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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2014年4月

2014年4月30日 00:00

ミランダ・カーとグローバル化と「ハート・オブ・グラス」

先日、テレビCMで、懐かしいブロンディの「ハート・オブ・グラス」(Heart Of Glass)(1979年)が流れていました。

業界世界第1位、スウェーデンのアパレルメーカーH & M の2014年春のCMでした。

CMでは、オーストラリア出身のファッションモデル、ミランダ・カーが、外出しようとします。外では女友達がタクシーで待っています。ところが、玄関先で、芝生への散水器具が起動してしまい、彼女はびしょ濡れになってしまいます。

彼女は「5分待って」と手で友人に合図して、自宅に戻り着替えます。色々と着替え、やっと気に入った服に満足したころ、タクシーで待つ友人が「遅いぞ!」とクラクションを鳴らします。彼女は、着替えた自分の写真を携帯で写メして友人に送り、「どう?」と尋ねます。

単純なストーリーなのですが、「ハート・オブ・グラス」に合わせてミランダ・カーが躍動しています。

私はYou Tubeで日本・バーション、米国・バージョン、ユーロ・バージョンを観ました。同じ映像なので、当然、ミランダ・カーはどれも美しいのです。

彼女の美しさは、CMの相違と共通性を浮き上がらせました。CMでは、彼女の着ている服の価格が、彼女が着替える度に提示されます。日本バージョンは円で、米国バージョンではドルで、ユーロ・バージョンはユーロで示されるのです。

「スカート、1490円」、「トップス、1490円」、「Top 9.95ドル」、「Falda 9.95ユーロ」、「Blusa 14.95ユーロ」。

同じ商品のはずなのに、呼び方が異なることと値段が違うことが分ります。ただ、輸送コストや人件費、税金も異なりますから、商品の原価自体はほぼ同じと考えられるのかもしれません。

H & Mは、ユニクロ等の他社同様、賃金の安いカンボジアやバングラデッシュ等のアジア諸国に工場を持ちます。そして、世界中に同じ商品を供給しています。世界の労働力が安価な国々で生産し、安価な製品を先進国の消費者に届けているのです。

カンボジアやバングラデッシュでは賃上げ問題も浮上しています。例えば、2012年の記事によれば、H & Mの衣料品を生産しているカンボジアの工場労働者の月給が38ポンド(7000円弱)であり(Apparel Resource in Indochina、2012年11月07日)、批判を受け、その後、同社も賃上げの方向で調整してきたようです。

私には、H & Mがカンボジアの労働者を単純に搾取しているようには見えません。中国の例を観ても、長期的に賃金は上昇していくことになるからです(平均賃金が上昇しても、格差問題は残るでしょうが)。

グローバル化という観点からは、スウェーデンの会社H & Mが、カンボジアやバングラデッシュで洋服を製造し、オーストラリア出身のミランダ・カーをCMに起用し、ブロディの名曲「ハート・オブ・グラス」に乗せて多くの先進国にて、同じように宣伝している状況そのものが、グローバル化の分かり易い一例であるように思えるのです。

その上で、このミランダ・カーのCMが成功しているとすれば、彼女の美しさは、世界の「今」の何かを映し出していることになります(ファッション界は正直です)。

そして、いつの時代も「今」にフィットしてしまう名曲「ハート・オブ・グラス」に驚き、同時に美しさを虜にする残酷な曲であるようにも思えてきます。

2014年4月28日 11:14

報道における国際関係と学としての国際関係論の「溝」

私は勤務校で国際関係論を担当しています。国際関係論にも当然、学説史があります。

非常に単純に説明すれば、第一次世界大戦後の国際連盟の設立を背景にした「理想主義」的アプローチから始まり、第二次世界大戦後の大国の軍事力を中心とするパワーを重視する「リアリズム」、ベトナム戦争期における国家行為の多元性を重視する「リベラリズム」、その後、それぞれの発展系である「ネオ・リアリズム」、「ネオ・リベラリズム」が登場し、1980年代後半から(国際政治における規範やアイデンティティを重視する)「コンストラクティビズム」が出てくるのです。

これらは、理想主義から時間を経て入れ替わってきたのではなく、それぞれが論として生き残って支持するグループを形成していると言えます。ただ、時代的な強弱はあり、主に1990年代後半に大学院生となった私はコンストラクティビズムの影響下にあったことを否定できません。

国際関係論は、非常に乱暴に纏めますれば、国家の存在を非常に意識した学問であると言えます。

大国の覇権を重視するリアリズム、ネオ・リアリズムは当然ですが、理想主義、リベラリズム、ネオ・リベラリズムの文脈から超国家組織を語るにしても、国家という単位を無視できません。コンストラクティビズムは、国家よりも集団的アイデンティティをも分析対象にしますので国家論とは限らないのですが、全体として国家という枠組みを無視している訳ではありません。ただ、やはり、コンストラクティビズムは、社会学的なアプローチが重視されている点において、異色であるのは確かでしょう。

さて、このように国際関係論は学説史的に諸説あるですが、現実に、毎日発生している国際問題をマスコミがどのように報じているかと言えば、驚くべき程、リアリズム色が強いように思えます。

「オバマ大統領が尖閣諸島に日米安全保障条約が適用されることを明言した」、「米国は、南シナ海への進出を強める中国を牽制するためにフィリピンと米軍派遣拡大を図る新軍事協定を結んだ」等です。いずれも、中国と米国という軍事大国の存在が前提となり、語られています。

国連やEUのニュースもありますので、リアリズム一辺倒とは言えませんが、コンストラクティビズムの文脈の分析は殆どありません。

おそらく、社会学、政治学、国際経済学等に跨るコンストラクティビズムの分析、解説は、手間がかかり、分かり難いということあるかもしれません。

しかし、このままですと、大学で教える国際関係論(学)とマスコミの流す国際関係の乖離がますます進んでしまい、学者及び大学で国際関係を学ぶ人々と、マスコミの流す国際関係だけを知る一般の人々とが、共通認識を得られなくなってしまいます。

私は、リアリズム的報道が間違っているとは申しません。ただ、リアリズムは、国際問題を分析する国際関係論の数ある方法の一つにしか過ぎないのです。

国際的な政治・社会現象をより深く理解するためにも、多様なアプローチがあることを知って欲しいと願っています。

2014年4月27日 00:05

ファーストネームで呼び合うことの意味

4月23日から米国のバラク・オバマ大統領が国賓として来日(2泊3日)しました。

興味深い現象として、ファーストネームでの「呼び合い」、また、「呼び合わない」がありました。

報道にあります通り、23日の夜は、東京・銀座の高級すし店で会食した際、オバマ大統領は、安倍晋三首相に会うなり、「シンゾー!」と声を掛けました。

しかしながら、翌日の首脳会談後に行われた共同記者会見では、安倍首相がオバマ大統領を「バラク」と呼んでも、オバマ大統領は「プライムミニスター・アベ」と答え続けるのです。

このちぐはぐさは、東京・元赤坂の迎賓館で行われた首脳会談において、最大の焦点だったTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉が難航し、オバマ大統領は怒っていたのではないかと分析されています(J-Cast News、4月25日)。

上記が正しいとすれば、なぜ安倍首相は「バラク!」と呼び続けたのでしょうか。米国大統領が怒っていることが分らなかったのでしょうか。

私は、ファーストネームで呼び合うことは親しみの表現であるとは考えておりません。

英国の大学院では、教授と博士課程の学生は多くの場合、ファーストネームで呼び合っています。しかし、教授が学生の(アカデミックな)殺生権を握っていることは誰でも知っているのです。教授と学生という関係を前提に、それでも「仲良くやろう」という合意みたいなものの現れに過ぎないのです。教授と学生は、ファーストネームで呼び合って表面上、仲良くやっていながら、内面的な緊張感があります。また、そのような緊張関係はあるべきなのでしょう。

さて、日米首脳のオバマ大統領と安倍首相の関係性です。

私は、2人がどのように呼び合うかは重要なことではないと考えます。

むしろ、オバマ大統領が、銀座の高級寿司店「すきやばし次郎」前で、「シンゾー!」と呼びかけたことにも不自然さを感じますし、安倍首相の共同記者会見の「バラク!」にも違和感を覚えます。

どう呼び合っても、2人の間に、何らかの友情やシンパシーがあるとは思えないのです。あの2人が、首相や大統領を辞めた後で、プライベートで会うことは、おそらくないように思えます。

そもそも、オバマ大統領はビジネスライクであると評されているようです(退任後は、世界中の政治家の誰とも私的には会わないかもしれませんが)。

だとすれば、「シンゾー!」も、「プライムミニスター・アベ」もどちらも同じようなものなのでしょう。重要なことは、ビジネスが成立するかどうかです。ファーストネームで呼び合うかなどは、どうでもいいことなのです。

(個人的には、国家の首脳として仕事をしているのですから、無理に私的な関係を演出せず、「プレジデント」と「プライムミニスター」で十分であると感じています。そもそも、「友達」には見えないのですから。)

さて、肝心の国家間ビジネスは、「バラク」と「シンゾー」の間で成立したのでしょうか。

2014年4月26日 00:00

時代のみならず空間を越えたアダプテーション:映画『ブリジット・ジョーンズの日記』と「傲慢と偏見」

当ブログ2014年4月6日に1940年版の映画、4月13日に1995年版のBBCドラマ、4月20日に2005年版の映画と、ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』(Pride and Prejudice)の映画・ドラマを紹介してきました。これらに加えて、大筋を残したまま、現代ドラマに書き換えたものがあります。映画『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)です。

『ブリジット・ジョーンズの日記』(原題:  Bridget Jones's Diary)

制作国 英国
制作年 2001 年
監督   シャロン・マグアイア
主演   レニー・ゼルウィガー、コリン・ファース、ヒュー・グラント

あらすじ
【舞台は今日のロンドン。出版社に勤める32歳の独身女性ブリジットは、自分を変えたいと思いながら、またパートナーがいないまま新しい年を迎えてしまった。そんな時、母親の紹介で、子供の頃、ご近所に住んでいた弁護士マークとホームパーティーで久しぶりに会う。マークは、離婚したばかりで独身だったが、ブリジットは二日酔いで、大人になった2人の「第一印象」は最悪だった。その頃、ブリジットは、出版社の上司ダニエルに好意を抱いており、出版記念パーティーが縁で、2人は付き合うことになる。理想の恋愛が成就したと思ったところ、ダニエルは本気ではなく、直後に別の米国人の部下と婚約してしまう。傷心のブリジットは会社を辞め、友人夫妻に呼ばれた夕食会で、弁護士マークに偶然「再会」する。徐々にわだかまりがなくなり、ブリジットの33歳の誕生日の夜、マークはお祝いに駆け付ける。そこへ、突然、元上司のダニエルがやってきて、彼女に許しを乞い、愛を告白する。ダニエルの行為に激怒したマークは、ダニエルと殴り合いを繰り広げることになる(KINENOTE参照)。】

同作品のストーリーは、基本的にジェーン・オースティンの「傲慢と偏見」と同じです。

過去にみてきたように1940年の映画『傲慢と偏見』と1995年版のBBCドラマでは、筋が同じなのに、1995年版では許される範囲でセリフを代え、現代に馴染むようにしてきました。それ故に、1995年版のBBCドラマは、1990年代の英国社会の変化を反映していることになります。しかし、それでも限界がありました。

ミドルクラスが最大多数となった1990年代後半から2000年代の英国社会では、ジェントリー階級を舞台にした原作の設定が今日性を失っています。ジェントリー階級を、ミドルクラスに変えていかなくてはならないのです。更に、男性しか相続が認められていなかった19世紀初頭のイングランドと現在では、あまりにも条件が異なり過ぎています。

そこで、本作品では、30歳を越えた独身女性の結婚・恋愛(したい)物語となります(サブストーリーとして、原作における名物キャラである強欲な母親は、自分の恋愛で忙しく、「傲慢と偏見」とは全く異なって描かれます)。

結果として、付き合う男性によって女性の運命が変わってしまうという保守的なトーンもありますが、女性が、財産相続権とは無関係に自由に美男子(弁護士マークと雑誌編集長ダニエル)を選ぶことができるとも解釈できます。

この両天秤は、「傲慢と偏見」のダーシー役を弁護士のマークとして、BBCドラマのダーシー役と同じ俳優、コリン・ファースが演じ、原作の悪役の青年士官ウィカムを、出版社の上司のダニエルに代えて、俳優ヒュー・グラントが演じていることで機能しています。

本作品では、恋愛・結婚が人生の一大事というテーマが、時代を越えて問われることになります(フランス等では、結婚制度も形骸化しつつあるのですが)。同時に、この映画は、日本を含めて世界の先進国でヒットし、時代と共に空間も越えました。アダプテーションの成功例といえるのでしょう。

2014年4月23日 23:08

高速化と高層化とコンビニエンスストア

神戸の自宅マンションから、勤務先まで徒歩で約10分ほどなのですが、その間にコンビニエンスストアが4店あります。

150メートルから200メートル間隔に1店あるように思われます。しかし、どこも、それなりに混んでおり、売り上げは相当ありそうな雰囲気です。

私の通勤路は、マンションや商業ビルが並んでいますが、コンビニとコンビニの距離が短いことは、それだけ空間が利用されているということを意味するのではないでしょうか。

先日、日立が世界最速エレベーターを開発したというニュースがありました。時速72キロ(分速1200メートル)で地上から95階まで僅か43秒で到達するそうです。2016年に完成予定の中国・広州市の111階建てビルに、2基取り付けられるとのこと(朝日デジタル、2014年4月21日)。

おそらく、国家を問わず、大都市は空間利用がどんどん進んでいき、それに伴い、早くて安全な上下の空間移動が求められていくのでしょう。

担当講義で学生たちに何階に住んでいるか尋ねてみましたが、10人に聞いても1階に住んでいる学生はいませんでした。皆、空間に住んでいるのです。

高速エレベーターが開発され、より空間に人々が住むようになると(コンビニは今日の日本人の生活には不可欠になっているので)地上のコンビニの立地間隔は狭まっていくのではないでしょうか。

周知の通り、セブンイレブンは米国でスタートしましたが、1990年代に米国では経営に行き詰まり、日本におけるライセンス契約を得ていたイトーヨーカ堂とセブン-イレブン・ジャパンが、米国社を子会社化しました。

米国での失敗は様々な要因があると考えられますが、都市の高層化とコンビニの関係から考察することもできるように考えます。

私が最後に米国を訪れたのは20年程前ですが、当時、セブンイレブンは大都市よりも郊外のガソリンスタンドに隣接されていたような記憶があります(現在は、都市に展開しているかもしれませんが)。

サブプライムローンに観られるように、米国では一軒家を持つことが一つの「アメリカンドリーム」です。また、土地も広いので、一部の大都市を除けば、高層化されたマンションよりも土地に拘るようなところもあるのかもしれません。

日本の大都市では一戸建ては夢となりつつあります。地上の空間に住む都会人にとって、コンビニが数百メートル間隔で必要なのでしょう。

コンビニエンスストアは、ライフスタイルに合わせて人々の生活をよりコンビニエントにしていきます(働く人は大変ですが)。今後、コンビニはどうなっていくのでしょうか。エレベーターの高速化に伴い高層化すれば、とりあえず、ビル1棟、1店舗での展開になるのでしょうか。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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