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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2015年4月

2015年4月29日 01:42

ネパール大地震に思う

現地時間の4月25日午前11時56分、ネパール中部で発生したマグニチュード7.8 の大地震で、多くの人が亡くなっています。

4月28日のネパール内務省の発表によれば、既に死者数が5000人を超えています(時事ドットコム、4月28日)。同国のスシル・コイララ首相はロイター通信に、犠牲者が1万人に達する可能性があると語っています(ロイター、4月28日)。

私の勤務校は留学生が多く、ネパールからも5人の学生が来ています。まず、私は、5人の学生にSNS経由で連絡を取り、両親の安否を確認しました。

5人の両親、家族は無事でしたが、家には被害が出ているようです。2人の学生の実家は全壊してしまったそうです。現在、彼らの家族は、テント生活を余儀なくされており、大変厳しい状況です。

地震の影響で停電となり、携帯電話は通じ難くなっています。余震が続き、食料や水も不足しているというニュースだけが彼らを苦しめています。

私も「元留学生」です。英国滞在中に阪神大震災、スイス滞在中に東日本大震災が発生しました。日本に電話しても繋がらず、不安に感じた数日間がありました。

それ故に、学生たちの気持ちが痛いほど分かります。何もできない無力感と焦りが襲っていることでしょう。

母国を離れ海外に滞在している彼らは、日本では何もできないのです。

今回の大災害で何もできないのは、私も同様です。

とりあえず、現地に必要な物資を提供する団体に寄付し、私自身、寄付を呼びかけたいと考えています。

しかし、お金以上に重要なこともあるように思えます。

東日本大震災の時もそう感じたのですが、まず、自分たちで(募金と共に)なすべきことは、地震を忘れないということなのではないでしょうか。

今は世界中の人がネパールに注目しています。しかし、数か月経つと、新たな国際事件が起こり、世界の人々の関心はネパールから離れていってしまうかもしれません。

私は、実家が全壊した学生のことを忘れることはないと思います。でも、忙しい日常の中で、今ほどの意識しなくなるかもしれません(そう考えた時に、私は東北や福島のことを、今、どれほど意識して日々の生活を送っているのかを顧みる必要があるようです)。

何ができるか分かりません。とりあえず、私は(学生たちに接して)ネパール人学生の精神的な安定と現地の情報収集に励むつもりです。

その上で、数カ月後でも、数年後でも、私は、学生たちと共に何かができるように(何かをしなければならないと)思っています。


2015年4月26日 00:40

日本のどこかで今週も:映画『のど自慢』にみる日本人性

日曜のお昼は「のど自慢」です。

『のど自慢』
制作国 日本
制作年 1998年
監督  井筒 和幸
出演  室井滋、大友康平、尾藤イサオ

あらすじ
【NHK「のど自慢」が群馬県桐生市にやってきた。晴れ舞台を目指して、様々な思いを胸に人々が予選会場へと集まる。売れない演歌歌手・赤城麗子は地元に立ち寄った際に、「のど自慢」の開催を知り、失った自信を取り戻そうと、演歌ではない「TOMORROW」で、大舞台に立とうとする。何をやっても上手くいかない荒木圭介は、焼き鳥屋で修業中。カラオケで鍛えた「また逢う日まで」を歌うために会場に駆けつける。地元の女子高生・高橋里香は、不倫の結果、妊娠して実家を出て行く姉に想いを伝えるために「花〜すべての人の心に花を〜」で挑戦する。老人・耕太郎は、東京で暮らす息子夫婦に頼まれて、登校拒否児の孫を引き取り一緒に暮らしている。孫のために「上を向いて歩こう」を熱唱する(「映画.com」参照)。】

NHK「のど自慢」は、放送開始から70周年を迎えるそうです。

私はこのところ、できるだけ同番組を見たいと思っています。

同番組は、地方を回ります。政令指定都市のような大都会では行いません。農村でも開催しませんので、「のど自慢」が開催できる規模の大ホールを持つ「中間都市」が主です。

そこで、年配の方は過去の「思い出」を熱唱し、若者は未来の「希望」を歌います(中学や高校時代の「思い出」というパターンもあります)。

選曲は、この映画にもある通り、極めてベタです。「のど自慢」で歌われる曲は、ほぼ決まっているのではないかと考えられる程、定番があります。ゲスト審査員の歌手の代表的な「持ち歌」も必ずと言ってよいほど歌われますので、枠があるかのようです。

映画では、前日(土曜日)の予選で何組もが「同じ歌」を歌う姿が描かれており、定番性を強調しています。

毎週日曜日、日本のどこかで「のど自慢」が開催され、同じような曲が歌われます。

この番組自体が、日本学における実証研究のような趣があります。日本各地において、人々は日々、歌を歌っています。人は人生の物語を背負い、「思い出」と「希望」に満ちた歌を口ずさんでいるのです。

同映画では、演歌歌手・赤城麗子と焼き鳥屋の荒木圭介は、過去との決別のために「TOMORROW」と「また逢う日まで」を(過去を意識した曲を)、女子高生・高橋里香は姉の未来を、老人・耕太郎は孫の未来を歌います。

毎週、NHK「のど自慢」に出てくる人尾は、この映画同様、それぞれに物語があるのでしょう。

日本人性とは何かは、常に問われてきたテーマでした。同番組(同映画)は、少なくても日本人と呼ばれる人々は歌が好きであり、日本はカラオケの母国であるという事実を再確認させてくれます。

2015年4月25日 03:11

どうして、マクドナルドは世界中で売り上げが落ちているか?

4月16日、日本マクドナルドは、12月期の業績が上場後、最大の380億円の最終赤字になる見込みであることを発表しました(4月16日、産経新聞)。

続いて、4月22日、米国マクドナルドが、1 - 3 月期の純利益が前年同期比33%減の8億1150万ドル(約970億円)、売上高は11%減の59億5890万ドルに下落していることを明らかにしました(4月23日、日本経済新聞)。

マクドナルドが世界中で、売り上げを減らしています。

日本、米国だけではなく、中国も含めた「アジア太平洋中東アフリカ」が8.3%減となっています(同上)。

1 - 3 月期の世界の既存店売上高は前年同期比で2.3%マイナスとなっており、客離れに歯止めがかかっていません(同上)。

日本国内の客離れのきっかけは、昨夏に発覚しました期限切れ鶏肉の使用問題、異物混入問題が影響を与えていると分析されています(産経ニュース、4月23日)。

米国は米国の理由があり、「食の安全をうたう新興チェーン店への顧客流出が続いている」(日本経済新聞、4月23日)と指摘されています。

しかし、それだけでは、世界のマクドナルドが売れない理由としては不十分なのではないでしょうか。

世界のマクドナルド各社だけではなく、経営学者、経済学者、ジャーリスト、投資家等が、マクドナルドの「fall」傾向に着目していると思います。

私は、先進国、準先進国の価値観が大きく変わっている「兆し」であるように見ています。

マクドナルドは、私のような地方都市生まれの団塊ジュニア世代にとって、10代前半(中学ぐらい)まで日常のちょっと特別な空間でした。子供の頃、決して行けない場所ではないのですが、毎日は行かない(行けない)ところでもありました。

大阪市長の橋下徹氏が、「僕の世代はマクドナルドで誕生会をするのがステータスだった」(産経新聞、2008年12月22日)と言われていますが、その感覚は、私にも理解できます。

私は90年代後半、(共産主義から資本主義に移行中の)ルーマニアに留学したのですが、その際、このマクドナルドのステータス感に再体験しました。首都ブカレストに数件しかないマクドナルドに、現地の若者がおしゃれをして駆けつけていたのです。

日本や米国等の先進国では、80年代、90年代を通じて、マクドナルドはステータス感を脱して、日常化することで成功収めたように思います。特に日本では、デフレ経済に合わせて、低価格路線で、毎日人を呼び、薄利多売で勝負するようなビジネス展開が当たったのです。

それでは、なぜ、同社の途上国では「米国発」のステータス性を売り、先進国では日常化という戦略が機能しなくなっているのでしょうか。

一つには、先進国と途上国の国単位での経済格差が減少し(つまり、グローバル化で「途上国」と呼べる国が減り、南北問題は過去のものになりつつあります)、各国国内が格差化している現状に対応しきれていないように思えます。

各国において全ての消費が、高級路線と低価格路線の「二極化」が進むことになるのではないでしょうか。

マクドナルドが、どちらに舵を切るのか注目していきたいと思います。

2015年4月22日 02:27

便利屋は専門家になるよりも難しい:映画『まほろ駅前多田便利軒』とまほろ市(幻)

何でもできる「便利屋」とは、幻(まぼろし)のような職業なのかもしれません。

『まほろ駅前多田便利軒』
制作国 日本
制作年 2011年
監督    大森立嗣
出演    瑛太、松田龍平

あらすじ
【舞台は、東京から神奈川へ突き出るように位置し、都会でもなければ田舎でもない「まほろ市」。バツイチの30代、多田啓介は、駅前で便利屋「多田便利軒」を営んでいる。ある日、「仕事」帰りに、中学時代の同級生・行天春彦に再会する。中学時代、多田は行天に怪我をさせて負い目があり、彼を家に泊めることになる。そのまま、行天は「多田便利軒」の仕事を手伝いながら、多田の家に居候することになる。ある日、多田は、行天の元妻と偶然、出会い、行天に一度も会っていない娘がいることを知る。お互い過去を引きずりながら、2人は「便利屋」として難題を解決してきながら、友情を深めていく。】

「まほろ市」とは、著しい特徴もない「中間」都市です。大都市でもなく、ど田舎でもなく、「普通」なのです。この「普通」の町こそ、格差化が進む日本が失っている存在なのかもしれません。

2人が営む「便利屋」とはニッチな職業です。「便利屋」の仕事とは、医者や弁護士、学者など、特殊技能を持つ専門家の仕事でもなく、あまりにも簡単に自分でこなせる業務でもないのです。この「中間」業務は、まほろ市の「中間」都市的な位置とシンクロします。

「便利屋」は、「中間的」であるだけではなく、「何でもこなす」ことに、かなりの「専門性」があるとも言えるでしょう。

私は、大学で学生に何らかの「専門家」になるように言います。グローバル化時代においての就職には、ジェネラリストはあまり向かないのです。何らかの「売り」があるエクスパートが求められているのです。

しかしながら、それは逆も言えます。多田啓介や行天春彦のように「何でもこなす」便利屋(プロのジェネラリスト)になることは、ある特定のエクスパートになるよりも難しいのです。

何よりも(本作における)この職業が難しいのは、あまり利潤を求めていないことです。「自分探し」的であり、不安定飛行を続けながらも、結果として社会の重要なピースとして嵌っていくのです。まほろ社会において異質でマージナルな存在(マージナル・マン)にもかわらず、重要なのです(語弊を恐れずに表現すれば、天使的であり、漫画『聖☆おにいさん』的なのです)。

マージナル化されている2人は、故に、裏社会の怖い人から警察まで、「等距離」に繋がっていきます。

町にはこういう存在が必要なのですが、やはり、「まほろし(幻)」なのかもしれません。

2015年4月19日 14:22

避けられない道:米国・キューバの首脳会談に思う

今月の国際政治上の最大のニュースは、米国とキューバの首脳会談になることでしょう。

4月11日、キューバの首都ハバナで、米国のバラク・オバマ大統領、キューバのフィデル・カストロ国家評議会議長が、歴史的な会談をしました。

周知の通り、1956年にフィデル・カストロ、チェ・ゲバラに率いられたキューバ革命が成功し、米国とキューバは国交を断絶します。以来59年間、北米地域における冷戦の象徴でもあった両国の関係が、今、国交正常化に向けて大きく変わろうとしています。

イメージとしては、「やっとか」、「とうとう」、「まだ、だったのか」になるのではないでしょうか。

米国は、中国、ロシア、ベトナム等の旧共産圏の国々とは、(同盟国の関係には程遠いにせよ)冷戦の頃とは比較にならないくらい関係は「改善」されています。

なぜ、キューバだけ関係改善が遅れたのでしょうか。

その一つとして、キューバが、同国の経済を開放するのが遅かったこともあるのかもしれせん。

資本主義の象徴として認識されているコカコーラは、世界中で販売されていますが、キューバと北朝鮮では公式には販売されていません(BBC  "Who, What, Why: In which countries is Coca-Cola not sold?", 11 September 2012)。そして、この両国とは、米国は今でも国交がありません。キューバは、今でも国民の80%近くが政府や国営企業で働いている「共産主義国家」なのです(ニューズウィーク、2012年10月17日)。

そのコカコーラが売っていないキューバでさえ、2011年4月に開催されました第6回共産党大会で(部分的に)市場原理を導入する経済改革が承認されています。同国も共産主義からの方針転換を図ろうとしているのです。

上記は、国際政治学的には、経済関係を国際関係の大きなファクターと捉える「相互依存論」的な見方になりますが、旧共産主義圏の資本主義化、改革開放化は国際関係を大きく変えてしまいました。

資本主義化という言葉が「政治的」に適切ではないとすれば、市場のグローバル化と言い換えることもできます。ロシアも、中国も、べトナムも、そしてキューバも、グローバル市場の中で国家運営を強いられることになります。

言うまでもなく、グローバル化は、必ずしも各国の国内事情や国際社会を安定させてはいません。むしろ、格差化等、新たな問題を生み出しています。

そのような中、キューバでさえ市場主義化しようとする事実をどのように理解すべきでしょうか。

私たちは、グローバル化という「避けられない道」を歩んでいるということなのでしょう。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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