表はどうして挫折してしまったのでしょうか。それは、お二方が女性だからと考えるべきではないでしょう。また、単純に政治家としての資質論にもすべきではないでしょう。

しかしながら、それでも、衆議院当選4回の稲田氏と参議院当選3回の蓮舫氏が「リーダー」的役職に就いたのは女性であったことが、周囲にとって重要なポイントであったことは否定できないのではないでしょうか。

ちなみに稲田氏は、防衛分野は「専門外」であり、この分野の政策には通じておらず、首相から役職を告げられた際、思わず「自信がない」と口走ったと報じられています(朝日新聞、7月31日)。

専門性を活かすのではなく、シンボリックに「置かれてしまった」とすれば、任命責任のほうが大きいことになります。

女性の社会進出を重視するならば、女性だからという理由を優先して登用するのではなく、まずは、それぞれのエクスパートを育成することを優先すべきであるように思えます。まず、第一に女性だからではなく、各分野の専門家を女性の割合を増やしていく、結果的に専門職に女性が増えていくということが重要です。

最終的には女性か男性かという見方ではなく、専門性から「その人」を選んでも、半数が女性になっていくのが理想です。

結果ではなく専門家を養成するという観点から考えれば、大学、大学院の(女性の)教育は重視されるべきなのではないかと考えます。

2人の辞任を「女性だからダメだった」と単純化せずに考える必要があります。

2017年7月30日 02:21

「心の壁」は「見える壁」よりも複雑で苦しい: 映画『オマールの壁』におけるオマールの闘い

「心の壁」は目に「見える壁」よりも複雑です。

『オマールの壁』(英題: Omar)
制作国 パレスチナ
制作年  2013年
監督 ハニ・アブ・アサド

あらすじ
【壁が巡るパレスチナ自治区。幼馴染の青年オマール、タレク、アムジャドは、イスラエルの秘密警察に対抗するための武器を調達、射撃訓練に励んでいる。オマールは、タレクの高校生の妹ナディアと結婚を誓っている。そのような中、3人はイスラエル攻撃を実行すると、オマールだけが俘虜となる。オマールは自白を固く拒むが、イスラエルの秘密警察の捜査官ラミによる策略により90年以上の懲役刑を宣告される。恋人ナディアすらも罪に問われると脅されたオマールは、ラミとの取引を呑み釈放される。オマールは、裏切り者になるつもりはなく、逆に捜査官ラミを罠にかけようとするが、結果として更に仲間に犠牲を出してしまう。オマールは、ナディアにまで裏切り者と言われるが、本当の裏切り者はアムジャドであると分かり、彼に詰め寄る。すると、アムジャドはナディアと深い関係となり、ナディアが妊娠し、それをラミ捜査官に暴露すると脅迫されたと告白する。全てを諦めたオマールはアムジャドとナディアの結婚を認め、2人と絶縁する。2年後、2児の母となったナディアと再会したオマールは、結婚当初ナディアが妊娠していなかったことを知らされる。】

この作品に関しては、ジャーナリストの川上泰徳氏がNewsweek誌で詳細に解説されています(「映画『オマールの壁』が映すもの」Newsweek, 2016年5月12日; 2016年05月13日)。

川上氏も論じておられますが、この映画は「ラブストーリー」であり、リアルな壁が象徴するイスラエルの占領政策ではないのです。

しかしながら、このリアルに存在する「壁」が見えない「心の壁」をパレスチナの青年たちに与えてしまい、彼らの人生を左右してしまうのです。

具体的には、オマールは、ナディアが妊娠していると耳にすると確かめもせずに信じ込み、ナディアは、オマールが裏切り者になったという噂を確かめもせずに信じてしまい、2人の関係に「壁」が入り込んでしまうのです。

ネタバレですが、オマールは全てを清算するために、結果的に自分を巧みに罠に嵌めたイスラエルのラミ捜査官を殺害します。

オマールは仲間の利害のために動き、パレスチナ自治国家を裏切っても仲間の名誉だけは守ってきたのですが、そもそもの前提自体が騙されていたことを知り、何かとオマールに親切にしてきたラミを殺し、映画は終わります。しかし、その後、彼自身もイスラエルの秘密警察によって殺害されることは想像に難くありません。

自治国家も友人も恋人をも守れなかったオマールは、命を持ってその構造を壊します。国家対国家、敵味方の単純なストーリーではなく、オマール個人が直面する「壁」との闘いなのです。

しかし、自分自身の「心の壁」と対峙することで、オマールの「個」としての闘いが普遍化され、世界中で多くの人々の共感を得るのです。

2017年7月29日 20:20

北朝鮮の弾道ミサイル発射が照らし出したこと

7月28日の23時半頃過ぎ(韓国軍によると23:41)、北朝鮮がミサイルを日本海に向けて発射しました(NHK News web, 7月29日 2時46分)。

防衛省によればミサイルは1発で、ICBM級(大陸間弾道ミサイル級)であり、午前0時28分26秒に北海道積丹半島の西およそ200キロ、奥尻島の北西およそ150キロの日本海の日本の排他的経済水域内(Exclusive Economic Zone)に落下したと推定されています(NHK News web, 7月29日 5時03分; 7月29日 6時14分)。

28日は日中、破棄したとしていたPKO部隊の日報を陸上自衛隊が保管していた問題で、稲田朋美防衛大臣が辞任致しました。大臣のみならず、陸上自衛隊トップの岡部俊哉陸幕長、防衛省の黒江哲郎事務次官も引責辞任しました。北朝鮮は、結果的に日本の防衛トップ3人が交代するという「隙」を狙ってミサイルと発射したことになります(ミサイルを発射するプロセスを考えれば、全くの偶然かもしれませんが)。

菅義偉官房長官は29日未明の記者会見において、稲田氏の防衛相辞任直後のタイミングだったことに関しては「安倍晋三首相は安全保障に一刻の空白もあってはならないとの思いから、岸田文雄外相に防衛相を兼務してもらった」と答えています(日本経済新聞, 7月29日, 2:06)。

政府としてはそう答えるしかないでしょうし、実際、問題がなかったのかもしれません。しかしながら、やはり、現場の3人の責任者が辞めた直後にミサイルが飛んできた時事は、国民の不安を煽るのも事実です。

もし、ミサイル発射を予期していたら昨日の辞任はなかったでしょう。つまり、日本政府が北朝鮮動向について分析し切れてしないことも露呈してしまったように見えるのです。

アンフェアな表現になるかもしれませんが、失礼ながら野党党首が辞めることと、防衛大臣、陸上自衛隊陸幕長、防衛省事務次官が同時に辞めることは重さが違うのです。

もちろん、ことの発端でありますPKO部隊の日報事件も、重要な問題です。しかし、北朝鮮がミサイルと発射するという有事と比較すれば、今、どちらがより優先すべき事項かは明らかです。他国からのミサイルは、直接的に国民の安全に係わるのです。

政治は、常に優先順位に基づいて選択決定しなければなりません。

そのような意味で、日本のガバナンスの弱点を北朝鮮のミサイルが照らし出してしまったようにも思えます。

2017年7月28日 11:34

様々な壁にぶつかり、「個」として自立する: 映画『インシャラー・ディマンシュ』が示唆する移民女性のマージナル性

フランスに移民したアルジェリア人は、フランスではアルジェリア人ですが、本国のアルジェリア人からみれば、もはやアルジェリア人ではないのです。この作品は、「マージナルマン」としてフランスのアルジェリア系・移民系女性の悲哀と希望を映し出しています。

『インシャラー・ディマンシュ』(原題: Inch'Allah Dimanche)
制作国 フランス
制作年  2002年
監督 ヤミナ・ベンギギ

あらすじ
【1970年代の北フランスの小さな町サン・カンタン。フランス政府は1976年、 「家族再会法」で一定要件の下、外国人移民労働者の家族を呼び寄せることを認める。アルジェリア人のズイナは、10年前にフランスに移民したアルジェリア人の夫に呼び寄せられ、3人の子供と義理の母と一緒にフランスにやってくる。しかし、夫は日常的に彼女に暴力を振るい、一緒に移民してきた義母は彼女を使用人のように扱う。近所の独り身のフェミニスト・ニコルは彼女に接近し、彼女を「解放」しようとするが、逆に夫や義母から罵倒されてしまう。孤独に苛まれ、ズイナはサン・カンタン内のアルジェリア系移民の女性を毎日曜日に探し始める。数週間後にやっと、その女性の自宅を見つけるが、夫に黙って来たと言うと、友情を拒否されてしまう。】

ベンギギ氏は、映画監督であり、フランスのフランソワ・オランド政権の外務大臣付在外フランス人・フランコフォニー担当大臣を務めた政治家でもあります。『インシャラー・ディマンシュ』は、ベンギギ監督の自伝的要素が強い作品であると言われています。

主人公のアルジェリア系移民女性のズイナは「マージナルマン」的存在です。

「マージナルマン」とは、二つ(以上)の社会集団に属し、一つのアイデンティティに固定されていない人間のことを指した米国の社会学者ロバート・パークが提唱した概念です。

ズイナは、アルジェリア人の義母程には保守的ではなく、ウーマンリブを地で行く近所のフランス人フェミニスト女性のニコル程、進歩的(革新的)でもないのです。

最終的に、ズイナは同じ町に住むアルジェリア人女性に「振られる」ことによって、自分1人で生きていくしかないと自覚します。

保守でも革新でもない自分自身の道を歩むことも、(個人主義の始まりであり)西欧化なのかもしれません。しかしそれでも、ズイナは、個として困難に立ち向かうことを覚え(本当の幸せを掴む希望を抱かせ)映画が幕を閉じるのです。

ちょっと、漫画チックな単純なストーリーですが、社会から冷ややかな目で見られる移民一家の中で、更に家庭内で差別を受けるズイナが「個」として自立していく姿は、見ごたえがあります。

いずれにしましても、移民問題を考える際、移民系住民を「マージナルマン」として捉え、彼らの居場所を考えることはとても重要であるように思えます。

2017年7月19日 23:22

「他人の人生に自分を乗っける」スポーツ観戦は、時に勝敗を越えて教えてくれることもある

まず、確認したいことは、上西小百合衆議院議員が言葉でどんなに酷いことを主張したとしても、民主主義の社会は上西さんの命を絶対に守らなくてはいけないということです(議員には、17日に「殺害予告」が届いています)。

その上で、私は上西議員が、埼玉スタジアムで行われたサッカー国際親善試合でドルトムントに逆転負けした浦和レッズに対して、ツイッターで「サッカーの応援しているだけのくせに、なんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」(2017年7月16日20:02)と書いたことを批判したいのです。

私は浦和レッズファンではないのですが、阪神タイガースを熱烈に応援しています。

「他人に自分の人生を乗っけてる」と言われればその通りです。日本全国から選ばれた(阪神の)プロ野球選手たちが、私ができないスーパープレーで人生の不満を(時々)解消してくれることもあるのは事実です。

しかし、わが阪神タイガースは、いつも不満を解消してくれるわけではないのです。シーズン別で勝敗を見ますと以下の通りです。

2016年 64勝76敗 3分(4位)
2015年 70勝71敗 2分(3位)
2014年 75勝68敗 1分(2位)
2013年 73勝67敗 4分(2位)
2012年 55勝75敗14分(5位)
2011年 68勝70敗 6分(4位)
2010年 78勝63敗 3分(2位)
2009年 67勝73敗 4分(4位)
2008年 82勝59敗 3分(2位)
2007年 74勝66敗 4分(3位)

この10年では、706勝688敗44分けですから、球場もしくはテレビ(サンテレビ)やネットで阪神の試合を観戦して、勝つ確率は50パーセント以下なのです。

「人生を乗っける」には率が悪過ぎます。

阪神が勝った時は、それだけで単純に喜び、負けた時(特にエラー絡み)は、私の場合は、自分はせめてダメ虎のように凡エラーをせずに頑張ろうと反面教師にすることにしています。

それから、スポーツ観戦は、勝ち負けを越えて感動することもあります。

例えば、7月18日(火)阪神甲子園球場で行われた阪神―広島の9回表、3-9で阪神が大量リードを許している展開で、かつての日本を代表するクローザーであった藤川球児投手が登板します。

まずは、広島の新井選手を高めのストレートで、サードゴロ 1アウト、安部選手をセカンドゴロ 2アウト、石原選手をライトフライ 3アウトチェンジと3者凡退に仕留めます。

「火の玉ストレート」を持って、クローザーとして何度も何度も9回に登板し阪神を勝利に導いた藤川投手が、敗戦処理とも言える6点差の状況で、(かつてのように三者三振とはいかないけれど)一球一球、一生懸命投げている姿は、勝ち負けを度外視してプロとは何かを教えてくれています。人生はいつも華やかな舞台だけではないのです。

もう一度繰り返せば、「他人に自分の人生を乗っけてる」と言われれば、その通りですが、勝ち負けではない時もあるのです。

上西議員が、お分かり頂けないとすれば残念です。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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