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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2012年9月

2012年9月30日 00:00

Made in Chinaを壊す暴徒たち(4):中国の民度は低いのか?

過去3回に渡り、暴徒化した中国の反日デモに関連して中国と日本の国内事情に言及してきました。暴徒の日系企業への破壊行為は、投資した日本企業に損失をもたらすのみならず、中国の国益にも反しているのです。また、日本政府のこの時期の「国有化」も、経済的には日本の国益に反する結果を導いてしまったと言えます。

暴動そのものについては、暴徒たちがいくら破壊行為を繰り返しても、領土問題に関して国際世論を中国の味方につけることはできないでしょう。そのことを前提とした上で、反日デモの暴徒化の分析に関して、私見を述べたいと思います。

反日デモの暴動化に関して、石原慎太郎都知事は「酷い。これはテロ。民度が低い」と批判しました(産経ニュース、9月19日)。国際ジャーナリストの小西克哉氏も、民度の低さを指摘した上で、先進国のデモは平和裏であり、暴動化しないものであり、中国のように「豊かになった国がこのような暴動をコントロールできないことは珍しい」と分析しています(TBSラジオ『デイキャッチ』9月18日)。

TBS岩城浩幸報道局解説委員は、今回の一部が暴徒化した反日デモと89年の天安門事件の反政府デモを比較し、89年が大学単位、職場単位でのデモあり、政府に対してモノを言という明確な主張があったのに対し、今回は、集団としての纏まりがなく、何も分かっていない人たちが暴れているように見えるとし、「デモの質が劣化している」と表現しています(TBSラジオ『Dig』9月20日)。

岩城氏の分析を基に考えますと、現実にデモに参加している人は、この23年間で「下層化」したことになります。しかし、デモ参加者が「下層化」しているという理由で、中国全体の民度が低いと考えるのは間違いなのではないでしょうか。

小西氏が主張されるように、途上国において暴動が激化してしまう傾向があるのは確かです。しかし、それは途上国に限定されません。

例えば、ロンドンが1週間近く無秩序になり略奪、放火、破壊が繰り返された2011年8月の英国暴動、1992年のロス暴動、2005年の米南東部をハリケーン・カトリーナが襲った際の略奪行為等、暴動は先進国でも珍しいとは言えないのです。しかし、これらの現象をもって英国や米国の「民度が低い」とは言いません。ですから、中国においても、単純に「暴動=民度の低さ」と判断すべきではないのです。

天安門事件が発生した1989年と2012年の中国は大きく異なります。中国は、考えられない程、近代化しているのです。周知の通り、GDPでは日本を抜き、世界第二の経済大国になりました。大学進学率も大幅に伸び、35%に達し、大学入学試験(全国統一試験)の受験者数は1,000万人前後となっています(日経ビジネスonline、2012年1月5日)。

このような近代化の急激な進展の中で、反日デモが起こり、一部が暴徒化している事実を捉える必要があるのです。

世界を「フラット化」するグローバリゼーションは、それぞれの国の国内を格差化します。厳密に表現すれば、格差が可視化されていきます(途上国の場合、以前よりも全体の格差が縮小しても、グローバル化の中で格差が可視化していきます)。可視化された格差社会において、デモは常に暴徒化する危険性があるのです。

事実として、中国のデモは「下層化」しているのでしょう。暴徒たちの行為は「レベルが低い」と表現されてもおかしくはありません。しかし、それでも、近代化し、発展してきた中国は否定されないのです。私には、89年に比べ、中国は発展したからこそ、(89年の段階ではデモに参加し得ない人々が政治化され)逆にデモが「下層化」したように思えるのです。

今日、国家単位で政治、社会を語ることが非常に難しくなっています。特に、人口13億人の大国家を表現するのは多難です。だからこそ、見えている表層だけではなく、その背景にある見えないファクターを掴み、全体を把握する作業が求められているのではないでしょうか。

【このテーマは早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校にて私が担当します講座「国際社会学入門」(全5回、10月31日〜11月28日)で採り上げます。詳細は以下、同センターのHPにてご覧下さい。
(http://www.extapl.waseda.jp/extension/ec/html/products/detail.php?product_id=&kaikou_nd=2012&class_cd=830423)】

2012年9月29日 00:18

Made in Chinaを壊す暴徒たち(3):日本における利害の対立

前回は、反日デモが暴徒化してしまった中国は、国内に社会的な亀裂があるのではないかと記しました。

もっとも、社会の亀裂は中国だけではありません。日本も一枚岩ではないのです。

今回の反日デモ、そして暴動によって、13万人を超える中国の在留邦人(外務省、2010年)が身の危険に晒されました。彼らの多くは、尖閣諸島は日本の領土であると考えているでしょう。しかし、中国の職場を破壊され、自分自身や家族が危険な目に遭ってまで、既に日本が実効支配している尖閣諸島を敢えてこの時期に「国有化」することを支持していたとは思えないのです。

日本にとって中国は最大の輸出国(全体の19.7%)であり、その総額は、2011年度において12兆9,022億円に至ります(ジェトロ「日本貿易統計データベース」)。当QuonNetでは経済ジャーナリストの大西良雄氏が指摘するように、日系現地法人の売上高は2010年において34.7兆円に上り、これらの対中ビジネスに影響が出ています。その他、9月27日の段階で、JAL、ANAの中国便のキャンセル席数が5万7500席となり(読売新聞、9月27日)、日中間の人の往来が激減し、観光業にも少なくない損失をもたらすことになるでしょう。

民間から駐中国大使として登用された元伊藤忠商事会長・社長の丹羽宇一郎氏は、2012年6月7日付の英国『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタビューにおいて、東京都の尖閣諸島購入計画について「実行された場合、日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」とコメントしました。

そして、丹羽氏は、この発言によって、民主党政権から事実上「更迭」されます(毎日新聞、8月20日)。しかし、東京都ではなく日本政府によって「国有化」された結果、氏の予想通り「深刻な危機」となったのです。今振り返れば、丹羽氏は、在留邦人や中国に投資している日本の経営者、日本国内で中国関係のビジネスを展開している人々の声を代弁していたことになります。13兆円の輸出市場を守ることは十分に愛国的な仕事です。

一方、東京都の石原慎太郎知事を中心に、日本では尖閣諸島の実効支配を強化せよと主張する声がありました。おそらく、近年の中国の南シナ海への対応を見て、中国を軍事的脅威として捉え、日本の領土の安全を考えての提案だったのでしょう。彼らにとっては、個人所有であった尖閣諸島を日本国が国有化(もしくは東京都が購入)することで、内外に実効支配を明確化することが何よりも重要であり、そのために、経済的な犠牲はやむを得ないという理屈になります。

このような事態となりますと、あまりにも大きな経済的犠牲によって「国有化」への批判が出ておりますが、東京都が募った尖閣諸島購入寄付金として14億円以上(9月23日の段階で102,945 件)が集まったように、尖閣諸島の実効支配の強化を支持した人は、決して少なくはなかったのです。

つまり、日本国内外で中国関連のビジネスを展開している日本人と、尖閣諸島の「国有化」を支持する日本人は、共に愛国者であったとしても、同じインタレストを共有してはいなかったのです。

第二次世界大戦後、日本は軍事費を抑えて経済的繁栄を優先する所謂「吉田ドクトリン」を掲げ、世界第二の経済大国になりました。この時代、経済重視は国民的なコンセンサスがあり、経済重視派と政治重視派のインタレストの「違い」が対立するようなことはなかったのです。

この両者の「違い」がはっきりしてきたのは、比較的最近であると考えます。

一般に、グローバル化が進展すると社会は格差化し、人々の価値観は階層的に別々となり、当然、何を持って愛国とみなすかも分かれていきます(日本の愛国心も昭和の頃とはかなり異なり、一元的ではなくなっていると理解すべきでしょう)。結果として、日本国内(もしくは中国国内)で様々な意見が生まれることはある意味で自然であるようにさえ思えます。

ただし、日本の場合は中国程、「格差」は可視化されておらず、数字よりも中流意識は残っており、国内における利害衝突は大きいとは言えませんでした。しかし、今回の尖閣諸島問題では、日本人一人ひとりの価値観が問われたのかもしれません。

そのような中で、今回特に政治上、問題になるとすれば、日本政府が、経済界の意向を汲む形で丹羽氏を中国大使として送り込みながら、氏の立場上、当然の発言をしたことで更迭し、尖閣諸島の「国有化」路線に切り替えたことになるでしょう。もちろん、石原都知事による都による買収計画案が進んでおり、国内的には選択肢かなかったとも言えますが、日本政府による尖閣諸島の「国有化」もまた、経済面においては自分の首を絞めていることになります。

日中のナショナリズムがぶつかり合っているように見えたこの数週間、実際は両国民がそれぞれバラバラであり、複雑に絡み合いながら反日デモ、暴動、そして過去にないレベルにおける両国関係の悪化へと事態が進んでしまったのではないでしょうか。

【このテーマは早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校にて私が担当します講座「国際社会学入門」(全5回、10月31日〜11月28日)で採り上げます。詳細は以下、同センターのHPにてご覧下さい。
(http://www.extapl.waseda.jp/extension/ec/html/products/detail.php?product_id=&kaikou_nd=2012&class_cd=830423)】


2012年9月26日 00:00

Made in Chinaを壊す暴徒たち(2):一枚岩ではない中国社会

日本政府の尖閣諸島「国有化」を受けて発生した中国の反日運動は暴徒化しました。中国に進出している日系企業の工場や百貨店、日本食レストランが第一のターゲットになりましたが、日系以外の欧米系のブランド店やファーストフード店も被害にあっているようです(J-Castニュース、9月17日;大紀元、9月18日)。

つまり、暴徒たちにとっては破壊行動や略奪そのものに目的があり、愛国や反日はきっかけに過ぎないのでしょう。日系多国籍企業が中国で生産する「Made in China」製品を壊すことが中国の国益にも反することは前回記しましたが、彼らにとって国益に反するかどうか、そんなことはどうでも良いのかもしれません。

であるとすれば、暴動の原因は中国の国内問題に起因する可能性が高まります。

まず、暴徒が誰だったのかを考えていきましょう。報道によりますと、暴徒化した人々は、失業者や若者が中心であるとされています(アジア経済研究所 佐々木智弘氏、TBSラジオ『デイキャッチ』9月18日)。また、現地では地方出身者が多いという見方もあります(朝日新聞、9月19日)。

少なくとも言えることは、暴徒は中国がグローバル化する過程の中で外国企業と一緒に豊かになってきた人たちではない可能性が高いのです。仮に、所得自体が増えていたとしても、相対的な「格差」「貧困」下にある人たちかもしれません。

常識的には、人が自分や自分の親兄弟が働く職場を破壊することは(例外を除いて)殆どないと考えられます。とすれば、基本的に暴徒は、日系企業及び外資系企業の関係者ではないことになります。暴徒たちにとって、外資系企業に勤務する中国人は、中国人であったとしても日本人と同じような「他者」に過ぎないのです。

【ただし、中国フォックスコン工場の暴動が報じられております通り、外資系工場でも劣悪な労働条件下では、中国人労働者が自らが働く工場を操業停止に追い込むこともあり得るのかもしれません(CNN 9月25日)。しかし、この場合も、中国人労働者と外国人経営者という図式では表面化せず、中国人同士の対立となるのではないでしょうか。】

外からは、中国国内の日系多国籍企業の生産工場や百貨店を襲撃することは、中国人が自分の首を絞めているように見られるのですが(実際そうなのですが)、暴動を起こしている本人たちはそのような意識はないのでしょう。

そこには、中国社会の亀裂が垣間見れます。

よく指摘される通り、中国国内の富裕層と貧困層の格差が大きいのは確かです(既に「ナショナリズムと格差社会」QuonNet日記 2010年10月22日で論じました)。しかし、そのような分析では不十分かもしれません。「相対的貧困層」の中で特に現状に不満を抱き、暴徒化した(一部の)人々の共通点を抽出し、社会的な理由を考察しなければなりません。

【このテーマは早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校にて私が担当します講座「国際社会学入門」(全5回、10月31日〜11月28日)で採り上げます。詳細は以下、同センターのHPにてご覧下さい。
(http://www.extapl.waseda.jp/extension/ec/html/products/detail.php?product_id=&kaikou_nd=2012&class_cd=830423)】

2012年9月23日 00:00

Made in Chinaを壊す暴徒たち(1):「世界の工場」の否定

9月10日に日本政府が尖閣諸島の「国有化」を発表して以来、中国にて反日デモが続きました。

9月16日は92都市で発生し、約10万人が参加したと報じられています(時事通信、9月16日)。柳条湖事件が発生して81年を迎えた9月18日には、デモは少なくとも125都市に拡大し(共同通信、9月18日)、一部は暴徒化して、日系スーパーや百貨店、日系企業の現地工場が襲われました(ロイター、9月18日)。

10万人のデモ参加者のどれくらいの割合が暴徒化したのかは分かりませんが、反日デモと暴徒は一線を画して理解すべきであるでしょう。愛国的デモ参加者に関しては後日、採り上げるとしまして、今回は暴徒に限定して考えたいと思います。

言うまでもなく、暴徒は愛国者でもナショナリストでもないと見なすべきでしょう。

多方面で指摘されている通り、現地の日系企業で働く人は中国人が大半であるため、中国で自動車や電子機械を生産する工場が閉鎖されれば、中国人従業員の生活に影響が出てしまいます。暴動の最大数の被害者は、日系合弁企業に勤める中国人従業員であり、次に日系合弁会社を経営する中国人と日本人の管理職、経営者(それから、本社が日本にあれば日本の親会社)なのです。

そもそも、多くの日系メーカーは日本にあった工場を中国に移して現在に至っており、日本の工場を閉鎖した段階で多くの日本人の雇用が失われています。中国で生産されている製品は、たとえ日系企業であっても、中国人労働者によって造られた「Made in China」なのです。

「Made in China」製品をいくら壊しても、一般の日本人を苦しめていることにはなりません。日本から生産拠点や本社を外国に移すような(日系であっても)多国籍企業化した会社をターゲットにしても、的外れなのです。

中国の経済的繁栄は、この10年~20年の世界の経済のグローバル化において「世界の工場」としての役割を担ったことにあります。そして、日本はこの期間、「失われた10年」、「失われた20年」と呼ばれているのです。中国は安価な労働力を動員して「工場化」することでグローバル化に乗り、日本は日々「工場」を失い(付加価値の高い「工場化」には転換できず)先進国としてグローバル化への対応を求められながら、それには遅れているのです。

つまり、日本人を経済的に追い込もうとするならば、表面的には日本人と日本企業を歓迎し、日本企業をどんどん誘致して脱日本企業化を進めることなのです。その結果、日系の多国籍企業がいくら中国で儲かったとしても、日本国内では雇用が失われ、日本人はますます就職難となります(中国が対日輸出、輸入を制限して、日本に敵対する方法は、中国もWTO加盟国であり、限界があります)。

実際は、更なる工場の誘致も難しくなっています。中国は一人っ子政策を導入した結果、既に若年労働者の数が減っており、平均賃金はこの10年間に4倍上昇し、安価な労働力を前面に出した「世界の工場」としての役割を終えようとしているのです(日経ビジネス、2012年1月16日)。しかし、それでも付加価値の高いモノ、サービスを中心とする先進国型の産業形態へ移行するには時間がかかります。敢えて自ら、外資系工場を破壊する理由はないのです。

既に暴徒の行動は反日とは反対の結果を生み出しています。中国に進出しているパナソニックは、山東省青島市と江蘇省蘇州市にある2つの工場が破壊され、一部を除いて中国での操業再開のめどは立っておらず、日本での代替生産を検討し始めたそうです(TBSラジオ『スタンバイ』9月19日)。

皮肉なことに反日運動から始まった暴動が、日系企業の「Made in China」政策をとりあえず休止させ、「Made in Japan」へ戻したのです。もちろん、それは応急処置であり、「Made in Japan」への回帰は一時的なもの終わるでしょう。おそらく、今後、日系企業は、生産拠点の中国から他のアジア諸国への移転を加速化させるのではないでしょうか。

いずれにしても、今回の暴徒の破壊行動は、中国の「世界の工場」としての終焉を早めてしまい、それは、中国の国益に反することになります。

当然、そのようなことは、中国政府も、中国のエリート層も分かっていることと思います。それでも、反日デモに留まらず、暴徒化してしまった事実は重く、世界最大の人口を擁する大国が不安定化しているとすれば、それはそれで、深刻な事態であると認識すべきです。

【このテーマは早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校にて私が担当します講座「国際社会学入門」(全5回、10月31日〜11月28日)で採り上げます。詳細は以下、同センターのHPにてご覧下さい。
(http://www.extapl.waseda.jp/extension/ec/html/products/detail.php?product_id=&kaikou_nd=2012&class_cd=830423)】

2012年9月22日 00:00

日本の女性は本当に強いのか?(3):男性も経済的に弱体化している

過去二回、スポーツにおける日本の女性アスリートの「強さ」と日本社会における女性の社会的地位の「弱さ」を考えてきました。その過程において、日本は先進国最悪のレベルの「ジェンダー・ギャップ(男女格差)大国」であることを再確認しました。

男女格差が改善しない状況に加え、この数年の日本が直面した課題の一つは、(1999年、2004年の労働者派遣法の改正等もあり)男性の正社員率が下がり、「男男間」の経済格差も大きくなっていることです。

例えば、全人口に占める年収300万円以下の割合をみると、平成14年度において男性【17.8%】で女性【63.7%】でしたが、平成22年度において男性【23.4%】で、女性は【66.2%】です。圧倒的に、女性の年収の低さが目立ちますが、この9年間において男性は年収300万円以下が【5.6%】増加しているのに対し、女性は【2.5%】増に留まっています(国税庁平成14-22年民間給与実態統計調査結果)。

もちろん、女性は7割弱が300万円以下ですので収入における圧倒的なジェンダー・ギャップがあることに変わりませんが、同時に男性の低収入化も進んでいるのです。

収入面の統計を持って全てを語ることはできませんが、少なくても経済面において女性は依然として「弱く」、男性も総じて「弱体化」していると言えます。

2012年版『労働経済白』によれば、1999年~2009年において収入を五分位(世帯)してみると、この10年間、全ての層においてほぼ一貫して年収が低下しています(厚生労働省『平成24年版 労働経済白書』188頁)。

つまり、グローバル化の中で日本における「勝ち組」は男女共に減っていることになります。

2004年に労働者派遣法が改正された当時の自民党の小泉純一郎政権は、派遣労働者を一挙に増加させたことで批判されることも少なくありませんが、ジェンダー論の文脈からは、労働者派遣法そのものよりもジェンダー・ギャップを放置したことを責められるべきなのかもしれません。

雇用における男女平等化を促進すれば、新自由主義を補完することもできたのです(逆に言えば、小泉政権は男女平等化を推し進めなかったために、十分な女性の「勝ち組」を生み出せず、男女を問わずに勝者の殆どいない状況を導いてしまったことになります)。

実は、男女平等と新自由主義は相性が悪くないのです

当ブログでは何度か繰り返しております通り(2011年11月26日2012年4月 8日)、男女平等化は「男男間」、「女女間」の格差の是正を意味しません。

男女平等とは、全ての人間が最初から最後まで平等という思想ではなく、性別による差別を無くそうという思考なのです(敢えて単純化すれば、有能な女性を、女性だからと言って社会的に差別すべきではないという考え方、と言い換えることもできるでしょう)。その結果、欧米先進国では「男男間」、「女女間」のそれぞれの格差は、「男女間」の格差よりも大きくなっています。

【私は、欧米先進国においてジェンダーギャップが皆無であるとは申しません。それは、依然として問われる社会的課題の一つですが、「格差」という観点からは最大のイッシューではなくなっていると認識しています。】

つまり、男女平等社会でも(男女平等社会だから)社会全体の格差の問題は残されるのです。

ただ、それでも、男女共にグローバル化の中で苦戦が続いている日本において、他の先進国並み(他の先進国の企業並み)の競争力を日本国(日本の企業)が獲得、維持したいと考えるとすれば、たとえ、それがエリート層の一部に限定されたとしても、早急にジェンダー・ギャップを可能な限り改善し、女性が社会的に活躍できる環境を整える必要があるのです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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