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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2015年10月

2015年10月31日 02:38

FAではなく、彗星の如くスターが現れて欲しい

プロ野球日本シリーズが幕を閉じ、2015年のプロ野球シーズンも終わりを迎えようとしています(後は「世界野球WBSCプレミア12」を残すのみです)。

阪神タイガースは、「アニキ」こと金本知憲氏が新たに監督に、「ミスター・タイガース」の掛布雅之氏が二軍監督に就任しました(阪神タイガース球団HP「2016年度 監督及びコーチについて」)。

現在のお二人からは意外ですがプロ野球に入った際の「エリート」ではありません。

まず、金本新監督ですが、連続イニング・連続試合フルイニング出場数記録を保持している「鉄人」です。

しかし、1991年秋のプロ野球ドラフト会議において、金本選手の広島東洋カープから指名は(外れ)4位だったのです。もちろん、4位でも凄いことですが、日本一の出場記録を残すような選手であることが分かっていたならば、当然、1位指名になっていたでしょう。

金本監督は、現役時代、4番のイメージが強く残っていますが、FAで2003年のシーズンに阪神タイガースに移籍した際は4番ではなく、出塁率の高い2番赤星選手を返す3番の役割でした。2004年以降、金本氏は4番を勝ち取るのです。ただ、そして不動の4番として連続出場を続けることになります。

掛布二軍監督は、高校3年の1973年、タイガースからドラフト6位指名されています。掛布氏は1年目から1軍に定着されていますが、レギュラーを確実にしたのは打率325でセントラルリーグの5位になった1976年です。1977年以降の活躍は周知の通りです。掛布氏も、「ミスター・タイガース」とよばれるような選手になることが分かっているならば、ドラフトでは複数球団からの1位指名が間違いなかったでしょう。

お二人の共通点は、ドラフト下位指名から這い上がり、タイガースを代表する選手になられたことです。ドラフトは、プロに入る前の評価です。それは、何人ものスカウトが練り上げたものですので、一定の確実性はあると考えますが、その評価をお二人は打ち破ってきたのです。

おそらく、現在の阪神タイガースに一番必要なことは、評価以上の成果であると考えます。プロ野球選手は、皆、野球界の一流です。阪神の選手も当然、そうなのですが、この秋の世界野球WBSCプレミア12「侍ジャパン」に選出者がゼロであることからも言えるように(藤浪晋太郎投手は選出されましたが怪我のため辞退)、実際の結果がイメージの評価に伴っていないように見えるのです。

そこで、金本監督と掛布二軍監督です。(ファンとしては)FAではなく、御両人同様、ドラフト下位やドラフト外の選手が彗星のごとく甲子園に現れて欲しいものです。

2015年10月28日 22:32

「家族愛」は宗教・民族の壁を越えるのか?:映画『そして、私たちは愛に帰る』が投げかける「問い」

大量のシリア移民(イスラム教徒)が押し寄せているドイツは、彼らを真の社会の成員として受け入れられるのでしょうか。

『そして、私たちは愛に帰る』(原題: Auf der anderen Seite)
制作国 ドイツ、トルコ
制作年 2007年
監督  ファティ・アキン
出演  バーキ・ダヴラク

あらすじ
【ドイツのブレーメン。トルコ系移民2世の男性ネジャットは、ドイツ・ハンブルグの大学教授をしている。生まれて直ぐに母親が亡くなり、父親アリに育てられるが、今は父親と共通の話題がない。父親アリは寂しさ故に、トルコ人売春婦イェテルにお金を払うから一緒に暮らして欲しいとオファーする。イェテルは、20代の1人娘の学費を稼ぐために、アリとネジャットの家に住み始める。ネジャットは父アリのやり方に反発し、イェテルとの関係を深める。アリは、息子とイェテルの関係を疑い、イェテルを殴り殺してしまう。父に失望したネジャットは、父と絶縁してトルコのイスタンブールに渡り、イェテルの1人娘アイテンを探す。そのアイテンは学業に専念せず、反体制活動に従事している。アイテンはその活動故、トルコを追われ、ドイツの逃げ込み母親を探す。やがて、アイテンはお金もなくなり、ハンブルクの大学で途方に暮れていたところ、女子大学生ロッテに救われる。アイテンとロッテは同性愛の関係となるが、保守的なロッテの母スザンヌは2人の関係を認めない。些細な事件で警察に捕まったアイテンはトルコに強制送還されて、牢獄に入れられる。アイテンを追って、ロッテもトルコに渡るが、事故死してしまう。母スザンヌはロッテの死後、イスタンブールを訪ね、ロッテの代わりにアイテンを救おうと決意する。】

この映画のクライマックスは、最後に1人娘ロッテを失くした母スザンヌと父と関係を絶っているネジャットのイスラム教の犠牲祭の日の会話です。

ネジャットは犠牲祭の説明として、アッラーがアブラハムの信仰心を試すため、彼の息子イシュマエルを犠牲として差し出すことを命じ、アブラハムがその実行を決意する話をします。

スザンヌはキリスト教にも同じ話があると答えると、ネジャットは子供の頃、父親アリに「自分を神様に差し出すのか」と尋ねたことを思い出します。アリは「私はお前を守るためならば神とも闘う」と答えたと言うのです。

スザンヌの納得する顔にネジャットは父の「愛」を悟り、父を許すのです。

この映画では子供のために全てを捨て、神とも闘うだろうと思われる親が3人描かれます。

ドイツの「ドイツ系住民=キリスト教徒」と「トルコ系住民=イスラム教徒」は、時に対立しています。両者は、宗教も、食文化も、価値観も同じではありません(もちろん、キリスト教同士、イスラム教徒同士も異なりますが、それ以上にドイツ系住民とトルコ系住民は「違う」とされます)。

しかし、本作品は、共通性を「家族愛」に見出します。アブラハムとイシュマエル親子の例を否定することで、両者が宗教や民族の壁を乗り越えられると提示しているのです。

「家族愛」は宗教や民族を越えるのか。大変大きな「問い」です。


2015年10月25日 23:55

なぜテレビCMは昭和の名曲を流すのか?

最近、テレビを付けていると懐かしい昭和の名曲が次々に流れてきます。

〇ソフトバンクの『Yモバイル』CM「ふてニャンネコ鍋編」は、1975年から1982年までテレビ放送されたアニメ『一休さん』の主題歌の替え歌。

〇大塚製薬『カロリーメイト』CM「見せてやれ、底力。」は1987年の岡村孝子 さんの「夢をあきらめないで」。

〇GU 『ケーブルニット』、「路上ライブ」篇のCM曲は、山口百恵さんの1978年のヒット曲「プレイバック Part 2」。

〇キリンビール『のどごしオールライト』CM「ギャップのある妻篇」は、たダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年)のイントロ部分。

〇セゾン自動車火災保険「おとなの自動車保険」の一連のCMは、テレビアニメ『みゆき』エンディングテーマでH2Oが歌う「想い出がいっぱい」(1983年)。

〇コーセー『アスタブラン』の「デビュー」篇のCMは、森高千里さんの「私がオバさんになっても」(1992年)。

〇かんぽ生命のCM「人生の山と谷編」は井上陽水さんの1973年の『夢の中へ』(この曲は1989年に斉藤由貴さんがカバーしています)。

特定の世代を惹きつける曲として、昭和の名曲が大活躍です(森高さんの楽曲は平成ですが)。もちろん、全体としては昭和の曲を使っていないCMのほうが圧倒的に多いのですが、昭和のメロディは「目立つ」のです(これらの曲に耳を傾けてしまうこと自体が、私自身が「昭和」の人間であることの証明なのかもしれません)。

聞き覚えのある曲を用いればCMのBGMとしては非常に効果的ですが、Yモバイルもカロリーメイトもケーブルニットもキリンビールも保険もこれらの曲を知らない世代にも売りたいはずです。

日本のCM業界はクリエイティブ性を失ってしまったのではないかと考えたのですが、ちょっと違いました。

世代別に平日にリアルタイムでテレビを見る時間をみますと、60代は平均257分、50代が177分、40代が143分、30代が158分、20代は127分、10代は103分です(総務省『平成26年版 情報通信白書』)。20代のネット利用時間は137分とネットがテレビを逆転します(同上)。

若い人はテレビを見なくなっているのです。

テレビが昭和に回帰しているのではなく、いつの間にかテレビが主に「昭和人」をターゲットにする媒体(世界)になっていたのです。テレビは、若い子にとって「何なのさ」なのです。

私がおじさん(おばさん)になっても、テレビは思い出がいっぱいです。夢を諦めずに、夢の中で、プレイバックしてもいいようです。

2015年10月24日 00:00

国連70周年と日本を考える

10月24日、国際連合が誕生70周年を迎えました。

このところ、日本では、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に中国が申請した「南京大虐殺の記録」が登録されたことによって、ユネスコを「政治的」であるとして、政府からも批判がでています。

菅義偉官房長官は、ユネスコは「中立・公正であるべき国際機関として問題がある」とし、現在、日本が国別で第2位のユネスコへの分担金の拠出削減や停止までも言及しています。

実は、30年前の1985年にも同じような議論がされていました。1983年12月、米国はユネスコの政治化を理由にユネスコを脱退します。当時、第三世界の諸国家が加盟したため、ユネスコが米国の利害に反するようになってきたのです。

【佐藤鎮男・青山学院大学教授は、政治化以外にも少数派グループに対する配慮の欠如、自由制度に対する攻撃も米国のユネスコ脱退理由として挙げています(国際政治学会『ニューズ レター』1985年 7月 10日 )】

日本でも国会(第102回通常国会)で、ユネスコからの脱退が議論されたことがあります。

1985年2月15日、衆議院予算委員会で公明党の近江巳記夫氏は、当時の国連大使がユネスコからの脱退をほのめかしたことを受けて、中曽根康弘・内閣総理大臣に以下のように問います。

近江巳記夫氏:そういう去る(脱退する)というような悲劇的な状態は絶対に避けていただきたいと思います。そして、改革を迫ることはこれは大いにやっていただいていいと思うのです。その点、特に総理に強く要望したいと思います。総理の本心は本当に国際機関、国連というものを大事にしていきたい、去りたくないという気持ちですね。もう一遍確認します。

中曽根総理大臣:今あなたがおっしゃったように、大事にしたい、去りたくない、そういう気持ちでいっぱいでおるのではあります。

米国のロナルド・レーガン大統領と「ロンヤス関係」と言われ、親米路線を突き進んだ中曽根元首相は、国連に関しては「独自路線」でした。

特にユネスコに関して、中曽根元首相は、1983年8月6日、広島の原爆死没者の慰霊祭並びに平和祈念式にて「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というユネスコ憲章前文を諳んじています。

1947年、このユネスコ憲章への賛同から始まる国連民間運動が、1951年のユネスコ加盟、1956年の国連加盟に結び付き、後の日本の国連中心主義外交に繋がっていきます。その国連主義外交を提唱したのは、現在の安倍首相の祖父である岸信介元首相でした。

日本の国連中心主義がどのように変化するのでしょうか。注意深くフォローしていきたいと思います。

2015年10月21日 20:06

エイプリルフールとは、真実とは何かを分からせる日なのでは?:映画『エイプリルフールズ』に描かれない日常的な嘘のダイナミズム

当ブログ10月11日付で、映画『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』という難民映画を紹介しました。スーダン難民の家族の「家長」がファミリーのために、嘘をつく物語でした。最近、別の嘘をテーマにした別の映画を観ました。
『エイプリルフールズ』
制作国 日本
制作年 2015年
監督  石川淳一
出演  戸田恵梨香、松坂桃李、ユースケ・サンタマリア

あらすじ
【舞台は、2015年4月1日エイプリルフール。皆、それぞれの立場でそれぞれの嘘をつく。対人恐怖症の清掃員・新田あゆみは、本人は本気のつもりではなかった医師・牧野亘に「妊娠」を告白。宮家を名乗る櫻小路夫妻は、妻の癌からの「快気祝い」と夫が嘘をつく。昔気質のヤクザ・宇田川勇司は、何年も会っていない実の「娘」の小学生の少女・理香を誘拐する。身代金の要求もしなければ脅しもしない。理香の母・絵里子は犯人の似顔絵を見て別れた夫であると直ぐに分かる。その他、合計、小さな7つの嘘がその日を彩る。】

嘘を「良い嘘」と「悪い嘘」に分けるならば、自分の「幸せ」ために付く嘘は「悪い嘘」の可能性が高く、人の「幸せ」ためにつく「嘘」(間接的に自分の「幸せ」に繋がる場合もあるとしても)は、「良い嘘」である可能性が高いということになります。

それはそうなのですが、日常生活におきまして嘘と本当(真実)は必ずしも明確な区別がないところがあるのではないでしょうか。

もちろん、この映画の中でも、嘘と本当を「二項対立」に捉えている訳ではなく、ネタバレですが医師・牧野は清掃員・新田を好きになり始めます。ただ、これは嘘から出た誠なのか、もともと好きだったのかはっきりしません。

「良い人」と「悪い人」の議論に似ているのですが、多くの場合、人は「良い人」であって「悪い人」でもあります。それは、それぞれの他者によって見方が違いますし、環境にもよります。嘘もある人にとっては嘘であり、ある人には本当であることもあるのではないでしょうか。

犯罪としての嘘は別として(犯罪にまで到達してしまう嘘は、論外です)、多くの日常的な嘘もダイナミックであり状況や環境によって変化するように思えます。

本作品は名優も沢山登場し、それぞれの事情がある嘘が語られているのですが、嘘のダイナミズムを伝えきれていないような気がします。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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