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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2014年1月

2014年1月29日 10:30

エリート層の自信なのか、グローバルエリートの拡散か:映画『中国合伙人』に現れる「夢」の中国化

映画は(制作国や制作された地域の)時代や社会を反映するものであるとされていますが、それは若者の「夢」の描かれた方にも表現されることかもしれません。

『中国合伙人:American dreams in China』

制作国 中国
制作年 2013 年
監督   ピーター・チャン
主演   ホァン・シャオミン、トン・ダーウェイ、ダン・チャオ

あらすじ
【1990年代の北京。地方出身の成东青は3回目でやっと大学入学試験に合格し、北京にある燕京大学に入学する。そこで、出会った孟晓俊は祖父も父親が米国へ留学し博士号を取得しており、英語が得意である。もう一人親友となる王阳も、米国人女性の彼女がおり、英語を流暢に話す。孟晓俊の「夢を持とう」という演説に影響された成东青は2人の友人に負けないように一生懸命勉強する。成东青と孟晓俊は何としても米国に行こうとするがヴィザが下りない、王阳は米国人の彼女が帰国したがらず、米国行きへの希望を封印する。結局、孟晓俊だけにヴィザが下り、渡米し、現地で幼なじみと結婚する。北京に残された2人は英語学校を設立し、成功を収めるが、一方、ニューヨークのコロンビア大学の研究室の助手をしていた孟晓俊は、ある日突然クビになってしまう。失意のまま中国に帰った孟は親友2人が経営する英語学校に加わる。3人になって学校はますます発展するが、大きくなればなる程、3人の方向性の違いが鮮明となっていき、最終的にそれぞれが別々の道を歩むことを決意する。そのような時、彼らの英語学校が米国の英語試験開発会社から訴えられることになる。】
本作品は、中国人エリート大学生(1990年代)の米国への憧れが土台になっています。当時、米国に留学して、成功することが中国社会での最終的なエリート道の完成とされていたのです(今でも完全には消えてはいない価値観であると考えますが)。主人公たちは、手段として英語学習に拘ることがとりあえずの目標となり、その後、中国で英語学校を経営し、中国の若者に「夢」を語ることが、彼ら3人の「夢」=「成功」の実現と変化していきます。

しかしながら、3人の「夢」が実現すればする程、彼らは仲違いしてしまいます。米国で挫折し、米国でのリベンジに燃える孟晓俊は、米国での株式上場を夢見るのですが、中国から一歩も出たことのない成东青と王阳は、そのような野望を持っていません。そのような3人が、米国の英語試験開発会社に訴えられることで、米国の会社と戦うことで再結束します。

本作品は1990年代、2000年代の中国を舞台にしていますが、2013年の作品であることを忘れるべきではないでしょう。

現在、中国人エリートの「夢」は、米国に留学して米国で成功することだけではなくなっていると読み解くことができます。本作品には、米国社会の一員として生きるのではなく、中国人エリートが(米国のエリートに同化せずに)米国社会に承認され、肩を並べて生きていけるというメッセージがあるように思えるのです。

それが、中国のエリート層の自信を前提とした(ある種の)ナショナリズムの露出であるのか、もしくは、グローバル・エリート層の拡散の一環として見なすべきなのかは定かではありません。少なくても、本作が2013年の中国映画を代表する作品の一つであったことから考えれば、中国では、前者として受け止められているのでしょう。

2014年1月26日 23:36

ケネディ大使の「一貫性」

故ケネディ元大統領の長女キャロライン・ケネディ氏が、昨年11月に駐日大使に就任して以来、ケネディ氏の動向が話題になっています。

就任当初のケネディ氏の評価は、米国の女王か王女の来日のような様相でした。ケネディ氏は、11月19日に儀装馬車で皇居に赴き、信任状捧呈式に臨まれましたが、沿道に集まって多くの人が手を振っていました。大使の信任状捧呈式が、あれ程話題になったことはなかったのではないでしょうか。

就任1週間も経ずに、11月15日からケネディ大使は、初めての地方公務として東日本大震災の被災地・宮城県を訪れます。11月23日に中国が東シナ海上空に防空識別圏設定を宣言すると、大使は11月27日、東京都内で講演し、中国が防空識別圏を設定したことを「一方的な行動」と指摘し、「安全を損ね、東シナ海の現状を変えようとするもので、地域の緊張を高めるだけだ」と批判しました。

その後、12月10日には、ケネディ大使は、被爆地・長崎を初めて訪問しました。米国大使の長崎訪問は5人目ですが、大きなインパクトがあったように見られました。大使は原爆資料館の芳名録に「私は、より平和な世界の実現に向けてずっと努力してきた長崎の地に立って光栄に思います。長崎の方々の努力に寄り添いたい。それは、世界にとって示唆に富んだことです」と記しました(朝日デジタル、12月10日)。大使は浦上天主堂を見学するなど、ケネディ氏のカトリック性も十分に発揮されていました。

熱狂的な歓迎から風向きがケネディ大使へのアゲンストに変わったのは、12月26日、安倍首相が靖国神社に参拝した際に、大使名で厳しいコメントが発表されてからです。

更に、1月18日に大使は、和歌山県で行われているイルカ追い込み漁について「非人道性を懸念している」とツイッターに書き込み、物議を醸しています。菅義偉官房長官は「イルカ漁業はわが国の伝統的な漁業の一つであり、法令に基づき適切に実施されている。国際捕鯨委員会の管理対象外だ」と直ちに反論しました(毎日新聞、1月20日)。

このようなケネディ氏の思想は一貫してリベラルであると指摘されています(站谷幸一氏『アゴラ』12月30日)。リベラルという視点でとらえた時、反中国的姿勢も、非核平和主義も、キリスト教的人道主義も、安倍首相の靖国神社参拝への批判も、イルカ漁への反対もぶれていないことになります。そして、非常に分かり易いとも言えます。

それでは、なぜ、これ程、日本側のケネディ氏のそれぞれの言動に関する評価が異なってしまうのでしょうか。それは、おそらく、多くの日本人にとって、非核平和主義と反イルカ漁と反中国が同一線上にないことからきているのでしょう。

比較文化論や社会学、政治学的には非常に面白い現象です。最後に、日本の対応という観点から考えれば、このような場合、日本国民は、イッシュー別に大使を敵や味方であると判断すべきではありません。一貫性があるのですから、パッケージで捉え、対応すべきであるでしょう。

2014年1月25日 22:01

日本への訪問者1000万人突破と国際関係

外国人の日本への年間入国者数が、前年比22.7%増となり、11,254,841人になりました(法務省入国管理局「平成25年における外国人入国者数及び日本人出国者数について」2014年1月9日)。入国者数は内訳9,554,419万人が観光旅行などの短期滞在者が大半を占める新規入国者であり、残る1,700,422人が再入国者となります(同上)。

誰が来ているのかという観点から、新規入国者の国籍に着目してみます。

1位    韓国(2,305,980人)前年比+21.2%
2位    台湾(2,165,282人)前年比+51.5
3位    中国(983,270人)前年比-6.4
4位    米国(742,812人)前年比+11.6
5位    香港(718,826人)前年比+57.2
6位    タイ(443,740人)前年比+77.2
7位    オーストラリア(226,505人)前年比+18.7
8位    シンガポール(185,352人)前年比+33.7
9位    英国(170,877人)前年比+38.1
10位  マレーシア(166,467人)前年比+21.5

来日する観光客の国籍ベスト3は、韓国(全体の24.1%)、台湾(22.7%)、中国(10.3%)であり、この三カ国の合計だけで、全体の57.1%に至ります。しかし、この三カ国には、興味深いことに、いずれも日本と領土問題を抱えている国であり、外交関係が良好だとは言えません。

もちろん、観光客の増加は、その背景に円安で日本旅行に割安感が生じていることや、査証(ビザ)の発給要件が緩和された影響を否定できませんが、これらの国々から日本に何百万人もが訪れていることは、それだけでは十分な説明になりません。

2013年において韓国は+21.2%、台湾は+51.5%、香港は何と57.2%アップです。中国からの新規入国者は、983,270人であり、前年比で-6.4%だったのですが、月別にみると2013年9月、10月、11月、12月は前年同時期よりもプラスに転じています。

悪化する外交関係と、増加する一般観光客数、この事実をどのように考えるべきでしょうか。

二つの現象は矛盾する動きであるとは思えません。むしろ、グローバリゼーションの中で、ヒト・モノ・カネの動きが活発になることは、観光客数を増やし、同時に各国の国内は(例えば、経済の格差化等によって)不安定化し、急進的なナショナリズムを生み出すこともあるのです。

中国で海外旅行に行く人が増えれば増える程、海外旅行に行ける人と行けない人との亀裂は深まることでしょう。行かない人は必ずしも日本が嫌いだから行かないのではないのです。

仮に、中国に日本が「原初的」に嫌いな民族主義者がいたとしても、秋葉原の電化製品や東京ディズニーランドに関心がある可能性を全否定できません。逆に、日本製の電化製品が好きだからといって反日の民族主義者ではないとは断言できないのです。グローバル化の世界に生きる人間は複雑です。

つまり、今後、近隣諸国からの日本への観光客は増え続けたとしても、残念ながら、東アジア諸国間の国際関係が安定するとは限らなく、また、外交関係が良くなくても(限度はありますが)、幸いにして、これからも観光客は増え続けるかもしれないのです。

2014年1月22日 23:33

天才は普通の人間関係を築けないのか?:映画『スティーブ・ジョブズ』にみる主人公の非人間性

天才と呼ばれる人物の伝記映画は、時に彼(彼女)の人間関係の特異性を強調します。天才は、普通ではないから普通の人間関係は築けないという仮説のもとに。

『スティーブ・ジョブズ』(原題:  Jobs)

制作国 米国
制作年 2013年
監督   ジョシュア・マイケル・スターン
主演   アシュトン・カッチャー

あらすじ
【1973年、オレゴン州のリード大学を中退し、同大でカリグラフィーを聴講しながらジョブズは、自由奔放な生活を送っていた。そのような中、彼は、友人のウォズニアックの趣味であるコンピュータに興味を持ち、世界初の個人向けコンピュータApple Iを商品化する。その後、ジョブズは自宅ガレージを改造して、ウォズニアックらと「アップルコンピュータ」社を設立。ジョブズは社長として経営に辣腕をふるい、77年にApple IIを発売、大ヒットすることで、25歳にして成功し、IT界の寵児になる。しかし、恋人とは不仲になり、周囲との衝突が絶えず、人間関係にトラブルが続く。一方で、その後も、革新的な商品を次々と放ってはヒットさせ、たった4年で株式の上場に成功するが、意見の相違がある社員は問答無用で解雇、創立時メンバーを冷遇するなど、独善的な言動を繰り返すようになる。その結果、彼自身が会社から追放されることになる。】

幼い頃に実の両親から養子に出されたジョブズは、それがトラウマになっており、家庭を築けなく、友人関係とも上手くいかないのです。しかし、プロデューサーとして天才的な彼は、アップルを創設し、米国を代表するIT企業の一つとなるまでに成長させます。それでも、人間関係の構築の下手さは改善されず、それどころかアップルが大きくなればなる程悪化していくかのようなのです。

最終的にジョブズは、彼自身がアップルから追放されることで家庭に戻ることになりますが、やがて経営に行き詰ったアップルが再びジョブズを必要とします。

ここで疑問が生じます。彼は、トラウマを克服して人の気持ちを思いやることができる会社経営者になれたのでしょうか。

本作品は(ネタバレになりますが)、むしろ、彼が最後の最後まで友人を持たなかったことを描くことで、彼は変わらなかったことを暗示しています。家庭はどうだったのでしょうか。もし、この文脈であれば、再び彼は家庭を捨ててもおかしくないことになります。

Think Different、他社(他人)のマネをするな、オリジナリティを磨け、という彼の言葉は、彼の非人間性から生じているのでしょうか。

環境は人間を(ある程度)決定します。ですから、ジョブズの育った環境は、当然、彼の思考に影響しているでしょう。しかしながら、養子として育った人間は世界中に沢山存在します。その全てがジョブズのように成功できる訳ではありません。また、平凡な環境に育つとThink Differentはできないのでしょうか。社会的に善い人であり、社会的に卓越した経営者にはなれないのでしょうか。

ジョブズの成功の秘訣は、本当は何だったのか、本作品は答えてくれていないように思えました。

2014年1月20日 00:31

そして、尼になる

10年程前に、同世代で旧友の女性からメールが届きました。

彼女とは、私が学部学生の頃、東京の大学を中心とするインターカレッジの勉強会で知り合いました。彼女は女性学、私は社会学、政治学と専攻が異なりましたが、彼女も私も英国の大学院に留学することになり、年に1,2度会い、情報を交換していました。

メールには「博士課程修了後、色々悩んだ結果、こちら(イングランド)で出家して、尼になることにしました」と記されていました。

正直、驚きました。

博士課程を出て、英国国教会の地・イングランドで仏門に入ることは、やはり異色です。

しかしながら、暫くしますと、長らく異国で学生をしていた私も、様々なことを考え悩みましたので、彼女の決断がそれなりに理解できるようになってきました。

演繹法であっても帰納法であっても、社会科学、特に社会学は、ある社会現象から社会(の一部)を把握しようとします。個人が抜け落ちるとまでは申しませんが、「個」の集合体としての社会を観ることを主とすると言えるでしょう。

それは、誰かがしなければならない重要な仕事ですが、社会集団を論じていますと、もっと「個」に寄り添って社会を観たい(できれば少しぐらい貢献したい)と考えるときもあります。

論文執筆や学会発表という研究方法は、社会への貢献にはなるとはいえ、文系の場合、直接的に誰か個人を助ける訳ではありません。天下国家のことを語れば、言葉が「軽い」と思われることも少なくないのです。

そして、彼女は頭を剃り、尼になりました。仏門に入ることで社会と距離を取ながら、個々の人々に寄り添って生きていることでしょう。

私は、相変わらず、天下国家を語っています。しかしながら、大学において研究と対になる教育は、全面的に「個」を対象にしなければなりません。

私の勤務校は、留学生が多く、年齢も20代全体に広がっているため、恋愛、結婚、出産、就職、滞在ビザ等、悩みも多種多様です。宗教的には、仏教徒、キリスト教徒、ヒンズー教徒に跨っており、私は職務上、特定の宗教に立脚してはおりませんが、尼になった友人がしていることと、それ程、違わないのではないかと考えました。

【それでは、なぜ、私たちは社会と距離を保って学問をする必要があったのでしょうか。やはり、社会を客観視するためには、自分自身を帰属集団から可能な限り隔離し、ある意味で「上から目線」で距離を保ちながら(一度は机上の空論にどっぷり浸かり)、事象を考察しなければならなかったからではないでしょうか。】

しかしながら、大学入試シーズンとなり、私は彼女と決定的に立ち位置が異なるように思えてきました。大学教員は、どのようなレベルであっても基本的に真面目な優秀な学生(もしくは、成績が伴わなくても一所懸命な学生)を評価しなければなりません。少子化に伴い大学全入時代となっても、入試を行う理由もそこにあります。

入学してからも同様です。定期試験で良い点数を取った学生を叱って、悪い点数の学生を褒めることは大学教員としては、(ベストを尽くして悪い点数であるケースは例外ですが)基本的には許されないのです。

「エリート主義」ということなのかもしれません。宗教界に「エリート主義」が皆無だとは言えませんが、少なくても「信じる」ことや「祈る」ことにおいてエリート性は無関係でしょう。

私としては「エリート主義」が、多くの人々の幸福に結びつく(=公共性に結びつく)結果となるように努めなくてはならないのかもしれません。もう少し、世俗的に足掻きたいところです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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