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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2016年3月

2016年3月30日 00:00

大半のイスラム系住民は多様なヨーロッパ社会にある程度「同化」している

22日に発生したブリュッセル連続テロ事件は、「イスラム国」(IS)が犯行声明を出しており、4人(もしくは5人)の実行犯の内、少なくとも以下の3人はベルギー生まれもしくは育ちのイスラム系移民2世と報じられています(NBC News, March  23, 2006;  The New York Times,  March 24, 2006)。

ハリド・バクラウィ容疑者(27)ベルギー生まれ
ブラヒム・バクラウィ容疑者(29)ベルギー生まれ
ナジム・ラーシュラウィ容疑者(24)モロッコ生まれ、ベルギー育ち

改めてヨーロッパにおけるイスラム系移民の問題がクローズアップされるでしょう。

私は、1994年から2013年まで、英国、アイルランド、ルーマニア、スイスに滞在してきました。そして現在も、ヨーロッパに1年に何回か足を運んでいます。その経験から申し上げて、ヨーロッパは概して、イスラム教徒を受け入れているし、イスラム系住民も(その良し悪しは別として)ある程度「同化」もしていると感じます。

問題は、むしろ、イスラム系住民の中のアイデンティティが多様化していることであると考えます。

移民1世とヨーロッパ生まれの2世では価値観が違います。母国のアイデンティティを引きずりながらも自らの意思でヨーロッパに渡った1世は、敬虔なイスラム教徒であっても、ヨーロッパ社会を壊そうとは考えない可能性が高いです。イスラム教の批判と同様に、欧米社会への攻撃もまた、自己否定になってしまうからです。

一方で、ヨーロッパ生まれの2世、3世は、ヨーロッパの環境をアプリオリなものと捉えます。

彼らは、1世よりも(多様な)ヨーロッパの社会に「同化」することができますし、実際にある程度「同化」しています。しかし、何らかの理由で、その社会に受け入れられなかったとき、(ある程度「同化」しているが故に)一部は欧米を否定する急進的なイスラム主義に、新たなアイデンティティを求めるかもしれません。

しかしながら、重要なことは、本来、ヨーロッパに住む大半のイスラム教徒2世、3世たちも、自ら生まれ、育った社会を物理的に破壊しようとは考えていないということです。

一部のごく僅かなイスラム系移民が、「ホームグローン・テロリスト」になってしまっているのです。

興味深いことに、「ホームグローン・テロリスト」たちの行動は、結果としてヨーロッパの極右勢力が、EUや国際機関、そして(グローバル化を体現する)大企業を否定することにも共通しています。

そこから導き出される結論は、欧州社会から疎外されている人々(主に若者)がイスラム教徒にも極右勢力にも存在するということでしょう。

結局、社会が彼らを様々な方法で、包み込むしかないのでしょう。

「包摂」という言葉は、語るのは容易ですが、日常の生活で個々人が実践するのは多難です。しかし、やらなければテロは続き、欧州の政治もより急進化してしまうのです。

2016年3月27日 15:18

差別していると「美味しいもの(大切なもの)を失ってしまう」:映画『あん』が投げかけるメッセージ

差別はいけないことは殆どの人が知っています。しかし、差別は社会に依然として残ってもいます。そして、映画や小説がその課題と向き合う時、どのようにメッセージを表現するかが問われます。

『あん』
制作国  日本
制作年  2015年
監督  河瀬直美
出演  樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子
あらすじ
【どら焼き屋「どら春」の雇われ店長である千太郎は、かつて事件を起こし刑務所に服役していた過去がある。一生懸命、どら焼きを作るが、どうしても、あんが作れない。そんな時に、指の曲がった年老いた徳江が「どら春」でアルバイトさせて欲しいと言ってくる。千太郎は、一度は断ったが、徳江の作ったあんを食べて気が変わり、採用を決める。徳江が来て以来「どら春」はあんの美味しさ故に大繁盛する。しかし、店主は、徳江の曲がった指を見て、「あの人、『らい』よ。やめてもらってちょうだい」と千太郎に命じる。躊躇する千太郎であったが、風評が広がり、店への客足が遠のいていく。そして、徳江は店を去り、ハンセン病療養所に帰っていく。】

ハンセン病患者の強制隔離を定めた「らい予防法」が廃止されたのは1996年4月です。あれから、20年が経過したにもかかわらず、毎日新聞が療養所の入所者と退所者を対象にしたアンケート調査によれば、法廃止後の周囲の状況については、入所者、退所者とも過半数が「ほとんど変わらない」とし、全体の77%が「病気への差別や偏見がいまだにある」と回答しています(毎日新聞、3月27日)。

ハンセン病は不治の病から治療法が確立され、治る病気になっています。しかしながら、差別が残っているとすれば残されるのは、人々の心の問題、社会の問題になります。ハンセン病は、社会に残っているのです。

そんな社会的な課題を、本作品は静かに美しく描きます。

徳江を演じる樹木希林さんは、自然体です。自然体に優しく映像を通じて、観客に「これで良いのか」と諭します。

「どら春」の雇われ店長・千太郎を演じる永瀬正敏さんは、それを役柄の「制約」の中で無理をせずに受け止めています。

ドキュメンタリーにせよ、フィクションにせよ、社会派の映像作品は時に主張型になる傾向があります。しかし、本作は主張しない形で強いメッセージを送り出すことに成功しています。

おそらくそれは「差別はいけない」と言うのではなく、差別なんかしていると「美味しいもの(大切なもの)を失ってしまう」というスタンスだからなのかもしれません。

2016年3月26日 00:49

ベルギーは特殊ではないが、欧州を一元的に捉えるべきでもない

22日午前8時(日本時間同日午後4時)、ベルギーの首都ブリュッセルの空港と地下鉄駅構内でテロが発生し、34人が亡くなり、800人以上が負傷しました(朝日デジタル、3月23日)。

なぜ、今回のテロがベルギーのブリュッセルだったのでしょうか。

当ブログ、「2016年を欧州から考える(3):オランダの年越し花火」(2016年1月 4日)に言及しました通り、今年、ベルギーでは恒例の年越し花火が禁止になっていた程、年末から緊張状態が続いていたことになります。

ニュースでは、ベルギーの多様性が結果としてテロリストを隠してしまうというような論調が多いように見受けられます。

しかしながら、2013年、ベルギーにおける外国生まれの外国人は総人口の15.5%となっており、確かに高いのですが、スウェーデンが16%、アイルランドが16.4%、スイスの28.3%、ルクセンブルクの 43.7%と更に上を行く国があります(OECD  International Migration Outlook 2015)。

ベルギーは、イスラム系の移民比率ももちろん低くないのですが、それは総人口の5.9%で、ブルガリア13.7%、フランス7.5%、オランダ6.0%、オーストリア5.4%と、ギリシャ5.3%とベルギーだけが突出している訳ではありません(Pew Research Center, "5 facts about the Muslim population in Europe" November 17,  2015)。

ベルギーが、オランダ語、フランス語、ドイツ語に分かれる複雑な多言語国家、多民族国家であることも、ヨーロッパ各国が多かれ少なかれ多民族国家になっていることを考慮すると、そこにベルギーの特殊性があるとは言えません。

ベルギーが特殊ではないなら、テロは欧州のどこでも起こる可能性があるとも言えるのですが、可能性を可能性で留めているケースと、事件化してしまうケースでは大きく状況が異なるように思えます。

例えば、スイスも、人口の大半がドイツ語とフランス語とイタリア語に三分割されている多言語国家です。その上で、ベルギーとの違いを考えますと、スイスの場合、国家原理の重要な一つが安全保障であることが、セキュリティへの高い意識に繋がっているのかもしれません。

その点からベルギーという国を見直してみますと、その原理が(何だか分かりませんが)少なくとも安全保障ではないように見えるのです。

もちろん、ベルギーで起ったことはパリのテロ事件からの連続性にあります。欧州各国は、国境を越えてテロ対策をしなければならないのは事実です。

ただ、当ブログで言及しました通り、私は今年、オランダのアムステルダムにて年越し花火を眺めながら新年を迎えたのですが、オランダにもテロの潜在的な可能性があったとしても、テロの恐怖を感じるものではありませんでした。

違いは、紙一重なのかもしれません。しかし、欧州を一元的に捉えることも、ベルギー特殊論同様、それはそれで間違っているように思えます。

2016年3月21日 01:41

思い出の中で理想化された自然:映画『やかまし村の子どもたち』が呼び起こす「シンドローム」

この映画を観て、昔、ルーマニアの友人宅で手に取った市販の写真アルバムに「記憶に刻まれる思い出は、全て美しい」と書かれていたことを思い出しました。

『やかまし村の子どもたち』(原題:  Alla vi barn i Bullerbyn)
制作国   スウェーデン
制作年   1986年
監督  ラッセ・ハルストレム
出演  リンダ・ベリーストレム、アンナ・サリーン、ヘンリク・ラーソン
あらすじ
【1930年代のスウェーデンのスモーランド地方。わずか3軒(北屋敷、中屋敷、南屋敷)しか無い田舎村・通称「やかまし村」。村には女の子3人、男の子3人の子供たちがいる。3軒の一つである中屋敷の長女リーサの眼を通して、物語が語られていく。彼らが夏休みを迎えた初日から、夏休みが終わるまでひと夏、遅くまで日が暮れない白夜のスウェーデンの田舎で、子供たちはのびのびと優雅な時間を過ごしていく。】

本作品は、「長くつしたのピッピ」シリーズで有名なアストリッド・リンドグレーンの原作を下敷きにして、リンドグレーン自ら脚本を担当しています。モデルになったのはスモーランド地方ビンメルビュー市の郊外の村であり、リンドグレーンの故郷の近くだそうです。

作品に描かれる木造の大きな大家族向けの家、美しい湖と森、白夜の明るい夜、自然に包まれて育つ子供たちの環境は、おとぎの国の世界のように素晴らしいのです。

まるで、理想の幸せが凝縮しているようなシーンの連続は、都会の大人の視点でもあるように感じます。原作は1947年、リンドグレーンが40歳の時に執筆されていますので、彼女の三十数年前の思い出が土台になっており、それは当然なのかもしれません。

ただ、本作は、リンドグレーンの思い出を離れて「スウェーデンの田舎」のステレオタイプを象徴するようになり、「ブラビィ・シンドローム」と呼ばれます("A New Trip to Lindgren Land", New York Review of Books, June 23, 2015)。
文句の言えない「幸せなシーン」は、理想化された田舎なのですが、リンドグレーンにとっては理想ではなく、脚色されていても事実に基づく物語だったのかもしれません。

しかしながら、多くの人々にとっては理想になってしまうのはなぜでしょうか。

映画は何も大事件は起こりません。子供たちにとっては大切な日常の出来事の連続が綴られていくだけなのです。

1930年代という時代(リンドグレーンの子供時代は1910年代でしょうが)=時間と、美しい田舎=空間は、現代の都会に住む多くの人々には手に届かないものなのかもしれません。

もしかしましたら、「やかまし村」は現存しない「失われた日常」の世界かもしれません。それでも、映画の中では「存在」が許されるべきなのではないでしょうか。

2016年3月20日 00:37

なぜ、ベトナムは日本語を第一外国語にするのか?

2016年3月1日、在ベトナム日本大使館が、ベトナム全土の小学校で日本語を英語などと並ぶ「第1外国語」として教えることを発表しました(産経ニュース、3月2日)。

対象は小学生3年生以上で、今年の9月から試験的に、首都ハノイの三つの小学校に日本語学習クラスを2クラスずつ設置するとのことです(同上)。

初等教育段階での日本語教育の導入は東南アジアで初めてになりますが、実際は、教員の確保等の課題が残されますので、英語と同等というよりも政治的メッセージが強いのかもしれません。

しかしながら、私は勤務校でベトナム人留学生と日常的に接しており、人的交流の観点から日本とベトナムの関係が大きく変わりつつあることを実感しています。

平成26年度、日本の高等教育機関及び日本語教育機関に学んだベトナムからの留学生数は26,439人であり、前年度の13,799人から倍増し、国別2位です(独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)「平成26年度外国人留学生在籍状況調査結果」平成27年2月)。

平成26年度においてベトナムからの留学生は、国別では94,399人の中国の後塵を拝していますが、中国国籍者は前年度から3,476人減らしているのとは対照的です(同上)。

なぜ、ベトナム人留学生が増えているのでしょうか。私は、「チャイナ・プラス・ワン」の筆頭としてベトナムがその地位を確立したからであると思います(拙稿「日本への留学生トレンドの変動 : 日越経済関係の変化とベトナム人留学生の増加」『日本経大論集』44巻2号)。

一言でいえば、経済関係の親密度が変わったことが大きいのです。

1988年から2013年の間の海外からベトナムへの直接投資(新規認可)の上位20ヵ国(国・地域別)では、日本は、件数において1,243件であり、1 位3,611件の韓国、2 位2,290 件の台湾を下回りながら、総額では3,517,990万ドルで最大の投資国となっています(General Statistics Office of Viet Nam) 。

特に最近は顕著です。日本からベトナムへの直接投資の新規認可件数は、2003年において52件ですが、2011年には208件、2012年には317件、2013年は291件です(JETRO「2014 年ベトナム一般概況~数字で見るベトナム経済~」JETRO ハノイ、2014 年 7 月、41 頁)。

日本語はベトナムにおいて経済的に重要な言語になっています。

ベトナムにおける小学校レベルの日本語の第一言語化は、非常に興味深いニュースです。ベトナムでは、約4万6千人が日本語を学んでいるといますが(産経ニュース、3月2日)、どこまで増えるのか注視していきたいと思います。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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