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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年2月 2日 23:38

米国で自動車を作ることは難しいことなのか?

米国のドナルド・トランプ大統領が、年明けから自動車メーカーに米国で工場を作れと迫っていることが話題になっています。

メキシコで2019年の稼働を目指して自動車工場を建設しているトヨタには、「米国内に工場を作らないなら高額の『国境税』を払え」と言い放ちました。

それに答える形でトヨタの豊田章男社長は1月9日、メキシコ工場の計画に変更がないことを述べた上で、「これまでの60年間で米国に220億ドル(約2.5兆円)を投資してきたが、今後5年間でさらに100億ドル(約1.1兆円)を米国に投資する」と表明しています。

トヨタだけではありません。既に、年明け直後、フォード・モーターは、16億ドル(約1890億円)規模のメキシコ工場新設計画を白紙撤回し、代わりにミシガン州の工場で増員すると発表しました(Bloomberg、2017年1月4日)。

1月16日にゼネラル・モーターズ(GM)も、米国内で少なくとも10億ドル(約1140億円)を投資し1千人超の追加雇用に踏み切ることを公表しています(日本経済新聞、1月17日)。

各社の計画変更は、「米国第一」を掲げるトランプ氏の「恫喝」への各社の屈服と理解されていますが、実際はどうなのでしょうか。

ビジネスジャーナルの「トランプ恫喝に戸惑うトヨタら自動車各社...とっくに米国企業以上に「米国第一主義」」という記事では、日本の自動車メーカーがいかに米国国内で車を作っているかに焦点が当てられています(ビジネスジャーナル、1月17日)。。

実は、トヨタの米国投資の100億円という数字は、トヨタ米国法人のジム・レンツ社長が「これまでの過去5年間の投資額と変わらない」と言っている通り、トランプ氏の要請に応えたふりをしただけであり、GMやフォードにとっても「米国帰り」はむしろ「渡りに船」であったというのです(同上)。

自動車会社の「米国帰り」の理由は何なのでしょうか。上記では、米国で売られている日本車の米国製部品使用比率が高く、積極的にメキシコに工場を作る動機がメーカー側において薄れていると分析されています(同上)。

これは、どのような車をどのように作るかによっても左右されることでしょう。

単純に考え、自動車が安価な大衆車と高級車に分かれるとしますと、熟練労働者の高い技術によって良い車を作るならば先進国でしかできないかもしれません。安価な大衆車の場合も、機械化が進めば、どこで作っても変わらないかもしれません(しかし、これは雇用には結びつきません)。

または、先進国の労働者の賃金が、格差化によって安くなれば、途上国と同じような値段で大衆車が先進国で作れるかもしれません。もしくは、大幅にドル安になれば、同様の効果もあります。

つまり、先進国に工場を「戻す」ことは、幾つもの可能性があり、難しいことではないことになります。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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