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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年12月

2011年12月31日 23:26

パーソン・オブ・ザ・イヤーを考える(2)

前回、「タイム」誌の決定する「パーソン・オブ・ザ・イヤー」は背景に大衆が常に存在し、その前提での選出であることを申し上げました。20世紀以降は良くも悪くも「大衆の時代」なのです。

その上で、本年の「抗議する人」の受賞を考えてみます。

実は、チュニジア、エジプト、リビア等の「アラブの春」を引き起こした「抗議する人」と北米の格差是正運動「ウォール街を占拠せよ」の「抗議する人」、ロシアの下院選に対する不正抗議運動の「抗議する人」は、全て同じ「抗議する人」ではありましても、目的がかなり異なります。

言うまでもなく、「アラブの春」は独裁体制に対する抗議であります(経済問題も影響しているでしょうが、独裁体制に経済回復を求めた訳ではないでしょう)。「ウォール街を占拠せよ」運動の抗議者は、失業や格差を生み出す政治経済体制への批判です。ロシアの不正抗議運動は、「アラブの春」的な要素と、「ウォール街を占拠せよ」運動の両方が含まれているかもしれません。

重要なことは、「抗議する人」が互いに連帯しているとは限らないのです。それは二つの意味で語れます。一つは中東・北アフリカとニューヨークとモスクワで連帯していないということと、それぞれの集団内部も一枚岩ではないことです。

前者に関しましては、アラブの「抗議する人」とニューヨークの「抗議する人」のモスクワの「抗議する人」の利害関係が一致している訳ではなく、ニューヨークの「抗議する人」を納得させるための失業対策は、他国の民主主義の拡大とは直接的に関係がないのです(日本では、日本のTPP参加交渉に対しまして「抗議する人」が少なくありませんでしたが、ニューヨークの「抗議する人」の一部は失業対策として米国のTPP推進策に賛成かもしれません)。

後者に関しましては、報道されています通り、一国の「抗議する人」同士が多種多様であることです。「アラブの春」の「抗議する人」同士は必ずしも思想的に一致せず、ニューヨークの「ウォール街を占拠せよ」運動も様々な人々が抗議集団を形成しており、ロシアもまだ見えてきていません。

「抗議する人」は複数形ではなく、単数です。良く言えば、個々が独立しており、悪く言えば、孤立しているのです。孤立しながらも、全体として「抗議」はしています。しかし、一皮捲るとバラバラなのです。

グローバル化は、よく言われる通り、ヒト、カネ、モノをグローバルに動かします。そのことによって、新しく作られる人間関係もあるでしょうが、同時に様々な従来の「絆」を壊していきます。おそらく、創られる「絆」よりも壊される「絆」のほうが多いのではないでしょうか。

世界の人々は先進国を中心に孤立化しているように思えます。今までセーフティネットとして支えてきた様々な集団的アイデンティティは希薄化し、国家も会社も組合もどこまで個人を守ってくれるか分からなく、「個」として世界と対峙しなければならないのではないでしょうか。

そのような中、人々は自分が「アンフェア」であると感じた状況に「抗議」します。しかし、「抗議」しても、「抗議」しても「ゴール」に辿りついていないように思えてなりません。

なぜならば、(特に「ウォール街を占拠せよ」運動に関すれば)グローバル化の構造転換が無い限り、「アンフェア」な状況は解消されないのです。そして、依然として孤立している姿だけが浮き彫りになっていきます。

それでは、人々の「絆」を修復するにはどうしたらいいのでしょうか。

私が尊敬するある社会学者が、現代において人々は「個」であることを自覚することで、自覚できない「孤」から脱却するしかないと言われていました。まず、一人でしかない「個」であることを認識すれば、少なくとも孤独ではなくなると言われるのです。「孤」から「個」への転換が問われると。

逆説ですが、それはグローバル化の中であまり役に立たない集団的アイデンティティに過度に依存しないということでもあります。そして、「個」を確立し、その上で新たに「絆」を紡いでいくしかないのでしょう。

2012年は「孤」から「個」へ、そして新たな「絆」(コミュニティ)の創出が生み出されることを願って「筆」を擱きたいと思います。

2011年12月28日 21:44

パーソン・オブ・ザ・イヤーを考える(1)

米国の『タイム』誌が発表する恒例の「今年の人」(パーソン・オブ・ザ・イヤー)に「抗議する人(プロテスタ―)」が選ばれました(The  Time, the Person of the Year 2011,『タイム』誌ホームページ)。

2011年の主役は、特定の人物ではなく、チュニジア、エジプト、リビアと続いた「アラブの春」を引き起こした無名の人々であり、北米の格差是正運動「ウォール街を占拠せよ」、ロシアの下院選への不正抗議運動への参加者たち=「抗議する人」であったとしています。

正式な選出理由は「真の統率力は組織の頂点から下りるのではなく、底辺から湧き上がる。(そして、それは)地球をより民主的にするものである」です(毎日新聞、12月15日)。

今回の選出に関しまして基本的に違和感はありません。

しかし、今の時代、世界に影響を与えたパーソンを決定することが非常に困難であるように感じます。

「タイム」誌が特定人物に同賞を与えなかったことは2011年が初めてではありません。他には以下のような受賞者?がいます(TIME's Person of the Year  from 1927 to 2011, Time Specials)。
2006年「あなた」
2003年「アメリカ兵士」
1988年「危機にある地球」
1982年「コンピューター」
1975年「米国の女性」
1969年「アメリカの中流階級」
1966年「25歳以下の人々」
1956年「ハンガリー動乱で闘った人々」
1950年「アメリカ兵」

特定の人物が選出されたケースでも、その人物の後ろに数多くの人々の存在が前提となっていることが少なくありません。例えば
2010年「マーク・ザッカーバーグ」(Facebook創設者)
2008年「バラク・オバマ」(米大統領当選者)
2005年「慈善活動家のボノとビル&メリンダゲイツ夫妻)」(U2リードボーカルとゲイツ夫妻)
1999年「ジェフ・ベゾス」(Amazon.com創業者)
1997年「アンドルー・グローヴ」(インテル社CEO)
1992年「ビル・クリントン」(米大統領当選者)
1986年「コラソン・アキノ」(フィリピン大統領)
等々です。

この「パーソン・オブ・ザ・イヤー」は1927年に『タイム』誌が飛行家のチャールズ・リンドバーグを第一回目に選出して始まります(当時は「マン・オブ・ザ・イヤー」)。

しかし、その2年後には、スペインの思想家オルテガ・イ・ガセトは『大衆の反逆』を出版し、20世紀が大衆の時代であることを批判的に記述しているのです。

そのようなことを鑑みれば、大衆の時代に生まれたこの「パーソン(マン)・オブ・ザ・イヤー」は、そもそも大衆の存在を無視しては成立しないのではないでしょうか。特定の人物であっても多くの人々の支持を獲得した人物や、大きな社会集団を象徴するような人物が選ばれるほうが自然であるようです。

 

2011年12月25日 04:15

サンタクロースはどこから来るのか?

サンタクロースの「故郷」について論争があります。

フィンランドのラップランドとそのライバルであるデンマーク領のグリーンランド。どちらも譲らず、頑固にサンタクロースの「故郷」を主張しています。

フィンランドのラップランド州の州都ロヴァニエミの郊外にはサンタクロース村があり、この村を訪れますと「仕事中のサンタクロースが、いつでも温かく迎えてくれる」そうです(サンタクロース村オフィシャルサイト)。

グリーンランドは1957年に国際サンタクロース協会を設立し、毎年7月にデンマークで世界サンタクロース会議を主催しています。更に、各国のサンタクロースを公認し、現在は100人以上の協会公認サンタクロースが世界中で活躍しているそうです。

そもそも、サンタクロースの起源は4世紀に東ローマ帝国小アジア(現在のトルコ)で活躍した聖ニコラオス(ニコラウス)だと言われており、北欧とも関係がありません。

北欧説の根拠は、サンタクロースを(が)率いるトナカイ。トナカイの生息地は北極圏周辺ですので、候補地は限られてきます。

しかし、サンタクロースとトナカイがセットで初めて登場するのは19世紀の米国の児童文学であり、意外に最近なのです。もちろん、物語の中の「起源」を現実の世に求めることは、悪いことではありませんが。

一般にヨーロッパの子供たちはサンタクロースが外国から来るとは考えていないようです。サンタクロースは無国籍であり、クリスマスの時期に自分の生活圏に突然かつ自然に現れるのです。地理的に移動してくるのではなく、次元を超えてくるような感覚です。だからこそ、その存在も疑われます(いつもサンタクロース村で仕事をしているならば疑いません)。

1897年、米国の8歳の女の子が「サンタクロースはいるのですか?」とニューヨークの新聞社『ニューヨーク・サン』に出した有名な手紙があります。

同紙の論説委員であったフランシス・チャーチは「サンタクロースはいます」と紙面で返答します(1897年9月21日)。その根拠は「目に見える物だけが存在するのではなく」、「大切なものは目にみえない」からであるとし、だからこそ、「サンタクロースを見たことが無いと言ってもサンタクロースがいないことにはならなく」、(私たちが信じる限り)「サンタクロースは存在し、永遠に子供たちに喜びを与えるのです」と結んでいます。

この唯心論に立つサンタクロース論は高く評価されています。ラップランドやグリーンランドの「故郷」論争が滑稽に見えてしまう程です。

しかしながら、子供たちはどうなのでしょうか。サンタクロースは目に見えなくても、見えるモノ(プレゼント)を置いて行ってくれるからこそ、子供たちはサンタクロースが大好きなのではないでしょうか。

どちらにしても、サンタクロースがラップランド出身か、もしくはグリーンランド出身かは、やはり重要ではありません。問われていることは、子供たちの周りに目に見えないサンタクロースになれる大人がいるかどうかということになるのかもしれません。

2011年12月24日 13:58

日本人はなぜクリスマスにフライドチキンを食べるのか?

多くの日本人はクリスマスイブの夜にフライドチキンもしくは何らかのチキンを食べる傾向があるようです。

しかし、これはとてもユニークな習慣です。

欧米では基本的に七面鳥を家族で食します。ですから、長らく日本のクリスマスのチキン食習慣が不思議でした。

ところが、先日、1966年に放送された『魔法使いサリーちゃん』のDVDを観ていましたところ、第3話「サンタクロースがやってきた」のクリスマスのシーンでお肉屋さんが「クリスマスだよ!」、「七面鳥だよ!」と連呼しているのです。

『魔法使いサリーちゃん』の世界をもって昭和史を認識することはできないかもしれません。ただ、少なくとも1960年代、クリスマスに七面鳥を食べている日本人がおり(今もいるでしょうが)、それがアニメの一シーンとして(おそらく)違和感がなく放送されているのです。

クリスマスにフライドチキンの食べる習慣は、ケンタッキーフライドチキン(KFC)が日本に1号店を出店した1970年11月21日以降に始まるのです(KFCのホームページ)。

1971年7月にKFCは東京・青山に進出します。そして、クリスマスに、ある外国人のお客さんがその青山店で「日本では七面鳥が手に入らないので、 KFCのチキンでクリスマスを祝おうと思う」と言ったそうです。それにヒントを得て、営業担当者が『クリスマスにはケンタッキー』を広くアピールしようと考えます(同上)。

実際のKFCの「クリスマスにチキン」キャンペーンは1974年12月からであり、その後、「クリスマスはチキンを食べる」という規範は日本中に広がっていきます。本年もそのキャンペーンは続いています。

興味深いことは、このKFCが始めたキャンペーンが、KFCを超えていることです。日本人はクリスマスにKFCではなくとも、とにかくチキンを食べるようになり、この時期に鳥のモモ肉の売り上げが伸びるそうです(外食biz.「クリスマスにはチキン~外食企業が作り出した日本文化~」)。

世界中で、クリスマスにおそらく最もチキンを消費する日本。それでは、この日本人の習慣は間違っているのでしょうか。

そもそも、クリスマスに欧米人が七面鳥を食べているのも宗教的な理由からではありません。17世紀に英国から米国に渡ったピューリタンの人々が米国で野生の七面鳥を捕獲し、特別な時に食べ始めたことが起源とされています。米国中に広まったクリスマスの七面鳥料理は、欧州にも「逆輸出」され、現在に至っているのです。

ですから、クリスマスに七面鳥を食べることが「正統」ではないのです。チキンでも全然おかしくはありません。

クリスマスがキリスト教の宗教的イベントではなく、ある種の近代化された「お祭り」として世界に広がっていくとすれば、それぞれの土地で入手し易い食材を用いてのご馳走が食卓に上がるのではないでしょうか。そして、日本では七面鳥ではなくチキンであったということなのでしょう。

今夜、皆様の夕食はチキンでしょうか、七面鳥でしょうか。それとも、他の御馳走でしょうか。

 

2011年12月21日 23:59

カリスマは世襲できるのか?

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の最高指導者、金正日総書記が12月17日、心筋梗塞で死去したと朝鮮中央放送、朝鮮中央通信等の北朝鮮メディアが報じました(Chosun online日本語版、2011年12月19日)。

今後は、金正日氏の三男で28歳の正恩氏が後継者になるという見方が大勢のようです。

この三代目への移行は、一代目から二代目よりも独裁の継承という点で難しく、当面は軍主導の集団指導体制が続くのではないかという意見もあります(日本経済新聞Web版、2011年12月19日)。

2011年はチュニジアで「ジャスミン革命」が発生し、独裁的なベンアリ政権が倒されて幕が開け、エジプトのムバラク大統領、リビアのカダフィ大佐と次々と「独裁者」が追放、処刑されていきました。1989年のルーマニア革命にて処刑されましたチャウシェスク大統領や、ある意味でイラクのフセイン大統領もそうですが、21世紀の今日、独裁者にとって(独裁者でさえ)権力の世襲がいかに難しいかが証明されてきています。

その理由として考えられますのは、第一に大衆が権力を担う現代の「独裁者」とはカリスマ性が必須条件であり、一度は国民的英雄になる必要があることです。二代目への継承が難しいのは、独裁者が権力固めに勤しみ、権力や資金を二代目に譲っても、先代のカリスマを世襲できないからです。

民主主義の成熟も時間がかかり、多難ですが、少なくとも選挙制度等の民主主義の「型」はできており、それを導入して表面的に民主主義制度を敷き、国家として安定させるほうが、世襲しながら独裁体制を維持するよりも容易であると言えるでしょう。ですから、当然、君主制、共和制にかかわらず、システムとしては民主主義を採る国家のほうが多く見られます。

しかしながら、北朝鮮は三代目へ移行しつつあり、世界史的にも非常に特異な例となっています。

その背景としては、国際関係上、北朝鮮を取り囲む国際環境において冷戦後も緊張状態が続き、西欧の影響を受け易い東欧や中近東とは異なっていたこと、また、経済的には、東欧、中近東とは国民所得の違いがあり、北朝鮮の市民が情報化に遅れていることなども挙げられるでしょう。北朝鮮の国内の社会(支配)構造も考慮しなければならないかもしれません。

しかし、それでも、建国の英雄であった金日成国家主席、大元帥のカリスマは代々薄れていることは確かでしょう。東アジアの安定のためにも今後の展開を注目していかなくてはなりません。

 

 

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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