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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年8月16日 02:43

なぜ英国で暴動が起こったのか(3): 階級社会から格差社会へ

今回の暴動事件の報道において、やはり英国は「階級社会」であるというような表現が見られます。現在の英国は「階級社会」とは言い切れないと説明されても、暴動と「階級社会」、「格差社会」との関係性がはっきりせず、「格差」を「階級」と同一視してしまう傾向があるようです。

矛盾するように聞こえるかもしれませんが、80年代以降、英国は脱 「階級社会」を目指してきました。

かつて「世界の工場」と称された英国も、60年代からの重工業型の産業が不振に陥り、「英国病」と揶揄される長期経済停滞に陥ります(D.コーツによれば、「英国病」の特徴とは①製造業品の生産と貿易における世界シェアの低下、②低いGDP成長率、③低い労働生産性、④高いインフレ率と失業率、賃金の低い上昇率、⑥強い労働組合となります)(D.Coates, The Question of UK Decline, 1994) 。

その主原因の一つとして指摘されたのが階級社会的な労使関係でした。経営陣と労働組合は対立し、労使関係は拗れ、ストライキが繰り返されたのです。

1979年に発足したサッチャー政権は、英国の発展を妨げる独占的な特権階級と組合運動の温床であった労働者階級の両方を壊し、(日本型の)厚みのある「ミドルクラス」中心の社会を構築しようとしました。その先に、製造業の再生(「再工業化」)を掲げたのです(稲上毅『現代英国経営事情』1997年、14頁)。

その手段の一つとして、サッチャー、メージャーの保守党政権は大学進学率を大幅に上昇させ、大卒者が増加しました。1965年に8.7%に過ぎなかった大学及び高等教育機関への進学率は、サッチャー政権の88年には15.1%、メージャー政権の94年には31.1%、2008/09年には46 %にまで上昇しています(This Statistical First Release 2011年3月31日)。かつてない数の大卒者による「ミドルクラス」が出現したのです。

しかし、「再工業化」という点においては成功とは言えません。90年代、英国は「英国病」を脱して、バブル経済に入っていきますが、大卒者たちは多くが製造業よりも金融、不動産業に職を見つけ、英国の製造業はより衰退し、金融立国に転じていくのです。

留意すべきは、「ミドルクラス」の創出には成功しても、昭和の日本のような総中流化には失敗していることです。労働者階級の解体は、すべての貧困層をミドルクラス化した訳ではないのです。(元)労働者階級はサッチャー政権の恩恵を受けて「ミドルクラス」化する層とより貧困化する層に分かれていきます。

大学進学に関すれば、1991年~95年度の間に学生の親が専門技術管理職あるいは熟練技術職に就いている子供の進学率は26%から36%に上昇していますが、親が非熟練技術者である子供の進学率は11%から16%の上昇に留まっています。貧困層に属する子供はサッチャー政権が誕生した1979年には7人に1人だったにもかかわらず、1997年には3人に1人まで悪化しており、彼らにとっては大学への道はほぼ閉ざされたままです。

前回見たジニ係数が悪化は、この脱「階級社会」から「格差社会」へのプロセスにおいて発生していきます。英国は「階級社会」から「格差社会」へ転じていくのです。

社会のマジョリティを占める「ミドルクラス」が形成される過程で、国民の大多数は保守党を支持し、同党は総選挙(1983年、1987年、1992年)で勝ち続け(フォークランド戦争等の他の要因もありますが)、1979年から1997年まで18年間も政権を担い続けます。新しく出現した「格差社会」は旧来の「階級社会」よりも大多数の人にとってはフェアな社会なのです。しかし、切り捨てられた最下層のマイノリティは相対的貧困状態に陥ります。

「格差社会」化は、「社会的排除」を政治課題の一つにさせました。

1997年、18年ぶりに政権を奪取した労働党のトニー・ブレア内閣の公約は「教育、教育、教育」でした。「格差社会」は教育を二極化しており、貧困層の教育環境の改善こそが、「格差社会」にメスを入れることであると考えたのです。同時に、ブレア政権は社会的排除対策ユニット(Social Exclusion Unit)を創設し、「格差社会」問題に対応していくことになります。

しかし、結果から申せば、労働党は「格差」是正には成功しませんでした。

その理由としては、前回、記しました通り、貧困が相対的であるということです。ブレアは、2001年の総選挙前のBBCのインタヴューにおいて「デヴィッド・ベッカムの稼ぎを減らすことは私の目指すところではない」(BBC news night 2001年6月4日)と述べ、富の再分配には消極的な姿勢を示しました。

経済政策において労働党は基本的に保守党が築いた土台に乗って更なる発展を促します。しかし、更なる経済成長を目指せば、貧富の格差は拡大し、貧困対策をしても(貧困という概念が相対的である限り)貧困層が無くなることはないという矛盾に直面してしまうのです。

公約が実現されていないにもかかわらず、労働党はその後、13年も政権を担い続けました。その理由の一つには多くの人々が現実程には「格差」を実感していなかったことが挙げられます。多くの英国人には「格差」は見えなかった(あるいは見なかった)のです。

2004年に発表された報告書によれば、1999年のデータを用いたアンケートにおいて一般の人々が最下層の「格差」是正にそれ程興味がないことが示されています。調査では様々な職業の年収を「①人々が適正であると考える所得額」、「②人々が想定する所得額」を尋ね、最後に「③実際の所得額」と比較しています。結果は以下の通りです。

大企業の会長職の場合、①7万5000ポンド、②12万5000ポンド、③55万5千ポンド
非熟練工場労働者の場合①1万2000ポンド、②1万ポンド、③1万3100ポンド

大企業の会長職に対しては、人々は現実程「格差」を感じておらず、実際の平均報酬は年間55万5000ポンドであるにもかかわらず、12万5000ポンドぐらいであると想像し、今の6割、7割ぐらいでいいのではないかという認識です。一方、非熟練工場労働者(単純労働者)に関しては、実際は平均1万3100ポンドであるにもかかわらず、1万ポンドぐらいだろうから、もうちょっと1万2000ポンドぐらいに上げたほうが良いという程度なのです(M.Orton and K. Rowlingson, Public attitudes to economic inequality, The Joseph Rowntree Foundation, 2007, p.14)。

このような「ミドルクラス」中心の(格差)社会において、「格差」は重要な課題ではなくなっていったのです。

その後、英国はリーマンショックと財政出動、その後の緊縮財政を経験し、忘れ去られた相対的貧困層(の一部)が2011年8月に暴徒化することで現実としての「格差」問題を突き付けられることになります。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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