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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年9月14日

2011年9月14日 19:39

国籍は変えられるのか?(3):「フェア」と「アンフェア」

前回は、日本のスポーツ界においても国籍を変更する選手が出てきていると書きました。しかし、その中でも、メダリストではなくお笑いタレントの猫ひろし氏がカンボジア国籍を取得し、カンボジア代表としてロンドン五輪を目指すケースは、他の五輪選手とは異なるのではないかと論じました。

もっともスポーツ界においてはメダリスト以外の国籍変更も珍しいことではなく、猫氏も特別な例ではないのかもしれません。

各国の卓球五輪代表に中国系が多くみられることはよく報じられています。その理由としては、卓球の世界ランク上位が殆ど中国出身者であることがあります。

2008年5月1日付けの卓球世界ランキングによれば、男子は20位のうち9名、女子選手の場合20位のうち18名が中国あるいは中国出身選手であったとされます(Number Web 2008年5月27日)。卓球王国・中国では代表に入れなくとも、国籍を変え他国に移れば、五輪にも出場できるのです。ちなみに、当時の女子の場合、中国からの国籍変更選手はシンガポール、香港、オランダ、ドイツ、オーストリア等の代表だったそうです(同上)。

日本も例外ではなく、現在、ニュージーランドで開催されているラグビーW杯に選出された30名の日本代表のうち10名がニュージーランドを中心とする外国出身者です(日刊スポーツ、2011年9月6日)。うち5名が日本国籍を取得していますが、ラグビーの日本代表の規約では、他国の代表経験がなく3年間以上、日本に滞在していれば有資格者となれます(Web Sportiva  2011年9月6日)。

選手の立場から考えれば、偶然、その競争が激しい中国やニュージーランドに生まれてしまったため自分は五輪やW杯にはでられない。彼、彼女にとって、他国ではその国に生まれたという理由で自分よりもレベルの低い選手が、スポーツの祭典に出るのは「フェア」ではないということになります。

一方で、中国やニュージーランドの選手が国籍を変えて移った国の「地元」選手にとっては中国やニュージーランドの選手が国籍を変更して五輪やW杯に出ることによって、自分たちのチャンスが奪われる訳ですから、国別対抗の精神からも「フェア」ではないと感じるでしょう。

しかし、受け入れ国家(ラグビーの場合は協会)としてはより「有能」な人材が(自国籍を取り)自国代表として活躍してくれることは喜ばしいことなのです。なぜならば、スポーツや研究、ビジネス等における「高度人材」の受け入れは、その国の競争力をアップさせるとされているからです。例えば、ラグビーの30名の日本代表のうち外国生まれが10名という数は多いかもしれませんが、その外国生まれの10名の力によって日本生まれの20名がW杯を経験できているとも考えられます。

猫氏のケースでも、カンボジア政府が猫氏のカンボジア国籍取得に前向きであり、同国オリンピック委員会のバス・チョモラン理事長は、「取得はすぐだ。我々も(政府に)プッシュしている」と断言し、「カンボジア代表としてオリンピックに参加してもらいたい」と五輪代表候補として考えていることを明かしています(スポーツ報知、2011年6月22日)。

グローバル化の一現象は、世界的な序列化であると言えます。企業ではいち早く、その動きが進んでいますが、今までは国同士の相対主義に守られていた国家の「壁」がなくなり、世界ランキングがモノを言う時代になっています(従来の「壁」は無くなっても国家が無くなることはなく、国家は「高度人材」を奪い合いながら存在し続けるのではないでしょうか)。

「お山の大将」は消え失せ、グローバルスタンダードで物事が計られていきます。スポーツ界において国籍変更が可能な者(有資格者)は、金メダリストだけではなく、より下位まで進んでいるのです。

それは、ある種の公正さをもたらし「フェア」ではあります。しかし、同時に従来の国家相対主義的な考え方からは(現地生まれの選手にとっては)「アンフェア」な世界でもあるように思えます。

猫氏の話に戻しますと、猫氏のカンボジア代表への挑戦にカンボジア政府が好意的なのは、猫氏がタレントであることも加味されていると考えるべきでしょう。2011年の東京マラソンだけを取っても、101位の彼の上に何十人も潜在的な「カンボジア代表」候補者がいることになります。タイムだけでは、なぜ猫氏なのか説明できません。猫氏の場合は、実現すれば「マラソンの実力+タレント性」の合わせ技の国籍変更、五輪代表ということになるのでしょう。

上記を踏まえて、私が勝手に「ナンバー・ニャン」的理想のゴールを描きますと、

「猫氏はカンボジアの最終選考会のレースでデッドヒートを演じながら現地の選手に敗れて、カンボジアの五輪代表選手になれない。しかしながら、現地の優勝選手を讃え、むしろ猫氏の挑戦が、カンボジアでマラソン熱を呼び起こし、猫氏はカンボジアの国民的なヒーローになる。そして、日本とカンボジアの架け橋となることで、両国民から愛される存在となる」

というのはいかがでしょうか。ロンドン五輪に出場してもメダルは難しいでしょうから、両国民に愛される方向性を模索したほうが、タレントとして勝利であるように思えます。そのほうがより「フェア」な結末なのではないでしょうか。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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