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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年5月 7日 06:21

自立させるコミュニティの場: 映画『続・深夜食堂』における「めしや」の社会性

時に人は、騙し、騙されるものなのかもしれませんが、そうしながらも、折り合いを付けなくてはいけないのでしょう。

『続・深夜食堂』
制作国  日本
制作年  2016年
監督  松岡錠司
主演  小林薫

あらすじ
【東京のある路地裏にある小さな食堂「めしや」は、謎めいたマスターが1人で店を営んでいる。店の営業時間は深夜0時から朝まで、常連客たちからは「深夜食堂」と呼ばれている。そのような中、範子という喪服の女性が店を訪れる。出版社の編集者をしている彼女は、喪服を着て街を歩くことでストレス発散をしているという。範子は、ある担当した作家の本当の葬式で、中年男性に出会い、恋に落ちる。しかし、数日後、範子は警察に呼ばれる。一方、「めしや」の近所の蕎麦屋の息子・清太は、母親と2人、蕎麦屋で働きながら、卓球センターが通いをしている。そこで出会った、一回り以上年上の女性さおりとの結婚を母親に言い出せずにいた。また、息子の同僚からの電話があり、博多から上京してきた老人の夕起子は、息子を救うために大金をその同僚に渡してしまう。オレオレ詐欺なのではないかと警察官の小暮は疑うが、食事もしていないということで、とりあえず「めしや」に連れていくと、徐々に彼女の複雑な理由が分かってくる。】

前回、当ブログ(2015年6月13日)で第一作について言及しました際、「めしや」は食事だけではなく、深夜における「仲間との場」「コミュニティ空間」を売っていると記しました。

ただ、深夜の「コミュニティ空間」を求める人たちは、24時間化されている大都会においては深夜に限定されなくなっているのではないかとも付け加えました。

本作における「めしや」の客は、ネタバレですが「騙される」が共通項となっています。

喪服を着て、人々を騙すことでストレス発散をしてきた編集者・範子は、逆に男性に騙されることで一度実家に帰り、「喪服」を捨てます。蕎麦屋の息子・清太は母親を「騙して」(この場合は内緒で)、本当のそば打ちになる修業をします。最後の老人の夕起子は、オレオレ詐欺に「騙されながら」、数十年前に自分が息子に嘘をついたことにけじめを付けようとします。

3人の主人公たちは、単純な被害者ではありません。人は「騙し」、「騙される」存在なのです。

しかしながら、そのような複雑に絡んだ人間関係を「めしや」のマスターは見守り続けます。マスターは、時に助言はしますが、基本的に他人の人生に介入はしません。そうすると、それぞれの主人公は自分自身で納得する解決方法を見出すのです。

つまり、「めしや」は自立支援センターのような役割を担っており、救いの場ではなく、そこに集うことで自分を見つめ直すのです。

やはり、「めしや」は深夜を越えて求められていく「場」であるように思えます。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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