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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2012年3月 3日 02:39

経験主義を超えて(1):何年スイスに住んだらスイスを理解できるのか?

先日、長年スイスに滞在している日本人の方々が「20年、30年住んでみないとスイスは分からない」と話されていました。

確かに、おっしゃる通りだと思います。同じ人間なら、1日より1週間、1週間よりも1カ月、1カ月よりも1年、2年と年月を重ねたほうが、その土地の理解が深まると考えます。

例えば、日本に一度も行ったことのない外国人よりも、おそらく、10年間日本に住んでいる外国人のほうが日本への理解は深いでしょう。

ですから、私も基本的に上記のご意見に同意します。

しかしです。その上で、このような経験論は限界があると考えます。

私は、スイスには数年しか滞在していませんが、90年代半ばから英国、ルーマニア、アイルランド、スイスと暮らしてきました。ですから、私は「4か国ぐらい住んでみないとヨーロッパは分からないよ」と言うことができます。

また英国(UK)だけに限定すれば、イングランド、スコットランド、北アイルランドに住みましたので、「ロンドンに1、2年間住んだだけでは英国は理解できません」と語ることもできます。

もっとも、ヨーロッパの5か国以上に住んだことがある人は、私に対し「5か国ぐらい住んでみないとヨーロッパは分からないよ」と言うこともできますし、私が住んだことのない英国のウェールズに詳しい方は「ウェールズに住まずにして、英国を語るのは不十分である」と反論されるかもしれません(英国のアングロ・サクソン以前のケルト文化の一部がウェールズに保存されたことは事実です)。

日本の方も私を批判することが可能です。私が英国やスイスに住んでいる間、当然、私は日本に同時存在はできませんので、日本で生活をしている方々が「所詮、海外に滞在している人間は、日本のことは分からない」と言い返すことができるのです。

しかしながら、そのような日本にいる方々を経験論的に批判することもできます。日本での経験も細分化できるからです。

例えば、東京で暮らすのと、沖縄で暮らすのではかなり生活様式が違うでしょう。政治観も異なるかもしれません。東京は日本の全てではないし、沖縄も日本の全てではありません。東京で10年住んだからと言って、北海道や沖縄のことをどれ程理解できるかは定かではありません。

つまり、自分の人生を「経験していない人には分からない」という文脈で語ってしまえば、そこまでなのです。

誰もが他人になることはできませんし、誰もが同じ経験はできないのです。

誤解しないでいただきたいのは、経験が無駄だとか、経験を話してはいけないということではありません。人生は1度しかありません。自分の人生経験は1度しかないのです。だからこそ、他人の経験話に耳を傾けることが必要なのです。ある方にとって「スイスは20年住まなくては分からない」というご経験に間違いはないのです。

私自身、ロンドンに滞在していた頃の自分の英国観を反省し(経験を踏まえて)、講義では「英国をロンドンからだけで見ないで欲しい」と繰り返しています。経験は多くのヒントを与えてくれ、とても重要なのです。

重要なことは、他人の経験を聴いて、自分の経験を相対化するという作業です。

想像力もって「そういう選択もあったのか」、「そういう人生もあったのか」と考えれば、世界が広がりますし、今後の自分の未来にも繋がります。その作業は、過去の自分を否定することでもなく、これからの自分の可能性を模索することであり、今までの自分にプライドを持つこととも矛盾しないように思えます。

反対に、自分の経験の絶対化は「後ろ向き」で何も生み出しません。

大切なことは想像力です。自分の経験を基に、自分の経験していないことを想像する、考える姿に「学び」が始まるのではないでしょうか。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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