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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年10月

2011年10月30日 19:00

なぜ、選挙の際、どの政党に票を入れるかで迷うのか?

選挙が近づくと「どの政党に入れたらいいのか分からない」という声をよく聞きます。

所謂、浮動票を持つと言われる人々は支持政党が固定されておらず、ギリギリまで投票に悩むわけです。そして、多くの選挙区において、特に支持政党がない彼らの最終的な決断によって勝敗が決まります。

それでは、なぜ、支持政党を決められないのでしょうか。

「支持政党なし」の有権者が、「支持政党あり」の有権者よりも政治的意識が低い訳ではないでしょう。おそらく、それは既成政党がもう完全には人々のニーズに答えられなくなっていることからきているように思えるのです。

例えば、主要政党のホームページを見ますと、民主党、自民党、公明党、共産党、社民党、みんなの党、国民新党に一つや二つの合意する政策を見つけられます。しかし、合意しない点も、それぞれの政党にあるため、最終的には「支持政党なし」ということになってしまいます(各政党の主張が信じられないという政治不信から「支持政党なし」という方も少なくないかもしれませんが)。

もしかしましたら、特定の政党のすべての政策に合意できる方もおられるかもしれません。しかし、圧倒的にばらばらの人のほうが多いのではないでしょうか。たとえば、教育や農業では自民党が良いけど、年金改革は民主党、福祉では公明党、基地移転問題では社民党が良いというように。

ホームページを目にしたり、マニフェストを手にする人は多くはないかもしれません。しかし、日頃の主張からどの政党にも満足せずに選挙を前にして「どこもピンとこないんだよなぁ」となるのではないでしょうか。

今は、イデオロギーの時代ではありません。人々の生活は多様化しており、有権者の価値観も様々です。それを、一党の政策に押し込めるのはそもそも無理があるのです。言い換えれば、「自分党」の時代なのです。

私は「政党政治の終焉」や「直接民主主義への変更」を主張したい訳ではありません。人口一億人以上の日本において国政レベルで「直接民主主義」を実践するのは困難です。故に、政治政党は今後も重要な役割を果たすべきであると考えます。

ただ、「直接民主主義」を部分的に導入し、問題別、政策別に国民の声を集約する方法(レファレンダム等)があっても良いように思えるのです。

原発を含むエネルギー政策、TPP参加問題、普天間基地移設問題、民主党も自民党も党内で見解が分かれています。

これらの重要課題は「選択後」の国民への影響が非常に大きく、与党内の派閥力学や、政党間の交渉で決定してしまうのでは民主的とは言えないように感じます。まず、広く国民に問い、国民の声に耳を傾ける必要があるように考えます。その上で、マイノリティの声も無視せず、政治的判断と責任を持って政治家が決断すべきなのではないでしょうか。

 

2011年10月26日 23:59

ギリシャ人エリートの「選択」

財政危機に陥り、ユーロ圏から脱退かと囁かれるギリシャから移民する動きが広がっているというニュースが報じられています。

現地で開催されたオーストラリア大使館の移民説明会には約800人を想定したところ、1万5千人が参加を申し込んだそうです。移民希望者は、医師、技術者、研究者が多く、所謂「頭脳流出」の危機が指摘されています(朝日com  10月17日)。

9月10日9月11日9月14日に記しました通り、受け入れ国側(この場合はオーストラリア)が有能な人材しか必要としないことも上記から読み取れます。決してギリシャの非エリートの人々が移民を希望していない訳ではないのです。言い換えれば、移民できる可能性がある人がエリート層ということになります。

このニュースに対し、日本のネットでは否定的な見解が多く見られます。確かに、国を背負ってきたエリートが、国造りに失敗したからと言って一番初めに逃げ出すのはおかしいという見方もできます(彼らは自分たちの責任だとは考えていないのですが)。世界中の財政危機国家からエリート層が財政健全国家に移民してしまうことは世界にとってプラスにはなりません。

しかしながら、個人的に話をしてしまうと「正論」(と私が思うこと)を語るのが難しくなります。

先日、ギリシャの銀行に勤務する40代のギリシャ人男性と話をする機会があったのですが、自分の勤務先の銀行は合併が決定し、先が見えなく、別の民間企業に勤務していた奥さんは数カ月前に解雇されたそうです。

彼曰く「公務員は退職金も良いし、何かと守られているけど、民間はクビで終わりですよ」、「自分は今までベストを尽くしてきた」、「ギリシャ人だからと言ってなぜこんなに苦労をしなければならないのか」、「私一人の力では国を変えることはできない」、「残念だけど、自分の能力を評価してくれる他国があるならば、子供たちの将来を考えても移民を考えるしかない」、「少なくとも子供たちには責任はないんだから、未来がある社会で教育したい」。。。

個人として対峙してしまうと、「あなたのようなエリートが皆、同様に移民することを考えたらギリシャの再建はできないのでは」と言い返すことができなくなってしまいます。「日本人にはギリシャ人の気持ちは分からないさ」、「だったら、君がギリシャに行って国を再建してくれ」というリプライが予想できることもあります。

実は、このようなやり取りは初めてではありません。90年代、東欧やロシアが経済的に停滞していた時期、全く同じ内容を、東欧の学生や若い研究者としました。いつも、世界のどこかで同じような「選択」を迫られている人たちがいるのです。そして、それは「愛国心」があるとか、ないとかという単純な「問い」でもないのです(移民者は実は、国に残った人よりも旧母国に対し「愛国的」になるケースもあります)。

彼らはいつも私に「君は日本に生まれて、日本で育ってラッキーだね」と言って会話を締め括っていました。私自身、そう感じてきました(だからこそ、私は彼らにこの件に関して説得力を持ち得なかったのかもしれません)。

しかしながら、10月18日にTBSラジオ『Dig』で放送されたテーマは「広がる世代間の格差。若者はもう日本を捨てた方がいいのか?」でした。

番組では年金等の社会保障における世代間格差は大きく、若者が著しく損をするシステムになっていることを指摘していました。「だからと言って、日本を捨て外国に行っても苦労するばかりだよ」、「その苦労を考えたら日本を建てなおそう」というのがコメンテーターの結論でした。

ギリシャ人の問題は、もはや日本人にとっても「対岸の火事」ではなくなっているようです。

2011年10月23日 22:40

リビアを見て「ルーマニア革命」を考える:映画『ブカレストの東、12時8分』

カダフィ大佐の死に喜ぶリビア国民の姿を見まして、「ルーマニア革命」(1989年)の16年後に撮影され、カンヌ映画祭で監督が新人賞を獲得したあるルーマニア映画を思い出しました。

『ブカレストの東、12時8分』(原題 A fost sau n-a fost?)(英題12:08 East of Bucharest)
製作国 ルーマニア
製作年 2006年
監督 コーネリウ・ポルンボユ
受賞 カンヌ国際映画祭カメラ・ドール受賞

あらすじ
【1989年12月22日、12時8分。ルーマニアの首都ブカレストで「革命」が発生し、独裁者ニコラエ・チャウシェスクが失脚し、大統領府から逃亡する。革命から16年後の2005年の12月22日、ルーマニア北東部の町バスルイのローカルTVプロデューサーが、チャウシェスクが失脚する1989年12月22日12:08前に彼らの町に反チャウシェスクのデモがあったかを検証する番組を企画する。多くの町民は、もはや、過去の革命に興味がなく、番組に参加したのはデモに行ったと言う高校教師とある退職者だけだった。視聴者からも電話を受け付ける参加型のテレビ生番組に出演した2人であったが、番組が進行するにつれ2人がデモに参加していなかったことが露呈する。】

原題を直訳すれば、「あったのか、それともなかったのか」になります。

撮影の5年ほど前、実際、類似の討論番組がバスルイの町であり、監督がその番組にヒントを得て作品化したそうです。本当の番組では、その町に1989年12月22日の12:08前には反政府デモがなかったことが明らかになっており、映画でも(ネタバレになりますが)少なくとも番組に出演した2人は、デモに参加していなかったことになります(1人は微妙ですが)。

本作品が問いかけていることは、「実際にデモがあったかどうか」ではなく、あれ程歓喜した16年前の「革命」に、もはや全く関心のない大半の市民と、デモがあったことを嘘でも言いたい少数の市民がいるということでしょう。そして、両者は、1989年の「ルーマニア革命」とは何だったのかを、全体として語っているのです。

2011年は再び「革命」の年でした。チュニジアの「ジャスミン革命」で幕を開け、エジプト、リビアの独裁政権が倒されていきました。

ニュースは独裁者の処刑や反体制勢力のデモ等、ドラマチックなシーンを報道します。しかし、多くの市民は「革命」には参加せず、第一に自分や家族の生活の安全、安定を願っているのです。

(悪く言えば、そのような姿勢は過去において長期の独裁政治を許してしまった理由の一つにもなるかもしれません。好意的に解釈すれば、国民全員が「革命」に参加すれば国家はカオス化し、その後の復興も長期化してしまいます。)

ルーマニアの人口は約2,000万人、リビアは約640万人、エジプトは約8,000万人、チュニジアは約1,000万人です。ニュースが「事実」を報道しているとしましても、全ての「事実」ではないのです。

もちろん、今、上記の国々の多くの市民は、旧独裁体制ではなく、生活の安定を願う故に新政権を支持していると思います。そして、十数年後、もし彼らが、この映画のルーマニア市民のように2011年の「革命」への関心を失っていたとすれば(そして、一部が美化し続けているとすれば)、それは「革命」後の「成功」を意味するのでしょうか。考えさせられる映画です。

2011年10月22日 23:10

独裁者の死

10月20日、リビアのかつての最高指導者、カダフィ大佐が、出身地である同国中部シルトで反カダフィ派民兵らによって殺害されたというニュースが世界を駆け巡りました。

半信半疑でしたので、各国の報道を見聞きし、血まみれのカダフィ大佐(らしき)の顔が映し出されている映像を確認しました。リビアの国民が歓喜する姿も報じられていました。

カダフィ大佐の死に、イラクのサダム・フセイン(2006年12月30日)の処刑やルーマニアのニコラエ・チャウシェスクの最期(1989年12月25日)を思い出した方も多いでしょう。

忘れられているかもしれませんが、チャウシェスクもフセインも一応「裁判」を経ていますので、そのような意味では、カダフィ大佐の処刑には表面的な「法」も介在していないことになります。

カダフィ大佐には国際刑事裁判所から逮捕状が出ていたのですから、本来、逮捕され、裁判にて公正に裁かれるべきです。あのように殺害されてしまいますと、彼の独裁の本質が見え難くなってしまいます。リビアや他の地域において未来の独裁を防ぐためにも、あのような最期は避けるべきです。

しかし、あまりにも独裁者の過去の権力が大きく、反体制勢力が権力を奪っても元独裁者の陰に怯えなくてはいけない社会状況において、独裁者は殺害されます。殺害の残虐さは、彼らがかつて保持していた力の大きさ(彼らの独裁政治の残虐さ)の反動なのかもしれません。フセインのイラク国民も、チャウシェスクのルーマニア国民もそうですが、独裁者から「解放」された人々は未来の安定を願い歓喜で独裁者の死を受け入れることになります。

9月7日にも記しましたが、概して独裁者になるためには初期の段階で国民的な支持がなければなりません。人々が政治力を持ち始めた20世紀、21世紀において、武力だけの独裁は長続きしないのです。それ故に、ポピュリズムから独裁となるケースが多く、その独裁政権が崩壊した際、人々の「憎しみ」は倍増するのかもしれません(それに加えて、リビアの場合は民族対立もあると言われています)。

ルーマニアでは「革命」から20年以上が過ぎて、チャウシェスク時代を懐かしむ人々が一部に復活しています。「革命」時に彼が処刑されなければならなかった理由の一つは、独裁者の潜在的な「人気」にあるのかもしれません。

民主主義国家は長い歴史の中で絶対的な権力をある特定の人物に与えないようにしてきました。王でも貴族でも、商人でも農民でも、軍人でも市民でも、保守派でも革新派でも、男性でも女性でも状況次第で独裁者になり得るのです(どんなに素晴らしい人間でも、どんなに賢い人でも政治的全権を与えてはいけません)。権力を分散させ、バランスを維持し、独裁を阻止することが民主主義の要なのです。

遊牧民で軍人出身の独裁者カダフィの死は、当たり前のことを、教えてくれています。

 

2011年10月19日 23:37

イタリアの「村」の独立運動

イタリアの首都ローマ市から東に約70キロの位置にある「フィレティーノ村」が独立運動を起こしています。

財政赤字に苦しむイタリアでは財政再建の一環として小村廃止が浮上していました。8月中旬、全国の約2000の人口1000人未満の「村」を統合し、補助金を減らす案を示しました(読売online  2011年9月16日)。日本の市町村合併同様ではありますが、イタリアでは「国」に対抗して独立したいという「村」が出現したのです。

「フィレティーノ村」は、人口約600人、面積は山手線の内側より2割ほど広い78平方キロです。「独立」と「独自通貨導入」を目指す方針を表明しています(同上)。

村長のルカ・セラリ氏は「かつてイタリアは、多くの侯国や公国の小国家よって構成されていたのだから」と「フィレティーノ村」の独立を正当化しています(BBC online .9月3日)。

現実に同村が独立できるかどうかは別として、ヨーロッパ(イタリア)の地方の考察としてこのニュースは非常に面白いと思います。

まず、「フィレティーノ村」ですが、私も便宜上「村」と記しました。しかし、現地語では【Comune di Filettino】です。Comuneは「村」というよりも「共同体」の語感があります。

実際、イタリアには滞在したことがありませんので、もし、間違っていましたらご指摘いただきたいのですが、スイスのイタリア語圏における「コムーネ」(Comune)は「共同体」そのものであり、ドイツ語の「ゲマインデ」(Gemeinde)、フランス語の「コミューン」(Commune)に該当します。スイスの場合は「基礎自治体」とも称されます。

「基礎自治体」はその名の通り、住民にとって「基礎」なのです。

「国家」として独立を主張するかどうかは別にして、「基礎自治体」が無くなる(統合される)という事態は地元の多くの住民にとっては許しがたいのです。

スイスの場合は、国内に3000近い「基礎自治体」があり、議会があり、租税権を持つ政治的ユニットを形成しています。

既に、「コムーネ」、「ゲマインデ」、「コミューン」には「村」よりは、故郷という意味における「国」に近い感覚があるのです(もちろん、個人差はあると思いますが)。それは、「独立国家」(state)とは異なります。もっと原初的な「お国」なのです。

地域によって異なりはしますが、スイス、イタリア、ドイツ等のヨーロッパ人の帰属意識は「基礎自治体」→「州」→「国家」→「ヨーロッパ」というように重層的なのです(州制度を敷いていない国家もあります)。

しかし、人々の優先順位が大きい器に置いているとは限りません。むしろ、スイスなどはボトムアップ型の価値観を抱いている人が少なくないように思えます。

ですから、我が「国」(コムーネ)をイタリア「国家」(state)が壊すのならば、「国家」(state)を拒否してやろうという発想は、決して冗談ではないと思います。

もちろん、統治する「国家」(state)側は「コムーネ」を「村」であると見なしたがります。「国家」(state)内の「国々」(コムーネ)というのは統治が易しいとは言えないからです。

「フィレティーノ」の独立運動。その現実性はともかく、ヨーロッパの「基礎自治体」が今も健在であることを知らしめているかのようです。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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