QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2015年8月

2015年8月26日 00:33

勉強することは人生を変えるのか?:映画『リタと大学教授』が問う「学問と社会変動」

物事は流動的であり、単純に白黒が付けらないものですが、それでも「確かなこと」はあるのかもしれません。

『リタと大学教授』(原題: Educating Rita)
制作国 英国
制作年 1983年
監督 ルイス・ギルバート
出演 マイケル・ケイン、ジュリー・ウォルターズ

あらすじ
【1980年代の英国。リバプールの美容師のスーザン・ホワイトは、自分を変えたいと願い「リタ」と名乗り英国の通信制の公立大学Open University(日本の放送大学に相当)に入学し、英文学を専攻する。そして、指導教授として最寄りの公立(王立)大学の文学教授のフランク・ブライアント博士を指名する。大学に嫌気が差しており、酒に溺れるブライアント教授は、労働者階級性を丸出しの「リタ」への指導にも乗る気ではなかったが、純粋に文学に惹かれ、成長する「リタ」に徐々に感化されていく。どんどん学問に引き込まれていく「リタ」であったが、直ぐに子供が欲しい労働者階級の夫と喧嘩するようになり、離婚することになる。マージナル化する「リタ」は、引き返すことなく、学問の道に邁進、優秀な成績で卒業する。一方で、ブライアント教授は、粗相の連続で、大学を追い出され、オーストラリアへ旅立つ。】

当ブログでは、バーナード・ショウの戯曲『ピグマリオン』(1913年)とその映画化作品『ピグマリオン』(1938年)を紹介しました後、その継承・派生・応用作品であります『マイ・フェア・レディ』(1964年)、『ピグマリオン』(BBCドラマ、1973年)、『プリティ・ウーマン』(1990年)、『幸せの教室』(2011年)、『ルビー・スパークス』(2012年)、『舞妓はレディ』(2014年)について書いてきました。

ショウの『ピグマリオン』を含め、これらの作品はすべてギリシャ神話の「ピュグマリオーン」を源流にしています。ギリシャ神話のオリジナルでは、主人公は彫刻家であり、理想の女性を彫り、その彫像に恋をしてしまいます。彫刻家は「彼女」が人間になることを願い、女神アフロディーテーがその望みを叶え、2人が結婚する話です。

『リタと大学教授』(1983年)も、「ピュグマリオーン」の系譜にあります。この映画では、舞台を階級社会の英国にした上に、「彫刻家」を「大学教授」に、「理想の女性」を「労働者階級のリタ」に置き換えます。そして、教授が学問を授けることによって、リタは「知識」を獲得し、階級の階段を昇っていきます。ここまでは、音声学の力でレディ・イライザを創ったヒギンズ教授の物語『マイ・フェア・レディ』と同様です。

しかし、『リタと大学教授』はハッピーエンドに留まらない作品です。この映画の「彫刻家」役であるブライアント教授は、「彫刻家」(大学教授)であることに嫌気が差しているのです。創ることの「傲慢さ」を知った上で、それでもブライアント教授は、リタの成長に惹かれていきます。しかしながら、やはり、リタの成長に反比例するかのようにブライアントは落ちぶれていきます。

「ピュグマリオーン」は神話です。理想の女性を創って幸せに結婚する話では、現代においてリアリティに欠けてしまいます。『リタと大学教授』は、ちょっとコメディ風ですが、それでもリアルです。本気で人を創るということは、身を削ることでもあるのでしょう。

リタも幸せ一杯な訳ではありません。彼女も学問に理解のない労働者階級の夫と離婚し、苦しみながら社会の階段を昇っていきます(夫は否定されるべき存在ではなく、彼は彼の「世界」で一生懸命生きています)。

それでも、ブライアント教授とリタの共同作業は社会的に意味があったのでしょうか。

Open Universityの主人公「リタ」の「成長」はそれを問い続けます。

映画のラストシーンで、(ネタバレですが)2人はそれぞれの道を歩むことを決意します。学ぶということは(教える方も、学ぶ方も苦しいけど)、人間を「個」として自立させてくれることであり、それは(少なくてもそれだけは)肯定すべきであると確信させられます。

2015年8月24日 05:15

夏の高校野球で甲子園は盛り上がっていたのか?

第97回全国高等学校野球選手権大会(主催:朝日新聞社、日本高等学校野球連盟)が20日に終わりました。

今大会は、高校野球100周年であり、早稲田実業の1年生スラッガー清宮幸太郎内野手、関東一高のオコエ瑠偉外野手、優勝しました東海大相模の小笠原慎之介投手の活躍があり、近年になく注目された大会であったように見えました。

早実の試合は毎試合、満席のように報じられていましたので、さぞかし記録的な入場者数だったのではと思いしましたが、実際の入場者総数は、86万2千人であり、昨年比で9千人増ということでした(日刊スポーツ、8月20日)。

地元関西勢がベスト16で姿を消すというマイナス要因もあったと報じられていますが、収容人員MAX 47,541人(阪神甲子園球場HP)を誇る甲子園ですので、9千人増というのは昨年並みと理解して良いのではないでしょうか。

夏の高校野球に90万人以上、入場者がありましたのは平成2年(1990年)、第72回大会の929,000人と平成3年(1991年)73回大会の900,000人だけです(日本高等学校野球連盟HP)。

平成8年(1996年)78回大会は645,000人、平成9年(1997年)79回大会は686,000人、平成15年(2003年)85回大会は682,000人と、60万人台も昭和52年(1977年)以降、3回あります(同上)。

平成16年以降は以下の通りです。

平成16年716,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,146)
平成17年776,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,137)
平成18年852,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,112)
平成19年770,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,081)
平成20年890,000人(甲子園出場校数55)(全国参加校数4,059)
平成21年812,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,041)
平成22年844,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,028)
平成23年848,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数4,014)
平成24年809,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数3,985)
平成25年854,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数3,957)
平成26年853,000人(甲子園出場校数49)(全国参加校数3,917)

平成20年以降、入場者数は80万台を復活し、その後も維持しています。86万2千人という今大会の入場者数は、甲子園の過去と比較した場合、著しく盛り上がったとは言えないでしょう(もちろん、入場者数という数字だけで「盛り上がり度」を判断することはできませんが)。

しかしながら、注目したいのは全国の地方予選にエントリーした参加校が3906校に留まり、12年連続で減少していることです(朝日デジタル、7月4日)。

参加校の減少は、全国的に高校野球への参加者が少なくなることを意味します。入場者数には影響はなくても、大会の全国的な盛り上がりにはプラスにはならないでしょう。

小学生の「野球離れ」も話題になっています(東洋経済オンライン、2015年8月23日)。

日本中学校体育連盟によれば、各競技の登録者人数で、2012年は軟式野球26万1527人、サッカー24万8980人だったのですが、翌2013年は24万2290人と25万3517人でサッカーが逆転しているとのことです(同上)。

マイナス要因が多い中、今年の夏の甲子園は話題選手の活躍等によって「健闘」したと捉えるべきなのかもしれません。


2015年8月23日 05:11

人は見返りを求めない人からの「恩」を返そうとする:映画『風に立つライオン』が教える援助の本質

先日、当ブログ(2015年7月25日付)にて、台湾の複合娯楽施設の爆発事故後、日本企業・富士システムズが東日本大震災の台湾から支援に対する「恩返し」として、自社製の非固着性シリコンガーゼの在庫の全てを台湾に送ったことを書きましたが、国境を越える「恩返し」は映画作品にもあります。

『風に立つライオン』
制作国 日本
制作年 2015年
監督 三池崇史
出演 大沢たかお、石原さとみ

あらすじ
【1987年、アフリカでの医療奉仕活動に身を捧げたシュバイツアーに憧れ医師になった長崎大学医学部の島田航一郎は、ケニアのリフトバレー州ナクールにある熱帯医学研究所に派遣されることになる。航一郎に念願の夢であったが、(父親が経営している離島の医院を継がなくてはいけない)大学の同僚で恋人・秋島貴子と別れなくてはいけなかった。ケニア赴任から半年後、スーダン国境近くのロキチョキオにある小さな赤十字戦傷病院に派遣される。スーダンでの内戦で傷付いた少年兵が次々に運び込まれる姿を目の当たりにして、航一郎は自分の「居場所」を見つけたように感じる。何度となく、ロキチョキオの赤十字病院に通い、航一郎は少年たちの良き友、良き先生となっていく。航一郎が赤十字病院には欠かせない存在になったある日、往診で国境近くに向かうところゲリラに襲撃されて、航一郎は命を落とす。】

実話がベースの映画ですが、東日本大震災を経てフィクション化されてもいます。

航一郎が助けたスーダンの少年の1人が、その後、亡き航一郎の意志を継いで医者になり、東日本大震災の東北を訪れ、「恩返し」をする筋になっているのです。

モデルとなっております実在の柴田紘一郎氏は、独立行政法人国際協力機構(JICA)の前身である海外技術協力事業団(OTCA)から医療専門家としてケニアに派遣されており(実際は、無事帰国されて、帰国後もご活躍なされておられます)、1980年代の日本の海外貢献の一環として捉えることもできます(JICA「ケニアで医療協力の礎を築いたライオンたち――「風に立つライオン」主人公のモデルはJICA専門家」2015年3月10日)。

しかしながら、映画では、殆ど日本の国際支援は描かれず、飽くまでも医師・航一郎が「赤ひげ」の国際版のように人助けに勤しみます。

危険で誰も行かないような国境の村に赴き老女を助け、少年にはとことん親身になり、体の怪我ばかりではなく心のケアにまでベストを尽くします。

映画では結果として東日本大震災の後、航一郎にケニアの国境で救われた人々が何か日本に「恩返し」したいと思うのです。

どこまでがフィクションなのかは定かではありませんが、この筋は理に適っているように思えました。ケニア・ロキチョキオの人々(ケニア人、スーダン人)は、日本に感謝している訳ではなく、航一郎から得た「恩」を(航一郎に返せないならば)彼の母国・日本に返そうと考えるのです。

この時、重要なことは最初の施恩者(映画では航一郎)は、全く見返りを求めていないことです。

私は、ODAなどの政府間援助を否定するつもりはありません。しかしながら、人は見返りを求めない人からの直接の「恩」に感謝するものであり、ハコモノ援助では「ビジネス」になってしまうのではないでしょうか。

先日、あるNGOの方と話をしたのですが、国際援助は未だに資金(お金)が一番、有難いということでした。確かにそうでしょうが、この映画を観ますと、お金はやはり人が介在することで、本当に意味のある援助になることを学ばされます。

2015年8月22日 19:17

日本の温浴施設は、タトゥーを入れた外国人観光客を受け入れるべきか?

夏休み、家族と日光に出かけると、利用したJR日光線の乗客の半数が目に見える外国人旅行者でした。一見だけでは判別できないアジア系を含めれば半数以上でしょう。

外国人はファッション感覚でタトゥーをしている人も少なくなく、全国の温浴施設やリゾート施設の浴場で、入れ墨・タトゥーを理由とした入浴・入館制限を緩和する動きが出ています(読売online,、8月15日)。

本来、温泉や銭湯における入れ墨・タトゥー禁止は、暴力団関係者を対象にしたものであり、ファッション目的の外国人のタトゥーに関してはカバーシールでタトゥーを覆うことができる人に限り受け入れる温浴施設も現れています(姫野ケイ『ねとらぼ』、7月28日)。施設側の見解は、2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、施設側からは「海外との文化の違いを理解すべきだ」というもののようです(読売online、 8月15日)。

私の個人的な見解は、外国人のタトゥーに関しては社会的意味も異なることから、それぞれに対して特別な配慮があっても良いようには思えます。

しかしながら、日本以外を外国として「外国人=タトゥー=ファッション」と捉えている、この一連の報道には違和感があります。

タトゥーが、ファッションではない国や地域は少なくありません。タトゥーという言葉はポリネシア語が語源とされていますが、ポリネシアの諸民族においてタトゥーは社会的シンボルであり、宗教的儀式であり、民族的な伝統でもあります。

反対に、イスラム教徒の間ではタトゥーは、宗教的タブーとされており、社会全体が認めていないのです。タブー視という点では、概して温浴施設等の公共スペースに限定されていた日本以上であると言えるでしょう(そもそも、イスラム教では、公衆の面前で裸の姿をさらすことはタブーとされているため、水着を着用して温泉に入りたいと言う声が少なくないそうです(JIJICO、8月18日))。

タトゥーが一般化されている欧米社会においても、誰もがタトゥーを「ファッション」として肯定的に認識している訳ではありません。タトゥーは悪いことではありませんが、文字通り「色が付く」ことを認識した上での自己表現なのです。

もう一度、繰り返します。私は、タトゥーをしている外国人を、それだけの理由で日本の温浴施設において排除すべきであるとは考えておりません。

しかしながら、2020年の東京五輪・パラリンピックに向け「海外との文化の違いを理解すべきだ」という文脈から申し上げれば、タトゥーを嫌がる人々は、タトゥーを肯定する人同様に、外国にも沢山いるということです。本気で海外との文化の違いを理解するには、多様性に着目しなければならないのです。

判断をそれぞれの温浴施設に任せ、タトゥーOK、タトゥー禁止、水着OK等、多様な形があっても良いのではないでしょうか。

2015年8月19日 18:11

「武器」としての日本国憲法

8月15日、私は神戸でユネスコの「平和の鐘を鳴らそう」のイベントに参加しました。「平和の鐘」の音を耳にしながら、戦後の日本の平和とは何だったのかと思いを巡らせました。

このところ安全保障関連法案を巡り、日本国憲法の解釈が問われ続けています。特に「戦争の放棄」、「軍備及び交戦権の否認」を明示した第9条が再解釈されようとしています。

ここでは、再解釈が合憲か違憲かではなく、(解釈が変更される)日本国憲法9条が現在まで日本国民のどのように寄与したかを考えていきたいと思います。

私は、日本国憲法9条は日本にとって兵器以上の「武器」として国家の経済発展に寄与してきたと認識しています。

吉田茂元首相は、憲法9条を対米外交に用いて、米国からの再軍備の要求を拒否し、日米安保条約を結びながら経済復興に全力を注ぐことを重視した所謂「吉田ドクトリン」を展開しました。日本国憲法9条は、経済大国建設への外交上の「武器」として機能していたのです。

*「吉田ドクトリン」の背景に、戦後直後の日本国民の平和規範が強かったことも否定できなく、アクターとして吉田首相個人を過大評価すべきではないかもしれません。いずれにせよ、規範論的には、ここで平和規範が経済的規範に入れ替わっている点が大変興味深く感じられます。

しかしながら、1980年代後半、冷戦も終焉に向かい、日本の対米貿易黒字が政治問題化する中、日本国憲法を盾に経済発展を図る戦後の「吉田ドクトリン」型の政治経済路線は許されなくなっていきます。1991年の湾岸戦争では日本は資金提供だけだったと評価されず、結果としてPKO協力法によって主に国連PKOに参加する形での自衛隊の海外派遣が行われたのは、「吉田ドクトリン」路線からの大幅な変更として捉えることができます。

そして、今回の安全保障関連法案によって、国連PKOとは別に集団的自衛権の行使を限定容認し、同盟国が攻撃されば、(政府が日本の存立や国民の権利が危うくなると判断した場合)自衛隊は同盟国の軍と一緒に戦うことが可能になります。

これは、冷戦期の頃よりも米国の総合力が弱体化し、以前のように「世界の警察官」として米国が日本を守ることができなくなっている裏返しでもあるでしょうが、日本政治においては、ここで完全に戦後の「吉田ドクトリン」路線に終止符が打たれることになります。

だからと申しまして、私は安倍政権の安全保障関連法案を支持している訳ではありません。

もちろん、憲法は金科玉条ではないでしょう。一般論として手続きを踏まえた改憲もしくは一部を変更することは悪いことではありません(繰り返しになりますが、ここでは安全保障関連法案の憲法解釈上の違憲性は論じません)。

仮に安全保障関連法案が「正当な憲法解釈の変更」であったとしても、経済面において多大なる貢献をしてきた日本国憲法第9条の役割を変え、集団的自衛権という本当の「武器」の使用を可能とする新しい方針が、よほど国家への利益をもたらさなければそうする価値がないことになります。

しかしながら、安全保障関連法案には、新しい時代に合わせて国を富ます戦略がそこにあるようには思えないのです。

国際情勢を鑑みますと、正直なところ日本に選択肢があるのかどうかを判断するのが難しいのは確かです。そもそもグローバル化時代の経済は国家単位ではないとも言えるでしょう。

それでも、実質上、戦後の日本の繁栄の「武器」を捨ててしまうことは残念です。

 1  |  2  |  3  | All 次へ >>

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
月別アーカイブ
2017年11月
2017年10月
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年11月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
カテゴリーアーカイブ
カンボジア (27)
スイス (26)
スポーツと社会 (115)
ネパール (26)
国際事情(欧州を除く) (225)
大震災/原発事故と日本 (29)
御挨拶 (13)
日本政治 (124)
日本社会 (262)
映画で観る世界と社会 (290)
欧州事情 (92)
留学生日記 (70)
英国 (96)

ページトップへ

カレンダー
<< 2017年10月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新記事
甲子園で行われる試合は、多かれ少なかれ、自然から影響を受けることを前提としている
子供の頃の思い出も、大人になれば美化される: 映画『やかまし村の春・夏・秋・冬』におけるステレオタイプ
日本男子は、気持ちを言葉にしない!?
君とお金のために結婚するのではない: 映画『静かなる男』における持参金というプライド
そうか、君はピアノを捨てて、愛の言葉を信じるのか
最新コメント
Αnd is available bo...
Posted by https://malikich.tumblr.com
はじめまして、書き込...
Posted by たか
あなたもまだお若い。...
Posted by 葵東
青春時代に見て感動し...
Posted by 小林 千三
私は韓国に住んでいま...
Posted by 七色無職
最新トラックバック
この社会での性的魅力
from 哲学はなぜ間違うのか
ひとつ/長渕剛(Cover)
from 今日の天草