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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年6月 6日

2017年6月 6日 14:07

究極の環境決定論なのか?: 映画『わたしを離さないで』における悲観主義

現在、私が担当しております早稲田大学エクステンションセンター春講座「映画からみる英国」でカズオ・イシグロ氏原作の『わたしを離さないで』を取り上げました。観直してみると、作品のイメージが変わってきました。

『わたしを離さないで』(原題: Never Let Me Go)
制作国  英国
制作年  2010年
監督  マーク・ロマネク
出演  キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ

あらすじ
【1978年、英国。小学生キャシー、ルース、トミーは、小さい頃からヘールシャムという寄宿舎で暮らしている。キャシーは、いじめられっ子のトミーを何かと庇う。ここでは、外に出ることは禁じられており、外に出た学生が殺されたという噂が流れている。子供たちの健康診断が繰り返され、絵や詩の創作もさせられる。この学校の先生の1人であるルーシー先生が、学校の方針に反対し、子供たちが臓器提供のために存在しているクローンであることを話して、解雇される。やがて、18歳になったキャシー、ルース、トミーは、臓器提供前にコテージと呼ばれる場所で共同生活を始める。ルースとトミーは付き合い始め、キャシーは浮いている。そのような中、他の学校から来たカップルに、臓器提供者同士が恋愛し、それが真剣であれば、「提供猶予」があると聞かされる。キャシーは、恋愛関係を深めるルースとトミーの傍にいられず、自分が臓器を提供するまで、臓器提供者の介護人になることを決意し、コテージを去る。】

本作については、一度、当ブログ(2016年11月 8日付)で私見を述べております。

臓器提供者に教育を施すという寄宿舎ヘールシャムの教育について、私は、以下のようにかなり否定的に論じています。

「ヘールシャムは子供たちの人間性を証明し、臓器提供を否定しない限り(クローンを人間として扱わない限り)、救われないのです。」

その考えに変化はないのですが、担当講義において、ロバート・オーウェンの環境決定論を説明しながら、クローン人間の教育というのは究極の環境決定論を証明することになるように思えてきました。

18世紀後半、産業革命を支えたグラスゴーの工場ニュー・ラナークを経営していたオーウェンは低所得の労働者階層の子供たちに幼稚園を工場内に建設し、当時、最高レベルの幼児教育を施すことで、紳士淑女を育成しようとしました。

オーウェンのイデオロギー的(左右からの)批判は別として、彼が、環境によって人間が形作られることを証明しようとしたことは確かでしょう。

貧困層の労働者と彼らの子供は親子ですが、別人格でもあります。しかし、子供たちがクローンであり、もし、クローンが紳士淑女になっていったならばどうでしょうか。

しかし、映画『わたしを離さないで』において、寄宿舎ヘールシャムは、オーウェンのラナーク工場内幼稚園のような社会の価値観やステレオタイプを変えようとするようなミッションはありません。

彼らの存在は、もっと複雑な悲劇の中で、環境決定論を証明し、運命(環境)に翻弄されていきます。エリート人間への臓器提供者育成のための寄宿舎ヘールシャムは、結果的に優秀な学生(若者)たちを輩出しています。

しかし、ヘールシャムの「実験」によって彼らが紳士淑女になったとしても、彼らが臓器提供者であるという環境を打破できないのです。もし、彼らが臓器提供者でなければ、紳士淑女になっていないからです。

ロバート・オーウェンはかつて空想的社会主義者と呼ばれましたが、カズオ・イシグロの文学(同作品)は、極めて悲観的です。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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