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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2012年6月27日 00:00

3歳からの義務教育(2):「米百俵の精神」

前回は、スイス、英国、韓国において義務教育の早期化が進み、フランスでも義務教育課程の再建、改革が議論となっていることに言及しました。

特筆すべきは、このような義務教育の早期化が、各国、経済的に厳しい中で選択され、予算が割かれていることです。

そのような政策がなぜ可能かと言えば、それが左翼的であり、右翼的でもあるからでしょう。グローバル化の中で、国家が生き残るには国民の教育レベルを底上げし、国の競争力が高めるしかなく、そして、それは国内の格差対策でもあるのです。

経済的にも早期教育は効果的であるとされています。

2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン(シカゴ大学教授)は、幼児期の教育投資効果に関して「同じ1ドルを幼児期に投資した場合と大人になってから投資した場合とでは、前者のほうがリターンが高い」と主張しています(「総合こども園-幼児に投資するのは「国のため」」『PRESIDENT』2012年6月18日号)。

仮に、国家間において国民の平均的な能力の差がないとすれば、クオリティの高い教育を早い段階から長期に受けた国民の学力は高まり、結果として国家の競争力もアップすると考えるのは自然です。

故に、国家の将来を考えれば、財政的に厳しい中でも教育費は削れないのです。

私は単に、日本が外国を模倣すべきであると申し上げている訳ではありません。「米百俵の精神」の話にもあります通り、教育を重視するのは、かつては日本人の美徳でもあったのです。

幕末に徳川方に味方し、敗北した長岡藩は、財政が厳しい中、「時勢に遅れないよう、時代の要請にこたえられる学問や芸術を教え、すぐれた人材を育成しよう」と決意し、明治2年、当時、藩の文武総督であった小林虎三郎が中心となり、戦火を免れたお寺の本堂を借りて「国漢学校」を開校しました(「米百俵の精神」『くらし』、新潟県長岡市ホームページ)。

そのような時、支藩である三根山藩から見舞いとして長岡藩に「米百俵」が贈られてきましたが、「国が興るのも、街が栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ、学校を建て、人物を養成するのだ」と全て売却し、教育予算として遣うことを決定します。そして、翌、明治3年には町の中心に新校舎を建設し、生徒は藩士の子弟だけで無く農民や町民の子供も入学許可し、門戸を拡大します(同上)。

このように「米百俵」の資金によって発展した長岡藩の「国漢学校」からは、後の東京帝国大学総長の小野塚喜平次、解剖学の小金井良精、司法大臣の小原直、海軍の山本五十六元帥らが輩出されます(同上)。

「米百俵の精神」のストーリーは藩体制下であり、長岡藩で文武総督、大参事として活躍した小林虎三郎のイニシアティブによる(ある意味で独裁的な)英断が不可欠であったでしょう。しかし、同時に、米を教育費に替えることに対して批判があったとしても、少なからずの長岡藩の人々の賛同、協力があったからこそ、学校が成功したように思われます。

「米百俵の精神」は昭和に入り、文豪・山本有三によって戯曲として書き下ろされ、全国的に知られるようになります(山本有三『米・百俵 : 隠れたる先覚者小林虎三郎』、1943年)。当時、同作品が支持された理由を考えれば、生活が苦しい中でも教育費を捻出しようという精神が、戦中、戦後の多くの日本人に共感を得たからではないでしょうか。

また、今日、ヨーロッパの経済危機の中で、教育により予算を割こうとする幾つかの西欧諸国(や韓国)の姿勢も、長岡藩と重なるのです。

この記事へのコメント

1. Posted by 七色無職 2012年12月14日 10:43

私は韓国に住んでいますが、韓国の公教育に対する予算が日本より充実していることを実感しています。

私がいる地域の公立高校は、夏はエアコンなしでもすごせる涼しい地域にも関わらず冷暖房完備です。(私が通っていた日本の公立中学校は冷暖房皆無でした。)

また、日本に視察に行った教師は皆、日本の公立学校の施設が韓国にくらべて貧しいことや、ITの導入が遅れていることに驚いているようでした。

韓国の普通科高校の生徒は夜10時ぐらいまで学校で勉強します。先生もそれに付き合います。生徒も大変ですが、夕食として給食も出るし、先生の残業代もかかるのですから予算もそれなりに必要なはずです。

私が知人に「なぜそんなに教育熱心なのか?」と尋ねると「韓国には人の他に資源がないからだ」という答えが返ってきました。同じような条件の日本が他国より教育費を抑えていることが理解できません。

いかに日本人のコスパが高いとはいえ、いずれこの影響は如実に現れてくるのではないでしょうか。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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