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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年11月

2011年11月30日 16:46

満足(ハッピー)であることの不幸

2011年9月18日の当ブログで、欧州各国の個人の満足度調査でギリシャ人が80%と高く、第2位であったことを紹介しました。と同時に、10月26日には「ギリシャ人エリートの選択」というタイトルで、財政危機に直面しているギリシャで多くの医者、技術者、研究者等のエリートたちが移民しようしていることを論じました。

人生に満足している人が80%もいる国民がなぜ自国を捨てようとするのでしょうか。

おそらく、ギリシャから移民しようとする人はギリシャの生活に満足していない残りの20%に該当することでしょう。そして、移民しない(できない)80%は、同国で「幸せ」に暮らすのです。

人は絶対的に入手できないものを欲しがりはしません。この場合、他国での新しい生活を自分の人生に描かなければ、他国と自国を比較しませんので「幸せ」です。他人や他国と比べないことは精神の安定をもたらすのです。

しかしながら、ギリシャを取り巻く客観的事実は変わりません。残された人々は現実を無視するか、できるだけ社会を排除して個人の「幸せ」を掴もうとします。そうしなければ辛いのです。移民した人も同様で、(元)自国の現実を無視し、個人の「幸せ」を新天地で掴もうとします。

このように考えますと、ギリシャの場合、満足度80%は不幸な現象であるように思えます。

日本も生活保護受給者が戦後最多となり、相対的貧困率も戦後、最悪、1000兆円にも届きそうな累積財政赤字、円高に少子化、男女格差など数字上は厳しいものがあります。

そして、おそらくそれ故に、内閣府世論調査(2010年)では、日本の20代の70%以上が今の生活に「満足」しているという結果がでています。その「幸せ」は嘘ではないと思います。

司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』では日露戦争勃発時、旅順のロシア人は連日のパーティで日本軍の砲弾を気にもせず、踊り続けている姿が描かれています。ユーゴスラビア映画『アンダーグラウンド』でも、国が崩壊する中、ラストシーンで皆、踊っています。イソップ物語の『蟻とキリギリス』の中でも夏に踊るキリギリスはとても「幸せ」そうです。

「公」を捨てて「個」に走れば、実は「幸せ」を得るのはそれ程難しくないのです。しかし、そのような「幸せ」は長続きしません(もちろん、反対に「個」を全て犠牲にする滅私奉公のシステムも「個」の「幸せ」を完全に奪うという意味で「不幸」です)。

「幸せ」を模索する別の方法があります。それは、「個」の「幸せ」を滅私奉公ではない形で、かつ「公」のシステムの延長上に描くことです。個人だけの「幸せ」を求めるよりも、時間がかかり、面倒です。しかし、幸福を創る「公」のシステムを構築できれば持続可能なのです。

それにはまず、現実を直視することから始めなくてはなりません。一時的に満足度は下がるかもしれませんが、何らかの希望を見つけられれば、刹那的でホープレスな「幸せ」に甘んじるよりも充実した日々が送れるかもしれません。

2011年11月27日 13:36

映画から男女格差を考える:『クレイマー、クレイマー』のタイムラグ

男女格差のテーマを最後に映画紹介で締めくくります。

国際比較上、「世界男女格差レポート2011」(世界経済フォーラム)における日本の98位はかなり厳しいポジションのように思えます。しかし、時間軸で捉えると欧米先進国も男女平等社会になりましたのは比較的最近なのです。

米国における男女格差を描いた名作としてはダスティン・ホフマン主演の『クレイマー、クレイマー』(1979年)が挙げられます。

『クレイマー、クレイマー』(原題 Kramer vs. Kramer)
製作国 米国
製作年 1979年
監督 ロバート・ベントン
出演 ダスティン・ホフマン、メリル・ストリープ
受賞 1979年米国アカデミー賞作品賞

あらすじ
【ニューヨークに暮らすテッド・クレイマーは、妻ジョアンナ・クレイマーに育児家事を全て任せて、仕事に没頭する日々を送っていた。妻ジョアンナは自分も仕事を通じて自己実現したいと夫テッドに相談するが、テッドはその必要性を感じず、真剣に取り合わなかった。ある日、ジョアンナは5歳の息子ビリーを置いて家を出てしまう。テッドは息子と2人の生活を余儀なくされ、紆余曲折ありながら、やっと家事にも育児も慣れた頃、仕事で成功した(元)妻ジョアンナが現れ、息子ビリーの養育権を主張し、裁判となる。】

原題『クレイマー対クレイマー』にあります通り、この物語はクレイマー夫妻の関係性(争い)が主題になっています。日本では夫テッドを演じるダスティン・ホフマンと5歳の息子の奮闘記に過度に焦点が当たってしまい、女性の働く権利はあまり問われなかったように思えます。当時(もしかしたら今も)の日本では、家族のために一生懸命働く夫・テッドのどこが悪いのか観客に伝わらなかった(伝わらない)かもしれません。また働きたいというメリル・ストリープ演じる妻ジョアンナの主張の正当性は、1979年の日本において十分に理解されたでしょうか。ジョアンナは相当我儘な女性に映ったのではないかと想像します。

今、この映画から学べることは、ウーマン・リブを経験した70年代の米国でさえ、当時はまだ有能な女性が「外」で夫と同様に働き、夫が「内」で妻と同様に家事育児(シャドウワーク)に従事するのが困難であったという歴史です。

そして、米国中で絶賛された本作品は米国人の男女(夫婦)に、仕事もシェアし、家事育児もシェアするという新しいライフスタイルを提示していたのです。

この30年間で欧米人の価値観は大きく変化しました。テッドのような仕事オンリーの男性は(今もいるでしょうが)パーティで仕事の話をする男は「もてない」と言われるように「かっこ良い」とは見なされなくなっているのです。

私が驚きましたのは、草彅剛氏が主演し2004年にフジテレビ系列で放送され、話題となりました『僕と彼女と彼女の生きる道』というテレビドラマを見た時です。

「銀行員として仕事に没頭する夫が、妻に捨てられ、残された7歳の娘と2人暮らしを始める」という基本的に『クレイマー、クレイマー』と同じ筋です。

ストーリーが類似しているから驚いたのではなく、類似していることが日本社会のタイムラグを映し出しているように思えたのです。『クレイマー、クレイマー』(1979年)、『僕と彼女と彼女の生きる道』(2004年)の間にはちょうど25年の時間差があります。

【より詳細に見れば、この二作品は似ていないところも少なくありません。実は草彅剛氏が演じる主人公が勤務先で部下の女性と浮気をしていたことになっており、妻の家出を後押ししています。妻が仕事で自己実現したいと考えていることは同じですが、キャリア志向だけで一生懸命働いている夫を捨てて家出するのは、脚本家が、筋が通らないと考えたのかもしれません。主人公と7歳の娘との生活も、小雪さん演じる娘の家庭教師の女性の存在が大きくなり、主人公とその家庭教師の関係が物語上、重要になっているのです。ホフマンが演じる夫に敢えて浮気させず、愚直な仕事人間を描き出すことで、内と外の労働における男女平等に焦点を当てた『クレイマー、クレイマー』とは微妙に主題が変わっているのです。】

あれから、7年、日本における男女格差は改善していません。2006年に『世界男女格差レポート』が発行されて以来、日本の順位は2006年80位、2007年91位、2008年98位、2009年101位、2010年94位、2011年98位です。

もちろん、欧米社会も完全な男女平等社会とは言えませんが、日本との「差」は歴然としてます。私たちはこれからこの30年の「差」を埋めていかなくてはいけないことになります。

2011年11月26日 23:39

男女格差(ジェンダーギャップ)の読み方(4):平等と格差

過去3回に渡り、男女格差(ジェンダーギャップ)について言及し、男女格差の是正は国家的課題であることを強調してきました。なぜならば、男女「平等社会」を構築しない限り、グローバル化の中で日本が欧米先進国との同じ土俵において(あまり好きな言葉ではありませんが)人的資源上、競争することができないからです。

ですから、私は早期に男女格差のない社会を構築すべきであると考えます。

ただし、男女「平等化」は人々にバラ色の日々をもたらし、誰もが幸せになる「打ち出の小槌」ではないとも見ています。

男女「平等社会」では、同じような能力の人間を性差によって差別しないだけであり、男男間、女女間の格差は当然視される傾向があります。

例えば、欧州先進国では男女の賃金上の格差は殆どありませんが、男男間、女女間の賃金格差(一般の格差)は男女の格差に比較すれば遥かに大きいのです。今までの努力の蓄積や個人の才能の結果としての格差は「アンフェア」ではないと見なされ、男女格差のようには問題とされません。

つまり、男女「平等社会」の成立は、性別を超えた能力主義を意味し、能力があれば女性でも男性でも「フェア」に評価されるのですが、能力に劣れば、男性であっても女性であっても今よりも厳しい環境に置かれてしまうのです。

極めて皮肉な表現をすれば、「男女不平等」国家において男男間、女女間は男女格差がある故に「平等」であったともいえるのです。しかし、概して男女格差国家や男女格差企業はグローバル化の中で(特に先進国同士の競争の中では)サバイバルするのが難しくなり、男女格差のない能力主義国家や企業が勝ち残っていくのでしょう。

既に、日本においても男男間の格差が開きつつあります。昭和後期のように、男性ならば4年生大学を卒業すれば就職や出世で「何とかなる」時代ではなくなっています。そして、それは女性にとっても結婚すれば「何とかなる」時代の終わりでもあります。

前回、述べました通り、このような現状にもかかわらず、女性の社会進出は非常に遅れており、日本の従来のシステムが機能せず、かつ男女の社会的関係性においてもグローバル化にも対応できていないことが、様々な数値に顕れています。

その他、社会学的には、男女の雇用における平等は少子化対策にも繋がることが実証されています。それに加え、日本の場合は、「外」における労働のストレスを一手に引き受ける中年男性の自殺率の高さも無関係とは言えないかもしれません。

総合的な観点からも、日本も男男間、女女間の格差を前提とする男女「平等社会」に進むしかないのです。その結果生み出される格差社会への処方箋としても(もちろん、男女平等化だけが格差社会を導く訳ではありませんが)、「分厚い中間層」を構築のための諸政策が描かれなくてはならないと考えています。

2011年11月23日 23:00

男女格差(ジェンダーギャップ)の読み方(3):シャドウワーク

前回の述べました通り、本来、地下資源に恵まれない国家は、男女平等ではなければ経済的に成功できない傾向があるにもかかわらず、男女格差大国(世界98位)の日本はなぜこのような経済力を維持しているのでしょうか。

かつて哲学者のイヴァン・イリイチは、誰か(夫等)の賃労働を可能にするために、報酬を受けない家事労働があると捉え、それを生活の基盤を維持するために不可欠な「影の仕事」=「シャドウワーク」と称しました。つまり、「外」で労働に従事しない多くの日本の女性は「内」(家内)において「シャドウワーク」に励むことで、日本の経済を支えてきたと言えないでしょうか。

【平成22年度の内閣府『子ども・子育て白書』は、働いている女性の約6割が第1子出産を機に離職しているとしています。また、厚生労働省による『出生前後の就業変化に関する統計』(平成15年)によりますと、子供の出生時において母親が有職であるケースは僅か23%です。そして、その後に正規職員として復職する女性は依然として少ないのです。】

例えば、少し前まで女性が「お見合い相手」を探す際、概して自分のことを棚に上げ、男性の年収に拘ることが多かった理由は、結婚相手の将来の増加する総年収に、自分の「シャドウワーク」代が含まれると無意識もしくは自覚的に捉え、出発点(現在の年収)を見極めようとしていたのかもしれません(→ある女性の研究仲間から、収入が高い男性と結婚したほうが「シャドウワーク」そのものが楽になることも見逃すべきではないと指摘されました)。

また、男性側も、概して結婚相手(女性)に経済力ではなく「シャドウワーク」力を求めてきたのです。例えば、「理想の女性=料理が上手い」というステレオタイプもこの文脈から理解できるかもしれません(しかし、プロとしての料理人は男性のほうが多いのです)。

また、これほど男女格差があるにもかかわらず、日本人男性は「女性(妻)には敵わない」、「結局、女が強い」、「尻に敷かれる」というようなことを言います。これらは、「シャドウワーク」なしには存在し得ない日本人男性の一面を表現してきたのかもしれません。

80年代のように上記が機能しており、国も豊かで、家庭もハッピーならば、スイスのNGO団体に「日本はジェンダーギャップ世界98位」と言われようが、そんなこと気にする必要はありません。しかし、問題は日本のGDPや国際競争力が長期的に後退傾向にあることです。つまり、ユニークなこの日本型のジェンダーシステムがグローバル化の中で徐々に機能しなくなっているのです。

不況とグローバル化の中で大半の男性はもはや女性に「シャドウワーク」に従事させる経済的余裕がなくなっています。にもかかわらず、女性はその能力を「シャドウ」を出て、表で活用する機会に十分に恵まれていないのが現状なのです。

また、仕事をしている独身女性にとっては、「男=外の仕事」、「女=内の仕事」の家庭像が完全に壊れていない現段階では、結婚後も「外」で仕事をすれば、「外」と「内」との「Wワーク」となり負担増になってしまうのです。適齢期の独身者が増加している(結婚を前提としたカップリングが上手くいかない)理由も上記にあるのではないでしょうか。

この旧来の女性が主に「シャドウワーク」に従事するジェンダーシステムが、今日のグローバル化に対応できないからこそ、経済性を重視する「世界経済フォーラム」によって日本が(昨年よりもランクを4つ下げて)ジェンダーギャップ世界98位と位置づけられたことは重いのです。

男女平等は「フェミニスト」の専売特許ではありません。このままではジェンダーギャップ故に日本は社会的、経済的に衰退することになるのではないでしょうか。男女格差の是正を国家の戦略上の優先課題として認識する必要があるように考えます。

2011年11月20日 22:55

男女格差(ジェンダーギャップ)の読み方(2):GDP・競争力との比較

前回、2011年の『世界ジェンダーギャップ(男女格差)レポート』(Global Gender Gap Report= GGGR)において日本が世界ランク98位であった現実は、経済的、政治的に受け止めるべきであると記しました。なぜならば、一般的により裕福な国は男女平等社会であるという傾向が見られるからです。

実際、以下にあります通りIMF の一人あたりの名目GDPを見ますと(2011年9月)、上位20カ国の内12カ国が、『世界ジェンダーギャップレポート』における男女格差が少ない国家のベスト20に重なります。GDPの20カ国から産油国のカタールとアラブ首長連邦を除きますと、18カ国中、12カ国となります。

2011年IMF1人当たりの名目GDP   ()内は「世界経済フォーラム」GGGR順位

1位 ルクセンブルク(ジェンダーギャップ順位30位) 
2位 ノルウェー(2位)
3位 カタール(111位)
4位 スイス (10位)
5位 アラブ首長国連邦(103位)
6位 デンマーク(7位)
7位 オーストラリア(23位)
8位 スウェーデン(4位)
9位 米国(17位)
10位 オランダ(15位)
11位 カナダ  (18位)
12位 アイルランド(5位)
13位 オーストリア(34 位)
14位 フィンランド(3位)
15位 シンガポール(57位)
16位 日本(98位) 
17位 ベルギー(13位)
18位 フランス(47位)
19位 ドイツ(11位)
20位 アイスランド(1位)

『世界ジェンダーギャップレポート』の順位を、同じく「世界経済フォーラム」が発表している『国際競争力レポート』(2011年)の順位と比較しましてもほぼ同様の結果がでます。

国際競争力のある20カ国の内、11カ国が「ジェンダーギャップ」ベスト20と重なります(香港と台湾を除けば、18か国の内12か国、更に産油国のカタールとサウジアラビアを除くと上位16位のうち11カ国となります)。

2011年「世界経済フォーラム」国際競争力国別順位  ()内は「世界経済フォーラム」GGGR順位

1位 スイス(ジェンダーギャップ順位10位)
2位 シンガポール(57位)
3位 スウェーデン(4位)
4位 フィンランド(3位)
5位 米国(17位)
6位 ドイツ(11位)
7位 オランダ(15位)
8位 デンマーク(7位)
9位 日本(98位)
10位 英国(16位)
11位 香港(-)
12位 カナダ(18位)
13位 台湾(-)
14位 カタール(111位)
15位 ベルギー(13位)
16位 ノルウェー(2位)
17位 サウジアラビア(131位)
18位 フランス(48位)
19位 オーストリア(34位)
20位 オーストラリア(23位)

上記からは概してより豊かな先進国は男女平等社会である可能性が高いことが見て取れます。

しかし、同時に日本の1人当たりのGDP(16位)や国際競争力(9位)を考慮すれば、日本の男女格差98位という順位は、国家の経済的後進性を反映したものではないことも分かります。ジェンダー指数が日本よりも高く、男女が平等であるとされた国でも、日本よりも貧しい国家は少なくありません。

日本の男女格差と経済的先進性はとてもユニークです。それは、おそらく男性だけが頑張っているのではなく、男女格差の指数に顕れないところで女性の力が活用されていると考えるほうが自然なのではないでしょうか。

次回は日本のこのユニークなジェンダーシステムの今日性を考えていきます。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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