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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2013年5月

2013年5月29日 10:00

「引退」なき人生:『カルテット!人生のオペラハウス』にみる終わりなき現役性

年間、何本か老人が主役の欧米系の映画作品に出会います。若い主人公の脇役としていぶし銀の働きをするのではなく、主役であり、彼らの人生観そのものが主題となります。

『カルテット!人生のオペラハウス』
製作国 英国
製作年 2012年
監督  ダスティン・ホフマン
出演 マギー・スミス、トム・コートネイ、ビリー・コノリー、マイケル・ガンボン

あらすじ
【英国の美しい田園に、引退した音楽家たちが暮らす「ビーチャム・ハウス」と呼ばれる老人特別ホームがあった。そこで、英国オペラ史にその名を残す4人の往年の大スターが再会する。「ビーチャム・ハウス」は慢性的な経営難に陥っており、ホームの存続をかけた起死回生のコンサートが企画される。4人の大スターによる伝説のカルテットの復活が期待されるが、ところが、過去の古傷をひきずる4人の人間関係は壊れており、再結成のためには、心の傷から癒さなければならない。】

ダスティ・ホフマンの初監督作品となりました本作は、「老いと音楽」がテーマです。主人公のマギー・スミスは1934年生まれ、1960年代から英国映画の最前線で活躍する英国を代表する女優の1人です。準主役のトム・コートネイは、1937年生まれの英国の有名舞台俳優、ビリー・コノリーは1942年生まれの人気コメディアンです。1940年生まれのマイケル・ガンボンは『ハリーポッター』のダンブルドア校長役も務める俳優です。

70歳代の俳優が、喜び、怒り、泣き、そして歌うのです。

現在も公開中ですので、作品の良し悪しの感想は控えましょう。ただ、老人映画の需要は何を意味するかということを考えたいのです。

人生の「引退」は、たとえ老人ホームに入ってもないというのがこの作品の主題です。実際はともかく、社会として欧米社会は年齢で「引退」を強いられることはないのです。その決断は、自分次第になりますが、「引退」をせず、生涯現役である姿が理想とされているのです。そのような社会性を反映して老人映画が撮られ、結果として俳優たちの「引退」もないことになります。

日本人でも、先日、登山家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんが、世界最高齢となる80歳で3度目のエベレスト登頂に成功しました。

欧米社会だけではなく、高齢化する日本も「引退」なき時代に入ったのかもしれません。誰もがエベレストの登れる訳ではなく、誰もが70歳代でオペラを歌える訳ではないでしょう。ただ、若い時から何かに拘った人生を歩んでいきたいものです。

2013年5月26日 16:44

TPPをEUの起源と課題から考える

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡る議論を耳にしていますと、どうしてもEU(欧州連合)の起源と現在の課題を考えざるを得ません。

TPPは、2005年6月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国で調印された自由貿易協定から始まっています。小国である加盟国間の関税を撤廃し、その他、知的財産や政府調達までも協力してグローバル市場での競争に備えようという試みでした。

その後、2010年からアメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアが、2012年11月にはカナダとメキシコも正式な加盟交渉国に加わりました。この段階においてTPPは小国4か国のグローバル戦略から大きく性質が変わっていったと言えます。自由貿易の規模が大きくなったと共に米国を中心とする大国の戦略的な色彩も帯びていきます(と申しましても、当ブログ2013年5月12日に記しました通り、大国の国民の全てがTPPの枠組みの中で得する訳ではありません)。

そして、報道されています通り、紆余曲折ありながら、ついに日本も2013年4月、上記の国々から参加が承認され、交渉のテーブルに着くことになったのです。

EUもその起源は小国の関税同盟から始まっています。第二次世界大戦後の復興に際して、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグは1948年、「ベネルクス関税同盟」を結成します。関税を撤廃して、経済的な統一体を目指すのです。

1952年、このベネルクス三国とフランス、イタリア、西ドイツは「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立し、1957年3月にはローマ条約を締結し、同六カ国で「欧州経済共同体」と「欧州原子力共同体」を発足させます。その後、「欧州経済共同体」が、東西ヨーロッパ27カ国が加盟するEUへ拡大発展するプロセスは省略しますが、今日のEUも「ベネルクス関税同盟」からは大きくその姿を変えているのは確かです(直接のEUの始まりはローマ条約によって設立された「欧州経済共同体」になります)。

ここで考えなくてはいけないことは、現在、EUが直面している問題とは何かということです。おそらく、複合的でしょうが、私には、その一つとして、EUという特定地域に限定した自由貿易化が、グローバル化の時代に合わなくなっていることにあるように思えます。

事実としてEU内(その中でも特にユーロ圏)は、統一感があります。ユーロという同じ通貨を用い、関税はなく、人の移動も今のところ基本的には自由化されています。しかし、EU圏でも中国製品を中心とする安いモノは溢れていますし、EU地域外からの合法、不法労働者も少なくありません。

言うなれば、EUはグローバル化に飲み込まれてしまったように見えるのです。EUの枠組みは限定的な効果しかないのです。EUはグローバル化の中で地域間、社会階層の経済格差を解消することはできなく、「勝ち組」と「負け組」が明瞭となっています。EUでもグローバル化の波に乗っている人たちは、彼らはEUエリートであるから成功しているのではなく、グローバルエリートであるから成功しているのです。

問題は、「勝ち組」は少なく、多くが「負け組」となっていることです。「負け組」にとってEUは自分たちを助けてくれるどころか、グローバル化とイメージが重なります。2012年のフランス大統領選挙、ギリシャの総選挙にみられるようにEU各国の貧困層の人々は、「反グローバル化」、「反EU」を掲げる民族社会主義的な政党に親近感を覚えていきます。

TPPがEUと同様の道程を歩むかどうかは分かりません。しかし、TPPがあってもなくても、グローバル化は不可避であることも確かであり、関税があってもなくても、国、企業、もしくは個人が、グローバル化に際して、やるべきこと(備えるべきこと)は明白であるように思えます。そう考えた時、TPPに関する議論は、今日の問題の本質を捉えてはいないと思うのです。

2013年5月25日 00:03

学部は大学名ではなく、成績が重視されることを認識しよう

私は大学進学率の世界的な上昇に関しまして繰り返し言及してきました。

オーストラリアの若者の10人に9人が、韓国人の若者の10人に7人が、英国人の若者の2人に1人が、中国人の若者の4人に1人が大学に学んでいます。今や日本の大学進学率(2012年度、50.8%『平成24年度学校基本調査(確定値)』)はOECD諸国の平均以下なのです。

この結果、就職を考えれば、現在において大学卒(学士)は、20年前、30年前の高卒程度の価値しかないことになります。専門職に就くならば、大学院で学ばなければなりません。

このような話を講義でしましたところ、中国からの留学生から、中国では小学校しか出ていない社長もいる、学歴とビジネスは関係ないのではないかと反論されました。

確かに、中国の大学進学率は1990年において3.4%に過ぎませんでした(教育部発展規画司編『中国教育統計年鑑』2007年版、人民教育出版社)。中国で80年代に学生時代を終えてしまった50代、40代以上の社長は、高学歴者は少ないかもしれません。

仮に、中国の一定規模以上の会社の社長たちが小学校卒であっても、今、成功しているとすれば、彼らは日々勉強しているのではないでしょうか。そうでなければ、グローバル化の激しい競争の中で、その会社を維持することができないでしょう(短期的には運で成功できても、長期的には難しいのではないでしょうか)。

当ブログでは、5月5日にアメリカで15年後には65%の職種が変わっている(今の仕事の65%は無くなる)という米国デューク大学の研究発表に関して論じました。日本の将来も大きくは違わないと思います。「世界の工場」と称された中国も、近年、製造業が曲がり角に直面しています(産経ニュース、2011年12月2日)。

その理由は、賃金の上昇、欧州市場の不況、日中関係の悪化など色々とあるでしょう。ただ、事実として中国も今後、産業シフトが余儀なくされ、多くの職種が無くなり、人々は新しい仕事を始めなくてはならないのです。このような課題は、日本を含めた先進諸国も中国も同様です。

激動の時代は、情報を収集し、多角的に分析し、未来の変化に備えるために勉強しなければなりません。それは社長業に限定されることではないと思います。

大学、大学院に入って学ぶか、大学、大学院の外で学ぶかは自由です。いずれにしても学ばなけれならないことには変わらないでしょう。大学、大学院は「ペースメーカーぐらい」にはなります。そして、社会もその「ペースメーカーぐらい」を評価するようになると考えます。

大学院に行くためには、学部を通過しなければなりません。有名大学の学部の入学試験に合格することは、素晴らしいことです。ただ、あまり名前に拘って、入学してから勉強しないのでは意味がありません。偏差値の高い大学でも、大学卒では就職において厳しい時代に入ろうとしているのです。

大学院に行くためには大学の4年間、いかに勉強するかが勝負です。私自身が真面目な学部生ではなかったので心苦しいのですが、今は時代が異なります。どこの大学の学部に入ろうと4年間、ベストを尽くして勉強し、良い成績を収めた人が大学院に進学し、成功する可能性が高いのです(もちろん、大学院に進学しても研究を続けなければなりません)。

それは、海外の大学院に進学するならば尚更です。海外のグローバル大学ランキングでは日本の大学は東京大学でさえ苦戦しています。知名度はどこでも同じようなものです。ならば、より成績がモノを言います。

残念ながら、日本のキャンパスライフが「パラダイス」であった時代は終わりました。未来を生きるために、大学学部生は、高校生のように勉強しなければならないと認識すべきではないでしょうか。

2013年5月22日 01:15

阪神ファンは「かわいそう」なのか?

1ヶ月半ほど前、勤務校の教授陣が集まる席で自己紹介をする必要があり、当たり障りのない話をしておりましたところ、「ちなみに、先生は阪神ファンです」と隣から補足が入りました(補足を入れた先生とは前もって阪神話をしておりました)。

当ブログ2012年10月21日「金本知憲選手の引退:連続無併殺記録の美学」にても記しました通り、私は阪神ファンです。

そうしますと、反対側の隣の先輩教授(おそらく巨人ファン)がぼそっと「かわいそうやな」と囁かれました。

その独り言のようなコメントが引っ掛かりまして、考えたのですけれど、阪神ファンが「かわいそう」なのではなく、「かわいそうな人」が阪神ファンになる傾向があるかもしれません。

前に別のところで書いたのですが、阪神を熱烈に応援することは、人生の補填(compensation)を試みているかのようなのです。

人生良いことばかりではありません、特に関西地域は経済的には状況が厳しく、大阪の経済的苦境とタイガース熱は関係があるように思えるのです。

(英国労働者はなぜ革命を起こさなかったのかという「問い」に、パブとフットボールがあれば英国人労働者は満足だからであるという「答え」があります。)

だからこそ、それだけに阪神タイガースには「人生の補填」が「夢」と重なりあって託されているのではないでしょうか。

結果的にですが、阪神が頑張ることで「人生の補填」=「夢」が完結してしまい、阪神ファンは「かわいそう」ではなくなってしまいます。他力本願ですので、自慢できるような話ではありません。ただ、阪神がダメ虎であったら「やっぱり、自分が自分の人生で頑張らんとあかんなぁ」と思うのでは。。。

このような心理は阪神ファンだけではなく、他の野球ファンにも共通するでしょうが、特に阪神ファンには顕著であるように考えます。

いい加減なことを書くことは社会科学者としては許されませんが、私は阪神ファンには鬱病は少ないのではないかという仮説を立てています。阪神が勝っても負けても何となく救われるように思えるからです(もちろん、勝ったほうが遥かに良い気分ですが)。

私の勤務校は留学生が多いので、大学のイベントとして甲子園球場の「阪神-巨人戦」の観戦を提案しました。7回のラッキーセブンのジェット風船飛ばしだけでも見る価値あるのではないでしょうか。ルールが分からなくても阪神ファンを観察するだけで日本学・関西学のフィールドワークです。関西を体感できる(関西を「観た」瞬間になる)ように思うのです。

残念ながら「阪神-巨人戦」の観戦ツアーは、いまだ現実化してはいません。

2013年5月21日 00:01

『あまちゃん』に見るTime, Place & Spaceの「捻じれ」

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)に関しては、過去に何回か言及してきました(2012年10月6日2012年10月7日2012年10月24日2012年10月27日2013年3月30日2013年3月31日)。

2013年上半期は『あまちゃん』が放送されています。前作の『純と愛』は「今までにない朝ドラ作ること」が掲げられ、その是非はともかくも、ジェンダーを主に捉えていました。

朝ドラは女性が主人公の連続ドラマです。そこでは、女性の生き方が問われることになり、どのように主人公(女性)を描くかがポイントになってきます。

『あまちゃん』(脚本・宮藤官九郎氏)は、もちろん、女性が主人公なのですが、『おひさま』、『カーネーション』、『梅ちゃん先生』、『純と愛』のような正攻法ではありません。テーマが異なるのです。

『純と愛』では正攻法の枠組みの中においてのモデルチェンジに挑戦していたのですが、『あまちゃん』はそもそも女性を描きながら、女性の生き方が主題ではないように見えるのです。

ここではTime, Place and Spaceという地理学、社会学的なアプローチから『あまちゃん』を分析してみます。

まず、Time(時間)です。現代劇ですが、高校生の主人公アキの(小泉今日子さん演じる)母親ハルの青春時代にクローズアップされ続けます。ドラマは、現代とハルが家出して上京した1985年、高校時代の1984年、83年を行ったり来たりしながら(当時の名曲をモチーフに)進んでいくのです。もちろん、時間の長さにおいては、現代が中心なのですが、1980年代のイメージが焼き付いて(思い出されて)きます。

次にPlace(場)ですが、東北・岩手の最北のローカル鉄道と海女の架空の町・北三陸市が舞台です。過疎の地方が強調されており、コミカルに背景として「中心と周縁」的課題が並べられています。ただし、主人公はアキは都会に馴染めない高校生であり、周縁において自分人の中心性を見出しており、主人公を通じて「中心と周縁」は捻じれます。

最後にSpace(社会空間)ですが、もちろん、岩手でありながら、東京が意識されます。主人公のアキは、東京が嫌で田舎に逃げてきた高校であり、主人公の親友で岩手生まれユイは田舎が嫌で東京に逃げたいと思っています。ユイは時を超えて、主人公の母ハルとオーバーラップします。岩手という場所にありながら、社会空間は東京と岩手が捻じれるように構成されています(Timeの今と1980年代の「捻じれ」と重なります)。

Time, Place and Spaceの「捻じれ」構造によって、女性の生き方を公に提示するというよりも、アキ個人の人生選択がテーマとなり、朝ドラ伝統のジェンダーの文脈における社会性があまりないのです。

ジェンダー的テーマが希薄であることがいけないとは考えていません。むしろ、極力、排除したところに面白さがあるように感じます。もしかしたら、「個」の選択として女性の生き方を考えたほうが、社会の変化に近道かもしれないのです。

まだ、ドラマが始まって1ヵ月半です。最終的にどのような結末になっていくのでしょうか。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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