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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2015年7月

2015年7月29日 01:47

自分らしく生きることの難しさ:映画『アルバート氏の人生』の屈折したジェンダー

様々な規範の中で、「女性は〇〇すべきだ」、「男性ならば〇〇すべきだ」というようなジェンダー規範は非常に強いものがあります。それが、社会条件や個人の状況によってそれらの規範を受け入れることができなかった場合、アイデンティティの構築は非常に難しくなります。

『アルバート氏の人生』(原題: Albert Nobbs)
制作国 アイルランド
制作年 2011年
監督  ロドリゴ・ガルシア
出演   グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジャネット・マクティア

あらすじ
【19世紀英国領アイルランド・ダブリンの上流階級の人々に人気のモリソンズ・ホテル。40代後半のアルバートは、上級ウェイターとして働いている。彼は10代から今までの30年間、仕事を得るため、女性でありながら男性として生きてきた。アルバートは、真実を見破られないようにするため、極力、人間関係を絶ってきた。そんなある日、ホテルにハンサムな塗装屋のヒューバートが、仕事に来る。ヒューバートと相部屋になったことでアルバートは、素性を知られてしまうものの、ヒューバートも女性であることを知る。そして、自分らしく生きる彼(彼女)の姿に影響を受ける。アルバートは、自ら築き上げてきた偽りの人生を捨て、同僚のメイドであるヘレンと「結婚」して2人煙草屋を営むことを夢見るようになる。しかし、ヘレンは偽ボイラー係としてホテルに採用されたジョー・マッキンスと恋仲になっており、2人はアルバートを騙してお金を騙し取ろうとする。】

アルバートは、塗装屋のヒューバートに出会い、自分らしく生きようと思うのですが、しかし、その具体化があまりにも非現実的なのです。言い方を変えると、偽りの人生が「本物」になってしまい、自分らしく生きることができないのです。

アルバートは、メイドのヘレンに恋しています。しかし、それは非常に観念的であり、女性とも、男性とも判断できないのです。

社会背景を考えれば、飢饉が襲っていた19世紀のアイルランドにおいて食べることは非常に重要であり、生き方は二の次であったとも言えます。しかし、そのような中でも、男装の女性、塗装屋のヒューバートは「かっこ良く」自分自身を貫いているのです。

そう考えますと、この物語は、塗装屋のヒューバートになれなかったホテルマン・アルバートの物語であることが見えてきます。

ヘレンは妊娠して偽ボイラー係のジョー・マッキンスに振られます。ジョーは、「自分は父親になれない」と言い、ヘレンの元を去っていきます。

ホテルを去っていったのは「なれなかった」アルバートとジョーなのです。ネタバレですが、紆余曲折ありながら、母親になれたヘレンとヒューバートは結ばれます。

19世紀のアイルランドは、全ての女性が敗者なのではなく、男性も女性も強い者が生き残っていきます。残酷です。にもかかわらず、この映画は不思議にハッピーエンドでもあるのです。おそらく、「勝ち組」も相当に傷付いているからのでしょう。

2015年7月26日 23:00

スタンリッジ投手の日本人性と米国人性

7月22日、プロ野球ソフトバンク・ホークスのジェイソン・スタンリッジ投手が、チームトップの8勝目を挙げました。今回の勝利は、家族写真(奥様、長男、長女)と共に配信されました。

外国人選手が試合後に家族一緒に写真を撮る(撮られる)ことは、珍しいことではないのでしょうが、今回、注目されたのは、2歳の長女・ケインちゃんが、「元日本人」であったことです(東スポweb、7月22日;日刊スポーツ、7月23日)。

ケインちゃんは、2013年、生後間もなく神戸の児童福祉施設に預けられていたところ、当時阪神の選手でありましたスタンリッジ投手と奥様に養子として迎え入れられることになったそうです(同上)。

スポーツ選手や有名俳優等の、広い意味でのセレブが養子縁組をすることは、欧米では珍しくはありません。例えば、米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんは、実子の3人の他、カンボジア、ベトナム、エチオピアから3人の子供を養子として引き取っています。

ですから、スタンリッジ投手のケースも、特別なことではないのでしょう。しかしながら、このニュースに注目してしまいましたのは、来日8年目(阪神で4年、ソフトバンクで4年目)となり、60勝以上勝ち、日本の野球に適応しているスタンリッジ投手が少なくても私的生活では、「日本人的」ではないことに驚いたのです。

日本では江戸時代は養子縁組が盛んでしたし、現在も養子を受け入れる人は少なくないかもしれません。それでも、(スタンリッジ投手の職業的な特殊性もあるかもしれませんが)公の場で2歳の養女を紹介することはあまり無いように思われるのです。

スタンリッジ投手の家族写真は、近年数が増えています日本人メジャーリーガーが、私領域においても米国に同化しているかどうかを考えるきっかけとなります。

例えば、米大リーグの「殿堂」入り間違い無いといわれるイチロー選手や名門ボストン・レッドソックスのクローザ―を務める上原浩治選手は、米国人の養子を受け入れて家族写真を撮らせるでしょうか。

国籍を越えた養子に関しては、肯定論も否定論もあります。ただ、今回のスタンリッジ投手の写真は、良いか悪いかとは別に、日米の比較社会論、文化論を可能にさせてくれるものであるようにも思えるのです。

最後に余計なことを申し上げれば、我が阪神タイガースは、先発不足です。阪神タイガースが、(日本人枠になる日も近い)スタンリッジ投手と「養子(再)縁組」して下さることを切望致します。

2015年7月25日 02:15

国境を越える「恩返し」

先月下旬、台湾の新北市の複合娯楽施設「八仙水上楽園」で爆発が生じ、約500名(1名死亡)が負傷した事故が起こりました。

この事故の後、日本の富士システムズ株式会社からの台湾への支援が話題になりました。

事故直後、同社は、川口洋一郎代表取締役社長のイニシアティブによって、(皮膚の再生を促す)自社製の非固着性シリコンガーゼを台湾に送ります。その理由として、(福島に工場があることもあり)川口社長は「あるものを全て出した。東日本大震災の際の台湾の支援にお返しができれば、と思った」と話しています(朝日デジタル、7月3日)。

同社は社員数が210名に過ぎないのですが、この小さな日本企業の寄付は、台湾、日本で大きな反響がありました。同社のFacebookのページは、現在、5万近い「いいね」と、数えきれない中国語、日本語、英語による感謝、賛同、応援の言葉が書き込まれています。

私自身、同社の行為をとても有難く感じました。

それを分析すれば、「恩返し」という言葉に尽きるように思えます。

東日本大震災では、人口2300万人の台湾から「国別」では最高規模の200億円以上の義援金が寄せられており(産経ニュース、2015年5月8日)、東日本大震災以来、日本人は台湾に対して、「恩返し」の「義理」があったことになります。

日本学の定番となっています『菊と刀』(1946年)において、ルース・ベネディクトは「義理」に「恥」を連動させて論じています。

ベネディクトは、その日本人分析において、ある人がある人に「恩」を与え、「受恩者」に「恩返し」の「義理」を果たすことを求める状況に至ったにもかかわらず、「受恩者」が「施恩者」へ「恩返し」を行わなかった場合、「受恩者」は「義理」を知らぬ人間とされ、自らの体面を保つことができないとされる、とします。

東京大学名誉教授の中根千枝氏は「恩」と「義理」の関係を第三者の役割を強調し、「AがBにものを与えるという当然の義務がなく、またBにそれを受ける当然の権利がなく、たまたまAがBに与えたものがBにとって非常にプラスであり、その重要性が第三者に十分に認識できるほどの意味をもつという条件に支えられたときに、義理という表現による人間関係が設定される」 と定義しています(中根千枝「義理人情の普遍性と特殊性」『Energy』17号、1968年、3頁)。

東日本大震災と「八仙水上楽園」事件では、規模が異なりますが、富士システムズ社が少しでも「恩」を返してくれたことに(「義理」を果たしてくれたことに)、少なからずの日本人が有難く思った(救われた)のではないでしょうか。

そして、その「気持ち」を台湾の方々が受けてくれたことが、(仮に周辺諸国との関係が多少影響していたとしても)この話題を温かくしているように思えます。

同時に、このニュースは学問的にも貴重です。「恩」、「義理」、「恥」研究は、主に日本学と結び付けられてきましたが、多少の「形」は異なっても、日本を越えて観られる現象でもあるのではないでしょうか。

2015年7月22日 18:38

階級を陵駕するミステリー:映画『ゴスフォード・パーク』のマージナリティ

映画『日の名残り』と共に英国関連の担当講座で紹介した作品です。両作とも同じ時代の英国のマナーハウスを舞台に、米国人監督が撮った映画ですが、異なるアプローチであり対照的です。

『ゴスフォード・パーク』(原題: Gosford Park)
制作国 英国
制作年 2001年
監督  ロバート・アルトマン
出演  マギー・スミス、ヘレン・ミレン、マイケル・ガンボン、クリスティン・スコット・トーマス

あらすじ
【1932年の秋の週末。イングランドのマナーハウス「ゴスフォード・パーク」にて、狩猟のため泊りがけのパーティが開催される。主催者は、成金で「ゴスフォード・パーク」の主であるサー・ウィリアム・マッコードルと貴族出身の妻・シルヴィア。叔母トレンサム伯爵夫人は、夫人の若きメイド・メアリーとやってくる。シルヴィアの二人の妹ルイーザとラヴィニア及びその夫たち、サー・ウィリアムの又従弟で、米国で成功している俳優ノヴェロや、ノヴェロの友人で米国人映画プロデューサーのワイズマンなどが、次々に邸に到着する。屋敷の「下階」では「ゴスフォード・パーク」の召使たちとゲストが連れてきた使用人が合流して、宴を盛り上げるために共同作業に勤しむ。「上階」も「下階」も、それぞれ複雑な人間関係を抱えながらその晩を過ごしていると、突然、サー・ウィリアムが殺害されるという事件が発生する。成金のサー・ウィリアムは、貴族・セレブとも、使用人とも複雑な利害関係があり、登場人物の多くが容疑者となってしまう。】

映画の前半において、「上階」の貴族・セレブの「世界」と「下階」の使用人の「世界」が別々に描かれます。ただ、別々でありながら、それぞれに「繋がり」を持たせておきます。

パーティの主催者であり、一代で成り上がったサー・ウィリアム・マッコードルは、「マージナル」な存在なのですが「上階」にも「下階」にも「金」と「女性」関係によって利害関係があるのです。

そして、サー・ウィリアムが殺害されることによって、一挙に物語が「上下」を超越した(入り混じった)ミステリーに変化していきます。

「マージナル」性としては、もう一人、米国で成功している英国人俳優ノヴェロを挙げることができます。ノヴェロは、英国人の中流階級出身ですが、米国の人気俳優であり、下々の人の誰もが憧れる「男性」でもあります。このパーティではゲストであり、「上階」に花を添える存在でもあるのです。

人気のないサー・ウィリアムと、人気者ノヴェロは親戚なのですが、徐々に変わりつつある(貴族社会が壊れようとしている)英国を象徴する存在でもあります。

このように、前半において、英国の階級性が描かれるのですが、後半から誰が犯人であるかに主眼が置かれます。映画『日の名残り』では、最後まで(滑稽な程)守られるべき「秩序」が模索れる一方、映画『ゴスフォード・パーク』では、階級さえもミステリーが呑み込んでしまうのです。

ミステリーなのに(ミステリーだから)、鑑賞後にすっきりするアルトマン作品です。

2015年7月20日 23:59

責任者を免責にしても、新国立競技場の建設費の謎を解明して欲しい

7月17日、安倍総理大臣は、東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場建設に関して、「ゼロベースで計画を見直す」と述べ、計画が白紙に戻ることになりました(NHK News Web、7月17日)。

新国立競技場の建設を巡っては、費用が基本設計案より遥かに高い2520億円になることが決まったことに対して、批判の声が挙がっていました。

2008年の北京五輪のメインスタジアムの建設費が500億円であり、2012年のロンドン五輪が530億円であったことと比較しても桁違いに高いことが指摘されています(NHK「クローズアップ現代」、7月8日放送)。

これに対して、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長・森喜朗元総理大臣が「国がたった2500億円も出せなかったのかねっていう、そういう不満はある。何を基準に『高い』と言うんだね。皆、『高い、高い』と言うけれど」(テレ朝News、7月17日)とコメントし、批判されています。

私も、新国立競技場の建設費が高いかどうかということが問題ではないように考えます。高かろうと、安かろうと、東京を中心とする日本のイベントなのですから、有権者が納得していれば問題がありません。怖いのは、誰も分からないうちに決まっていったプロセスです。

この建設案を選考した際の審査委員長であった建築家の安藤忠雄氏は、7月16日に記者会見を催し、自身の責任は「デザイン選定まで」とした上で、「2520億円と聞いて、『えー』と思った」と述べています(読売新聞、7月16日)。

確かに、ザハ・ハディッド氏の設計案が選ばれた時(2012年11月)の報道は「国立競技場、1300億円で建て直し 英建築家案を採用」となっています(日本経済新聞、2012年11月15日)。

しかし、それがいつの間にか2520億円に約倍増しているのです。

降籏達生氏によれば、2520億円の内訳は、大成建設が施工するスタンド部分が1570億円、竹中工務店が施工する屋根部分が950億円ということです(降籏達生「新国立競技場は、なぜもめているのか」『ハフィントンポスト』、7月22日)。これは、ゼネコンが暴利を貪っているわけではなく、大規模空間を2本のキール(背骨)アーチで支える屋根部分の設計に問題があるとされています(同上)。

途中でデザインが高度化した訳ではないでしょうから、それでは、最初の1300億円とは何だったのでしょうか。

安倍首相は7月20日、新国立競技場の建設計画を白紙撤回した問題について、「誰に責任があるとか、そもそも論を申し上げるつもりはない」と言われています(朝日デジタル、7月20日)。

免責にするにしても、誰の判断で、どういう経緯でこうなってしまったかを明らかにする必要は(白紙撤回した後のプロセスのためにも)あるでしょう。むしろ、積極的に免責にすることで、是非、解明して欲しいところです(責任の所在が判ったら、責任を取れと言われてしまうのでしょうが)。

森元首相が言われる通り、2500億円は日本の国力から考えれば出せない額ではないと思います。しかし、出せる、出せないではなく、五輪を開催する先進国として、「知らないうちにこうなった」は許されないのではないでしょうか。「知らないうちに安くなった」でも、基本的な問題は同じであり、安ければ良いということでもないと考えます。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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