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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2016年2月

2016年2月28日 23:24

イタリア系スイス人インファンティーノ氏、FIFA会長に選出される

2月26日、国際サッカー連盟(FIFA)の次期会長(第9代会長)に、欧州サッカー連盟(UEFA)事務局長で、1970年生まれの若手、ジャンニ・インファンティーノ氏が選出されました。

周知の通り、FIFAは汚職事件に揺れています。国際大会でのスポンサー権や2010年ワールドカップの開催国選定に関連する収賄罪で起訴されたFIFA関係者は9人、このうち現職FIFA副会長2人を含む7人が、逮捕されています(共同通信47 News、2015年5月28日)。

トップの2人、ゼップ・ブラッター会長とミシェル・プラティニ副会長まで不透明な金銭授受によって8年間の資格停止処分となっています。

このような中、時期会長に選ばれたインファンティーノ氏はブラッター前会長と同じスイス生まれのスイス人なのですが、ドイツ語、フランス語をバックグラウンドとしたプラッター氏に対してインファンティーノ氏はイタリア系スイス人です。

スイスは、ドイツ語(全体の人口の64%)、フランス語(23%)、イタリア語(8%)、ロマンシュ語(1%未満)の4言語を話す人々によって構成されています(2013年、スイス連邦統計庁)。

イタリア系スイス人は10%を切りますが、3番目に多く、イタリア語のみならず、ドイツ語、フランス語を流暢に話す人も少なくありません。

インファンティーノ氏は、スイスのフランス語とドイツ語のボーダー都市のフリブール(フランス語名)/フライブルク(ドイツ語名)の大学で法律を学び、後に弁護士になります(The Guardian, "Everything you need to know about Gianni Infantino, the new Fifa president", 26 February 2016)。

ちなみに、2012年においてフリブール/フライブルク州(Canton de Fribourg/Kanton Freiburg)はフランス語話者は68.5%、ドイツ語が28.8%、イタリア語話者が2.5%となっています(Confédération Suisse, www.bfs.admin.ch/)。

インファンティーノ氏は、弁護士としてタリア、スペイン、スイスでサッカー組織のアドバイザーを経た後、2000年にUEFAに入り、2009年から事務局長を務めています(NHK News Web, 2月28日)。

不正に対しては厳しい姿勢で臨んでいた氏ですが、長年、同氏がプラティニ氏の部下であったことを不安視する声も上がっています(同上)。

FIFAは第8代のブラッター氏に続き、第9代もインファンティーノ氏となり、2代続けてのスイス出身の会長となります。

FIFAの本部はスイスのチューリッヒにあり、永世中立国であるスイスであることは他の国際機関同様、マイナスではなかったでしょう。しかし、今回は良くも悪くもサッカー界における「スイス性」も問われているように思えてなりません。

2016年2月27日 03:41

究極の「白馬の王子様」物語:映画『マイ・インターン』でデ・ニーロが魅せる父性原理

究極の「白馬の王子様」の物語を観たような気分になりました。

『マイ・インターン』(原題 The Intern)
制作国  米国
制作年  2015年
監督  ナンシー・マイヤーズ
出演  ロバート・デ・ニーロ、アン・ハサウェイ

あらすじ
【退職後、妻に先立たれ、暇を持て余していた70歳のベンは、近所のスーパーで、新興のファッションサイト会社の「シニア・インターン」募集広告を見つける。新しいチャレンジと応募すると、採用されてしまう。ベンは、電話帳製作会社に40年勤続し、部長まで務めたオールドファッション型のビジネスマンであったが、それ故に、1年半ほどの歴史しかない会社の弱点を埋める役割を担うことになる。30歳を過ぎたばかりの女性社長ジュールズ付になったベンは、「仕事」に生き甲斐を再発見する。社長・ジェールズは、優しい夫、子供、家、自分の会社と全てを手に入れているかに見えたが、次々に人生の危機の連続に直面し、その度に「インターン」であるベンが問題を解決していく。】

この映画はコメディですが、なかなか奥深いものがあります。

70歳のロバート・デ・ニーロ演じるベンは、ある意味で究極の「白馬の王子様」役です。困った時にさりげなく(ハンカチを出し)手を差し伸べてくれながら、引くときは引く、決して「押し」は強くないのです。

実際、あるサイトでシネマスタイリストのmicさんが、この映画のベンこそが理想の男性と記しています(「映画『マイ・インターン』から学ぶ 頑張り女子が付き合うべき理想の男性像とは」LAURIER)。

書いてるだけで、何故か私が泣けてきた。それくらい、イイ男なのである。部下を多数持つバリキャリ女子にとっては、たとえ可愛くても年下男子を育てる余裕なんてなし(部下を育てるので精一杯)。ベンのように包容力のある男性こそが、心許せる存在となるであろう(同上)。

その通りだと思います。この映画で、デ・ニーロは、マッチョさを皆無にしながら「紳士とは何か」を示しています。

しかし、そのイイ男が70歳の「インターン」であることは、いつまでも紳士でいられるという「夢」を語っているのかもしれませんし、逆に30代、40代男性によっては残酷な現実なのかもしれません。実際は、70歳では「白馬の王子」にはなれないでしょうから、70歳代の方々にもベン=デ・ニーロは遠い存在かもしれません。

敢えてその遠い存在を分析しますと、同映画におけるデ・ニーロの魅力は老いを隠さないということなのかもしれません。若い人と競おうとはしません。同僚の若い男性にも気を遣い、兄のように(映画の中では若い同僚男性に対して「自分は、おじさんになったようだ」と言います)接します。若い男性も若い女性も、包み込んでいくのです。

男も女も包み込む理想像がベンであるとすれば、彼は何を象徴しているのでしょうか(もちろん、この映画1本で米国社会を一般化はできませんが)。

日本人論では、『 「甘え」の構造』(1971年)や『母性社会日本の病理』(1976年)で日本社会は、母性原理を基礎に持っていると指摘されましたが、米国社会は父性原理なのではないかと思いを巡らせました。

2016年2月25日 00:00

「中立」でなくてもいい、「公正」であってほしい

今月初め衆議院予算委員会で、高市早苗総務大臣が「放送局が政治的な公平性を求めた放送法違反を繰り返した場合、電波法に基づく電波停止を命じることもあり得る」との認識を示して以来、放送法と公平性を巡る議論が続いています(Yomiuri Online、2月9日)。

2月23日も、衆議院の総務委員会にて民主党の小川淳也議員と高市総務大臣の間で激しいやり取りが展開されました。

小川議員は誰が政治的に公平であるのかないのかを判断し、電波停止を決断するのかと高市大臣に問い、大臣は以下のように答えます(TBS News i,「総務大臣は政治的に公平? 放送法めぐり議論」、2月23日)。

高市総務相「電波法および放送法の規定に基づきますと、総務大臣が最終的に判断をするということになると存じます」

小川議員「高市大臣は政治的に中立であり、政治的に公平であり、政治的に公正である立場ですか」

高市総務相 「公正、公平、中立にですね、行政が運用されるように、そしてまた法律が運用されるように、しっかりと対応すべき立場でございます」

小川議員「政治家たる高市早苗さんは、政治的に中立、公平、公正であることはあり得ない。そのことに対しては、もっと謙虚に、お認めいただくべきだ」

高市総務相「私にも政治理念はあるが、今は総務大臣として行政の場にいる。公正、公平、中立にということを心がけており、自らを律しながら、公正、公平ということにはかなり心を砕いているつもりだ」

私は、このやり取りの中で「公正」「公平」と「中立」が一致して問われていることに対して、小川議員に対しても高市大臣に対しても違和感を覚えます。

私は、全ての政治家は「中立」ではないと認識しています。「中立」ならば、政治的対立が生じないことになります。政治的であるということは「中立」であることと相反するのです。自分たちの政治信念に基づいて政治を行っているのですから、「中立」ではあるはずはないのです。

しかしながら、政治家、特に国会議員、そして政府の大臣や総理大臣は「公正」であるべきであると考えます。民主主義制度の中で「公正」であることは、自らの政治的政策を掲げ実行しながらも、矛盾はしないのです。

私は、論理に基づいた意見に関して大臣は口出しすべきではないと考えます。重要なことは、自分の意見に同意するかどうかではなく(好き嫌いではなく)、「公正」かどうかなのです。

例えば、政治討論番組において、政治評論家が与党の政策は〇〇である、野党の政策は〇〇である、私は〇〇という理由で「野党の政策の方がより正しい」と考えると主張したとします。これは、与党には合意しなくても、「公正」に違反することではないでしょう。逆に、私は〇〇という理由で、「与党の方がより正しい」と言っても問題ではないです。

もちろん、特定の政党だけの主張を繰り返したり(それでは政見放送になります)、もしくは理屈無しで「答え」を導くことは「公正」ではありません。しかし、様々な見解を提示した上で、政治評論家や学者がそれぞれの意見を語ることは許されるべきでしょう。逆に、異なる意見が多数なければ民主主義も成り立たないのです。

残念ですが、政治上、100%完璧な政策はないのです。どの党の主張も不完全でしょう。私たちは、その中でベターな政策を考えて考えて、選択しなければなりません。それ故に、国会でもマスコミでも議論が必要なのです。この議論の場を守るのが(「公正」を守るのが)法と認識すべきでしょう。

高市大臣は「中立」でなくても良いのです。ただ、「公正」であって欲しい。

2016年2月24日 21:17

「マイノリティ」同士は連帯できるのか?:映画『パレードへようこそ』が示す政治的敗北と社会的認知

映画『わが谷は緑なりき』(1941年)、映画『ブラス!』(1996年)、映画『フル・モンティ』(1997年)、映画『リトル・ダンサー』(2000年)に続き、昨年(日本公開は2015年)、英国炭鉱モノにまた新たな作品が加わりました。

『パレードへようこそ』(原題 Pride)
制作国  英国
制作年  2014年
監督   マシュー・ワーカス
出演   ビル・ナイ、イメルダ・スタウントン、ドミニク・ウェスト

あらすじ
【1984年、サッチャー政権は労働組合との対立を深め、炭鉱労働者によるストライキが全国で展開されている。同性愛者のマークは、そのニュースを見て同じ「マイノリティ」として同性愛者(ゲイ・レズビアン)の仲間たちと炭鉱労働者のストを支援する募金活動を始めようとする。しかし、左翼ながら性的に「保守的」な全国の炭鉱労働者組合は同性愛者から支援を受けることを拒絶する。その中で、ウェールズにある小さな炭鉱町・オンルウィンが手違いによって彼らの支援を受けることになってしまう。結果的に、オンウィンの代表者であるダイは偏見を持たず、支援を受け、マークのグループもダイを信用するようになっていく。しかしながら、マスコミからのバッシングとエイズの蔓延によって、両者の運動は敗北へ向かうことになる。】

本作のテーマは『リトル・ダンサー』に近く、ジェンダーと保守性です。

同性愛者は、同じ「マイノリティ」であり、同じように体制から虐げられている炭鉱労働者に政治的な連帯を望みますが、労働者階級は「性」において「保守的」であり、全体として手を組むことができないのです。

『リトル・ダンサー』を採り上げた際にも記しましたが、英国において男性性の強い「保守的」な「左翼」である労働組合への弾圧が、マーガレット・サッチャーという女性の「革新的」な「右翼」政治家によって行われたところに、80年代における英国の性と政治の「ねじれ」があるのです。

その様な中、同性愛者グループの政治的リーダーであるマークと、ウェールズの田舎町の炭鉱労働者の代表のダイは、相手を信頼し、手を握ります。しかし、両者は仲間内において全体的な指導者ではなく、その後も不安定な協力関係が続きます。

最終的に炭鉱労働者は政治闘争に敗れ、同性愛者はエイズという病魔に直面していきます。

しかし、映画はかっこ付きの「ハッピーエンド」となります。それは、少なくても同性愛者に関しては、80年代以降、社会的認知が高まっており、社会が政治的な勝ち負けとは一致せずに進歩していく「未来」を示しているからでしょう。

それでは、英国における労働運動はと考えると、映画の「ハッピーエンド」とは逆に、その後、社会的な役割を縮小してきました。

『リトル・ダンサー』がジェンダーからのアプローチだったとすれば、本作品は、労働運動の衰退を80年代の組合や地方の(一部の)「保守性」に求めることで、今日における「変化」を促しているようにも見えます。

2016年2月22日 00:57

君は『ボルテスV』を知っているか?

今月初めにフィリピンの首都マニラを訪れ、40代のフィリピン人の友人夫妻と旧交を温めました。

色々と語りましたが、アニメ『超電磁マシーン ボルテスV』の話題ではかなり盛り上がりました。彼らは、「『ドラえもん』も良いけど、やっぱり、1番は『ボルテスV』だよ」と言い切ります。

東映エージエンシー製作のロボットものアニメ『ボルテスV』はテレビ朝日系で1977年6月から1978年3月にかけて放送されました。ストーリーは3兄弟が力を合わせて(ロボットを操縦し)、悪と戦う物語です。

実は、私も子供の頃、よく見ていたアニメで印象深いのですが、『機動戦士ガンダム』の人気には遥かに及びませんでした。

この『ボルテスV』、フィリピンにて1978年にテレビ放送され、爆発的な人気を博すことになります。私の友人夫婦は、マニラの北部と南部の別々の地域出身ですが、『ボルテスV』への情熱は同じだったそうで、金曜日の午後の放送時間に間に合わせるために自宅に必ず帰ったと懐かしそうに語っていました。

フィリピンにおける『ボルテスV』熱はNHKスペシャル・ドキュメンタリーアジア発:第1回「フィリピン『日本製アニメに何を見たか』-ボルテスファイブを知っていますか?-」1991年9月30日放送で特集されています。当時、街には『ボルテスV』のグッズが溢れ、ステッカーを集め、Tシャツを着て、子供たちは『ボルテスV』の主題歌を日本語で歌ったそうです(サイト「ボルテスV フィリピン事件 」)。

単なる社会現象に終わらず、あまりにもの人気に、1979年8月、当時のフィリピンの「独裁者」フェルディナンド・マルコス大統領は、政治的影響を懸念したのか、放送禁止を命じます(その理由は諸説あるようです)。未放送回の解禁は、革命でマルコス大統領が退陣する1986年になります。

ここで考えるのは、なぜ、『ボルテスV』がフィリピンで人気だったのかです。

フィリピンで初めての日本アニメだったから、家族が力を合わせて悪と戦う姿が大家族制のフィリピンに合致した等、諸説ありますが、成功の理由は一つではないでしょう。

しかし、日本以上に(あまり日本で人気にならなかった)日本のアニメが、国民的な番組になっていくのは興味深い現象です。『ボルテスV』の製作者は、全くと言っていいほど、海外での(フィリピンでの)ヒットは考えていなかったでしょう。

2006年、安倍晋三総理夫妻がフィリピンを訪問した際、昭恵夫人が視察した施設において、現地の若者たちが『ボルテスV』のエンディングテーマを歌って迎えたというニュースがありました。

昭恵夫人が『ボルテスV』をご存知だったかどうかは分かりませんが、ご存知でなかったほうが「絵」になるような気がします。その場面を想像するだけで素晴らしいです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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