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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2012年7月

2012年7月29日 00:00

イチロー選手の決断(1):現状維持(status quo)のための「変化」

既に大きく報じられております通り、2012年7月23日、米大リーグのイチロー選手が11年半在籍したシアトル・マリナーズからニューヨーク・ヤンキースに電撃移籍しました。

イチロー選手の決断は単にイチロー選手が米大リーグの別の球団に移籍するに留まらず、大きな意味を持つように思えます。

イチロー選手は今回の移籍に関しまして「20代前半の選手が多いこのチームの未来に自分がいるべきではない」と考え、「自ら志願した」と言います。そして、「僕自身、環境を変えて刺激を求めたい、という強い思いが芽生えた」とも語っています。

周知の通り、イチロー選手は2001年に渡米してから10年連続達成していた年間200本安打が昨年、途切れ、一部で力の衰えを指摘されていました。今年も、前半戦は打率261と不振が続いていたのです。

マスコミでは今年でイチロー選手のマリナーズとの契約が切れることが、移籍の理由として挙げられていますが、もし、イチロー選手が昨年も200本安打を続け、今年も好調であったら、マリナーズは放出しなかったのではないでしょうか。やはり、不振は契約切れ以上の要因となっているように見えます。

そして、イチロー選手は自分自身の不振を直視し、自ら「変化」を求めたのです。

今後、イチロー選手がヤンキースで活躍するかどうかは未知数です。未来は、当然ですが「成功する」か「成功しない」しかないでしょう。「成功する」としても自ら打ち立てた金字塔である年間262安打(2004年)を超えることはないかもしれませんし、2回(2001年、2004年)輝いた首位打者を再び獲得するのも難しいかもしれません。

それでも、イチロー選手は移籍を決断しました。それは、年間262本のヒットを打つことでもなく、首位打者を奪還することでもなく、現状維持(status quo)のための「変化」であるように思えてならないのです。

イチロー選手は自己管理が完璧であると言われます。しかし、この2年、その完璧な調整によっても結果が伴わず、成績が下降していたのです。環境を変えることで、そのような状況を停止させ(打率3割ぐらいを目安に)status quoを目指そうとしている(もしくは最悪でもstatus quoに留まろうとしている)と考えられないでしょうか。

もしかしましたら、イチロー選手が年間200本以上安打を打つことはもうないかもしれません。しかし、下位の打順で打席数を減らしながら年間150~199安打を後5年、6年、7年と打ち続けることは可能かもしれないのです。

つまりstatus quoのためには「変化」しなければならないのです。「変化」を拒否すれば、ズルズルと下がり続けるリスクがあります。

下降線に入った自分を直視することは非常に困難です。特に世界一、史上初という称号を手にしたことがある人には辛い作業なのではないでしょうか。それは、大リーグで年間200本のヒットを打つことと同じくらい(もしくはそれ以上)難しいことかもしれません。

イチロー選手の今回の(自分を直視して、変化する)決断は、それぐらい大変なことであるように思えるのです。

2012年7月28日 00:00

コミュニティと自己犠牲:映画『グスコーブドリの伝記』

7月7日から全国公開されている映画『グスコーブドリの伝記』を初日に観に行きました。

公開を待ち望んでいた理由は、2年前、フランス人の手塚治虫研究家の通訳として、同映画の監督をされている杉井ギサブロー先生へのインタヴューに立ち会ったからです。杉井先生は手塚先生のお弟子さんであり、そのフランス人の研究家は杉井先生に今は亡き手塚先生のアニメ観等を熱心に尋ねていました。

その際、宮沢賢治原作の『グスコーブドリの伝記』の映画化の話題にもなりました。杉井先生は『銀河鉄道の夜』も監督されており、賢治作品に造詣が深い方でした。翌年、私は、今度は中国出身の宮沢賢治研究家と共に杉井先生と再会することになりました。

上記のような経緯もあり、映画『グスコーブドリの伝記』の公開を楽しみにしておりました。

『グスコーブドリの伝記』
製作国 日本
製作年 2012年
監督 杉井ギサブロー
製作 『グスコーブドリの伝記』製作委員会(手塚プロダクション、その他)

あらすじ
【イーハトーブの森で両親と妹と幸せに暮らしていたグスコーブドリ(ブドリ)は、森を襲った冷害のため家族を失ってしまう。一人残された彼は周囲の助けもあり、農業に従事した後、学問を修め、火山局で働き始めることになる。そのような時、またしても大規模な冷害が発生する。被害を防ぐためには誰かが犠牲になって火山局に残り、人工的に火山を噴火させなければならず、ブドリはその役割を担おうと決意する。】

前述の通り、同作品は2011年3月11日以前にプロジェクトが始まっていたのですが、明らかに大震災後、その意義が深まったと言えるでしょう。2012年に観る『グスコーブドリの伝記』は、やはり、2万人近い犠牲者(死亡、行方不明)を出した東日本大震災と切り離すことができません(ある意味で主人公ブドリは家族や友人を亡くした現地の方々であり、また、2万人を失った日本そのものなのかもしれません)。

物語ではブドリの自己犠牲の精神をどのように認識するかが最も重要になってくるのでしょう。ブドリは最終的にコミュニティを救うため、自らの命を投げ出します。

コミュニティによって育まれたブドリは、「僕は今まで沢山の人に生かされてきた」、「その命を沢山の人に役立てられるなら」と自己犠牲を決意するのです。

ここで重要なことは彼が身を挺して救おうとするコミュニティは、「イーハトーブの森」にあったブドリの家族や地縁に直接結び付くものではないのです。ブドリが家族を既に失った後、1人になった彼を救った森のソトのコミュニティが直面した危機に対して、最大限有効な選択は自ら犠牲になることであると考えるのです。

誰もがブドリのような選択ができるとは思えません。しかし、少なくとも「人の上に立つ」職業、地位の高い方々は、(死ぬということではなく)「社会=コミュニティ」全体の公共性を考えて日々の決断をして欲しいと願います。

そして、私たちもブドリのように身を削ってもコミュニティに貢献するような人物を、社会的に評価すべきなのです。社会において「偉い人」とはそういう人であるべきです。

また、それは私たち自身がブドリの精神(最終決断)を共有するということになります。その結果、多くの人々がコミュニティを考えるようになると、(現実的に火山をどうするかということは別として)ブドリのような存在が一人で社会を背負わなくても済むようになっていくのかもしれません。

山積する問題の前に、「ヒーロー」が1人も登場しない社会は残念です。しかし、「ヒーロー」が孤軍奮闘し、犠牲になるのも悲劇です。自然災害でも社会的課題に対しても皆が少しずつ犠牲になり(小さな目立たない「ヒーロー」になることで)、「ヒーロー」が不要になる社会が理想なのでしょう。

2012年7月25日 00:00

ギリシャの総選挙を振り返る(3):「逃げられない人々」の選択

それでは、5月6日の1回目の総選挙で財政緊縮策を進める旧与党を過半数割れに陥れ、(その多くが)極右極左政党に投票したギリシャの有権者は、なぜ、6月17日の再選挙では再び旧与党に信任を与えたのでしょうか。

実際、連立与党の「新民主主義党」の得票率は僅か1ヶ月少々の間に18.85%から29.66%に約10%も上昇しています。連立与党の「全ギリシャ社会主義運動」は得票率を13.18%から12.28%へ微減していますが、両党は合計で4割以上の票を獲得しました。

5月6日の第1回目の選挙で52議席(得票率16.78%)を得て第二位となり、この間、一躍注目された「急進左翼連合」は、再選挙でも得票率を10%近く増やし、71議席(26.89%)と躍進を続けています。しかし、その他の左右の急進政党は得票率が下がりました。特に、ユーロ圏からの離脱を主張する共産党は得票率を約4%下げています。    

上記の票の動きを見ますと、再選挙では、緊縮財政の是非よりも、ユーロ圏から出るのか出ないのかが問われていたことが分かります。そして、その答えは、「ユーロ圏に留まりたい」というものでした。

ユーロ圏に留まるという選択は緊縮財政が伴います(再選挙においても、緊縮財政に反対し、ユーロ圏には留まるという主張を続けた「急進左翼連合」が票を増やしていることは不安定要素として残るでしょう)。しかし、それでも、最も失うものが少ない選択は、「ユーロ圏残留」であるのです。

「ユーロ圏残留」という選択はギリシャ人を取り巻く状況から考察することができます。

昨年、10月に開催された800人が定員のオーストラリア大使館主催の移民説明会に、医師、技術者、研究者らを中心に1万5千人が参加を申し込んだと報じられています(朝日コム、2011年11月17日)。ギリシャ人のエリートは既に国内にいないか、近い将来、同国から脱出を考えている人が大半でしょう。

ギリシャは経済危機によって国家自体がグローバル化の「負け組」となってしまいました。しかし、国全体が「負け組」となった時でも、他国が欲しがるようなグローバルエリートならば、国外(ユーロ圏及びユーロ圏外)へ合法的に移民できるのです。

しかし、ギリシャ国内に残された「勝てない」人々は、国の負の財産を全て背負い、厳しい政治選択を余儀なくされます。

厳しい現実の中で、その状況に反比例するように残された人々は残された地で「幸せ」を求めていきます。当ブログでも紹介しましたが、昨年、ドイツの未来研究財団が実施したヨーロッパ諸国における「幸福度」に関する世論調査におきまして、ギリシャはデンマークに次いで2位でした。何と、80%が「幸せ」であると答えているのです(2011年9月18日「ギリシャ危機(2):ギリシャ人の幸福度」)。

彼らは長期的な視野を持ち得ず、目の前の苦難を拒否し、刹那的に「幸せ」を求めてきます。

緊縮財政が嫌ならば「急進左翼連合」に投票し、ユーロ離脱が最も自分の利害と「幸せ」に反すると感じれば、旧与党に入れ直します。

我侭で身勝手に見えるかもしれません(事実、身勝手なのでしょう)。しかし、それが、残された人々の(彼らにとって)最善の選択に見えてしまうことを責めることはできないのではないでしょうか。

エリートが逃げ出している、もしくは、逃げ出そうとする中で、全ての社会的責任を「逃げられない人々」に負わせても何も解決しないように思えてなりません。

2012年7月22日 00:00

ギリシャの総選挙を振り返る(2):「ユーロは出たくないが、財政緊縮も嫌だ」

フランスの大統領選挙(第1回、4月22日)では、極右、極左の政党は反EU、反グローバル化を掲げながら、現職のサルコジ大統領や社会党のオランド候補という既存のエスタブリッシュメントと対峙しました。

ギリシャでも総選挙(第1回、5月6日)において、極右、極左政党はEUや国際機関と同調する「新民主主義党」と「全ギリシャ社会主義運動」の連立政権と対立することで頭角を現してきます。

しかしながら、経済状況がより深刻化しているギリシャでは、ギリシャ国内のエリート勢力もグローバル化の「勝ち組」とはいえず、国際機関から支援を受ける窓口的存在と捉えられてしまっていたのではないでしょうか。また、極右極左政党も(共産党を除いて)ギリシャがEUから脱退し、EUからの支援を拒否する程の余力はないことを自覚しているのです。

緊縮財政を「押しつける」EUに対してギリシャの有権者は批判的ですが、同時に、EUの資金援助なくしてギリシャ経済の立て直しは不可能なレベルにまで至ってます。フランス大統領選挙で、反EU、反グローバル化を主張する極右や極左が一定程度勢力を得られたのは、ギリシャと比較すれば、フランスの国力がまだ余裕があることを示しているのかもしれません。

実際、ギリシャでは国民の約8割がユーロ圏への残留を希望しており、5月6日の選挙で議席を伸ばした殆どの政党は緊縮財政策に反対しながら、ユーロ圏からの脱退までは踏み込んでいなかったのです(例外的に共産党は脱ユーロ圏も訴えていました)。

ギリシャの第1回の総選挙の有権者の心情はアテネで失業中の27歳の男性パノス・イオアニディスさんの「緊縮策で生活は苦しいから、反緊縮派に投票したい気持ちはやまやまだ。でもギリシャがユーロ圏を離脱しても困る」(読売新聞、4月29日)という選挙前の意見に代表されることでしょう。

なぜならば、同国がユーロから脱退し、旧紙幣ドラクマを復活させた場合、価値は最大で70%下落し、インフレが進行、金融機関は破綻し、貿易は崩壊する(ロイター、5月20日)と推測されているからです。

にもかかわらず、今日の苦しさの捌け口を求め、その場凌ぎにユーロ圏には残るが緊縮財政策には反対するという虫の良い主張をする政党に多くのギリシャ人が投票し、混乱に拍車をかけることになりました。

「急進左派連合」に投票した23歳の失業中の男性ヤニス・パノスさんは「むちゃな緊縮策を導入した2大政党や、それを強いた欧州諸国をこらしめたかった」(読売新聞、5月8日)と表現しています。

自分の預貯金がドラクマに代わり大幅に目減りすることは避けたい。しかし、同時に苦しい緊縮財政策にも「ノー」と言いたいという感情を抑えられないギリシャの有権者は少なくなかったのです。

ギリシャ人の累積債務は他でもないギリシャ人の借金です。EU内に留まってお金は借りたい、でも緊縮財政は嫌だという主張は他国から見れば我侭に映ります。

ただ、ギリシャ人有権者からみれば、「EUに留まりながら、緊縮財政を拒否する」という選択が諸政党によって提示されていたのですから、その主張が怪しいと分かっていても、投票所に足を運んだ約半数がそちらを選んでしまう心情は理解できなくはありません。

政治家は本当にそんな力があるのだろうかと疑っていながらも、選挙の際の甘い言葉に乗せられてしまうのはギリシャ人だけではなく、他国でもみられる現象です。特に日本人は身に沁みて理解できるのではないでしょうか。

2012年7月21日 23:59

ギリシャの総選挙を振り返る(1):「民族主義+社会主義」政党の台頭

世界中から注目されていました6月17日のギリシャの再選挙では、EU、国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行から融資を受けながら、与党として財政緊縮策を進めていました「新民主主義党」が129 議席(得票率29.66%)を獲得し、第一党となり、「新民主主義党」と連立政権を組んでいました「全ギリシャ社会主義運動」が33議席(12.28%)で第三党となりました。

両党の獲得議席数は合計162議席(全300議席)となり過半数を超え、更に、17議席(6.26%)を得て第六党となりました「民主左派」が新たに連立に加わり、6月21日に「新民主主義党」、「全ギリシャ社会主義運動」、「民主左派」による3党の連立政権が成立しました。

2011年11月以来、EUや国際機関と同国の経済再建を進めてきた連立与党が信任され、引き続き政権を担うこととなり、とりあえずの混乱は避けられることになりました。

しかし、これは再選挙の結果であり、約1か月前の最初の総選挙において連立与党が敗北し、小党乱立する形で組閣に失敗し、再選挙を行わざるを得ない状況となった事実は打ち消すことができません。

ここではその第1回の総選挙を振り返ってみます。

5月6日に行われました第1回のギリシャの総選挙では、連立与党の「新民主主義党」は108議席(得票率18.85%)、「全ギリシャ社会主義運動」が41議席(13.18%)で過半数割れとなり、財政緊縮政策に反対する極右と極左政党が台頭しました。

第1回の選挙で躍進したのは緊縮財政に批判的な「急進左翼連合」であり、52議席(得票率16.78%)を獲得し、第2 党となりました。

票を伸ばしたのは「急進左翼連合」だけではなく、同じ左翼では、「共産党」が26議席(8.48%)、右翼では過去に一議席も獲得できなかった極右政党「黄金の夜明け」が21議席(6.97%)獲得しています。

「国民の大半は緊縮策を拒否した」と「急進左派連合」のアレクシス・ツィプラス党首が述べた通り、多くの有権者は与党に投票せず、連立与党よりもより左翼、より右翼を支持する形で財政緊縮策を否定しました。

私は、当ブログおいて4月22日のフランス大統領選挙にて、(フランスにおける)左右の両極の政党が健闘した現象を「社会民族主義」、「民族社会主義」という言葉を用いて表しました(5月27日付、フランス大統領選挙を振り返る(2):「民族社会主義」と「社会民族主義」)。

フランスの極左候補と極右候補は、互いに反目しながらも、グローバル化や拡大EUを批判する点において「民族主義」的であり、(民族の亀裂を導く)格差を否定する点において「社会主義」的でもあるのです。

そして、ギリシャでの第一回目の選挙で躍進した極右、極左政党も「社会主義」的であり、「民族主義」的でした。

そのような意味で、ギリシャの総選挙とフランス大統領選挙には共通項が少なくなかったと言えます。

しかしながら、着目すべき相違点としては「(国内外の)EU/グローバル・エリート」VS「(国内の)民族社会主義者/社会民族主義者」の構造がギリシャではフランスと同じではなく、ギリシャの有権者は国内総選挙であるにもかかわず、EUやIMF等と投票を通じて政治的駆け引きをすることを余儀なくされていたように見えることです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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