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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2011年3月

2011年3月31日 13:45

なぜ日本では略奪行為が少ないのか

前回、海外メディアの報道において、震災に直面した多くの日本人が非常に冷静で、秩序を維持していることが肯定的に報じられていることをお伝えしました(例えば、米CNN.com 3月12日、3月15日、英Financial Times 3月16日)。

海外メディアが日本人の対応に驚く理由は、昨年のハイチ地震、チリ地震、2007年のイングランドの洪水、そして2005年にハリケーン「カトリーナ」が米国南部を襲った際に大規模な「略奪行為」が発生しているからです。一方、日本では、1995年の阪神・淡路大震災においても「略奪行為」は殆どなかったと言われます。

そもそも「略奪行為」は、人々が「格差」を感じている社会において、災害等によって一時的に統治機構の権力の空白が生じた場合に発生すると考えられます。

それでは、どうして、日本では災害時に「略奪行為」が殆どない、もしくは少ないのでしょうか。

前提としては、まず、総体的な平等感があるのではないでしょうか。その可能性を考えますと、(1)日本が比較的に平等社会を維持していた。(2)もしくは実際には格差化していてもそれが現実程は可視化(実感化)されておらず、皆に平等感が残っていた。(3)あるいは、震災が人々の格差感を是正し、多くがまた「平等」になったと思えるようになった。いずれにしましても、震災後、「皆同じ」感を抱いていることになります。

その上で、震災で権力の空白が生じた場合でも、権力に代わる何かが人々の規律、規範を担っていることになります。

仮説として申し上げれば、おそらく、従来、後進性と共に述べられてきた(相互監視を含む)「世間」的共同体が、最大限プラスに作用した結果なのではないでしょうか。

今年、1月14日に放送されたTBSラジオ「Dig」という番組に阪神・淡路大震災を経験されているTVディレクター岡宗秀吾氏が出演され、16年前、彼自身が学生として直面した阪神大震災の思い出が、独自の視点からユーモラスに語られていました。それは、1人のまじめとは言えない青年(御本人)が震災を通じて、様々な共同体に関わり、自然な形で「良き人」になっていくプロセスでした。

所謂、昔ながらの家族や町内会のような共同体が「復活」(復縁)するばかりではなく、極限状態の中であらゆる人間関係において即席の「仲間」意識が形成され、個々の打算も包み込みながら、時間と空間が共有されていきます。

そして、岡宗氏は、自分が知る限りにおいて阪神大震災では「略奪行為」はなかったと断言されています。

氏はその理由を民度の高さとしていますが、震災で大きな「社会」が崩壊した際、隠れていた多くの小さな「世間」が台頭し、総体として大きな「世間」規範のようなものが形成され、秩序を維持したと考えられないでしょうか。通常時に人を縛ることもある「世間」は、非常時では人々を守る美徳を生み出す可能性もあるように思えます。

しかし、その「世間」は万人に優しい訳ではありません。関東大震災に遡るまでもなく、阪神大震災でも今回の東日本大震災でも、数少ない「略奪行為」は外部(地元以外の出身者、時に外国人)の犯行説が一部に流れます。それが嘘であったならば、そのような噂が流れることが「世間」の排他性を示しており、本当だったとしますと、美徳が働く「世間」の範囲のボーダーを現しているかのようです。

【留意しなければならないことは、「世間」は民族主義的であるとは限らないことです。外国人であっても、共同体(ウチ)の一員ならば「仲間」になれるのです。今回の震災においても、外国人は疎外されてばかりではありません。疎外どころか、宮城県女川町の水産会社専務、佐藤充氏は、地震直後、中国出身の自社女性研修生20人に「津波が来るぞ」と叫びながら駆け寄り、高台にある神社に誘導し彼らの命を救いました。しかし、御自分はその後、津波に流され現在も行方不明となりました。この一件は、中国で報じられ、佐藤氏は英雄視されています(時事ドットコム.3月17日)】。

また、この「世間」的規範は、小さなコミュニティばかりではなく、日本全体をも包み込みます。

それは、被災後にマスメディアに醸し出される自粛ムードの中で、CM、バラエティ番組が消え、AC広告と報道ばかりになったことにも見られます。企業からの義援金額の「横並び」(今回は全員が足並みを揃えた訳ではありませんが)も同様の文脈で理解できるでしょう。

社会学者の阿部謹也氏はその著書『世間とは何か』(講談社新書)で、日本には個人に立脚する「社会」はない、そこにあるのは生活の枠組みとしての「世間」だけだと主張されました。

確かにそのような傾向があるかもしれません。しかし、「世間」にはコインの裏表があり、時にプラスに動くこともあるのではないでしょうか。阿部氏が言われる通り、「世間」が強い日本では、「個人」や「社会」が未発達であるというマイナス面も否定しませんが、災害時のような緊急事態において、「世間」は美徳を創出するというプラスの機能を見逃しているように思えます。

逆に、欧米的な「社会」も阿部氏が主張される程、完成されたコミュニティではなく、地震や洪水、ハリケーンで簡単に壊れてしまう程、発展途上であるように見えます。米国、英国、チリ、ハイチの例をもって「欧米社会」全てを語ることができませんが、こちらのメディアの論調ではヨーロッパ諸国(特に大都市)でも災害時には一定程度の「略奪行為」を含む混乱があり得ることを前提としているようです。

【しかしながら、欧米の「社会」が完璧ではないからという理由で、日本型の「世間」が欧米型の「社会」よりも優れていると言うつもりはありません】。

阪神・淡路大震災から16年、日本を取り巻く環境及び日本社会は変化しています。グローバル化は日本を少なからず欧米化させ、国内における経済格差は大きくなっていくでしょう。日本型「世間」は良くも悪くも欧米型「社会」に取って代わられていくように考えてきました。

そこで、東日本大震災が発生しました。「略奪行為」が今回も殆ど発生しないのかどうか気になっていました。

現在のところ、海外メディアが絶賛する程、秩序が完璧に維持されてはないようです。

北野武(ビートたけし)氏は、レギュラー番組にて震災時の窃盗や略奪行為に触れ「日本人はいつからこんなになったのか」と独特の表現で警笛を鳴らしています(TBS『情報7daysニュースキャスター』3月19日放送)。

事実、被災地・宮城県では、震災後、県内各地のコンビニなどで食料品を中心に窃盗が相次ぎ、1週間に250件の強盗、窃盗に関連する通報があったとされます(産経ニュース.3月14日、時事ドットコム.3月19日)。同県は、その被害総額は震災から半月の3月26日迄に、約1億円に上ったと公表しています(共同通信.3月30日)。

その他、投稿サイトYou Tubeに津波を被った仙台空港付近の倉庫から人々がカップラーメンを持ち去っていく映像がアップされており、また、各地で自動車のガソリン盗難が報じられてもいます。現実に「略奪行為」は存在しています。

これらの例をみますと、 たけし氏が言及されるように着実に日本人の美徳は失われつつあるようです。しかし、それでも、ハイチやチリのような大衆が傾れ込んでの「集団強奪」のニュースはありません。その点、海外メディアの報道も嘘ではないように感じます。

それでは、日本の現状をどのように理解すべきでしょうか。日本はグローバル化に遅れており、米国、英国、中南米程、「格差」が可視化されていないのかもしれません。それでも、今回、神戸震災時よりも「略奪行為」が増加しているとすれば、日本もグローバル化、格差化しつつあると考えていいのでしょうか。それとも、ある程度、グローバル化しているが、地震という共通体験が日本人の「平等幻想」を呼び起こし、「世間」的な共同体が一時的に復活しているのでしょうか。

しかし、どのように解釈しようと、やはり「略奪行為」が少ない事実は、素晴らしいことに違いありません。たとえ、それがコインの片面であり、一方でテレビからバラエティ番組が消え、AC広告ばかりになったとしても、マイナス点を引いてもおつりが残ります。

このような美徳を守りながら、グローバル化することが理想であるように思えてなりません。二兎は追えないのかもしれませんが。

2011年3月25日 14:32

政府を信用していると公言できますか?

福島第一原発事故の影響で、先週からスイス航空のチューリッヒから成田への直行便が飛んでいません。

この数週間、親戚の大学生がスイスの拙宅に滞在しており、同航空と彼女の帰国便の交渉をしたのですが、乗務員が原発事故を懸念して東京行きを拒否しているという返事でした。

前回、記しました通り、多くの外国人が日本から離れており、仕事とはいえ、東京に行きたくないという気持ちは理解できます。しかしながら、東京には1300万人以上が今日も暮らしており、少し大げさな気もしなくはありません。

上記の経緯を、ご近所の方やスイス人の教育関係者に説明しましたところ、「それは仕方ない」という声が多く、米国やその他の国々も福島原発から半径80キロ以内を危険地帯としており、日本政府の福島原発から半径20キロ圏から避難、20-30キロ圏内には屋内退避という指示とは大きな隔たりがあることを指摘されました。

そして、あるスイス人の方から「あなたは日本政府と、その他の各国政府の言うこと、どっちを信用するの?」とまで問われました。

「日本人(日本の有権者)だから日本政府」と言いたいところですが、全世界に向けてそう言い切る自信はありません。

前回言及しました通り、基準となりました米国による福島原発の半径80キロ以内からの避難勧告は最悪の事態を想定したものであり、念には念を入れるといった感があります。そもそも、日本の領土内における日本国民の避難と、日本に滞在する外国人の避難ではその規模が異なり、簡単に比べることはできません。しかし、放射能は国籍で降り注ぐ人を選びませんので、敢えてここでは、米国政府と日本政府の対応を考察してみます。

ちなみに米国の決定は米国原子力規制委員会(NRC)の基準に沿っており、NRCの方針は3月16日のプレスリリースで明らかにされています(http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/news/2011/11-050.pdf)。それによりますと、まず、米国人は年間平均620ミリレム=0.62レム(6.2ミリシーベルト)の放射線を自然に、もしくは人為的に受けるとし、全身に対して1レム(10ミリシーベルト)以上の放射線を受ける状況になると避難勧告を出すということです。

そうしますと、福島原発から半径80キロ以内が10ミリシーベルト以上になっている可能性があることになりますが、日本政府が公表しています放射能モニタリングデータ(http://www.kantei.go.jp/saigai/monitoring/index.html)によりますと、24日現在、そのようなレベルにおいての放射能漏れはないことが分かります。

米国エネルギー省も22日、福島原発の周辺上空を飛ぶ米軍機等が測定した放射線量や地上のデータ から、被災地域の地上の人が1時間あたりに浴びる放射線量を推定した結果を公表しました(朝日com.3月24日)。原文のデータ(http://blog.energy.gov/content/situation-japan)には、日本政府の調査よりも高めの数値が現れていますが、10ミリシーベルトを超える地域はありません。もちろん、最悪の事態において、10ミリシーベルト超えの可能性までは否定できませんが。

私は原発や放射能に関しては素人ですので、科学的な判断はできません。しかし、事実として、この数日の両国による放射能調査は大きく異なるものではないにもかかわらず、実際の避難勧告では、米国の半径80キロと日本政府の半径20キロでは「60キロの差」があります。この大きな差はどこからきたのでしょうか。

科学的根拠ではないとしましたら、事故発生当初において(そして今も)日本政府が諸外国政府から信用されていなかったことが、その差を助長してしまった理由の一つなのではないでしょうか。そして、この「60キロの差」は今日も世界の人々を迷わせているのです。

それではなぜ、日本政府は各国から信用されないのでしょうか。

各国からの信用を問う前に、そもそも日本人自身が政府や政治家を根底において信用してこなかったことを考えずにはいられません。日本人が今まで信じてこなかった政府を、今、急に外国に信用して欲しいと言っても難しいのです(逆に、政治家も国民を完全には信用しておらず、故に情報公開が遅れてきたとも言えます)。

日本人は(議院内閣制なので間接的にですが)2000年以降、7回も首相を替え、現在の菅直人氏は8人目です。世界的に注目された民主党への政権交代後も鳩山氏から菅氏に代わり、支持率は震災まで低迷してきました。

この間、英国の首相交代はブレア氏からブラウン氏、そして昨年のキャメロン氏の2回、米国大統領もクリントン氏からブッシュ氏、そしてオバマ氏の2回、フランス大統領はシラク氏からサルコジ氏への1回だけです。

もちろん、北アフリカの例を見るまでもなく、首相や大統領が長期政権となれば「全て良し」と考えるべきではないでしょう。しかしです。毎年のように首相が交代し、新内閣が生まれる国の政府は「顔が見えない」のも事実です。

それ以上に深刻な問題としては、私たち有権者が、今回の原発問題等を想定し、命を預けるような覚悟で政治家を選んでこなかった事にあるように思えます。

そのような有権者は米国にも英国にもフランスにも殆どいないといわれるかもしれません。しかし、これらの国の有権者は、(戦争を始める権限も含め)選んだ与党=政府が非常に大きな権力を行使できること、そして、良くも悪くも、その権力の行使の結果に対する責任を、将来的に選んだ国民が問われることを(全員ではないにしても)少なからずが、知っているように思えるのです。だからこそ、彼らは自分たちの利害に一致しない政策を政府が行う場合、デモも辞さず、個人の身をもって反対するのでしょう。

翻って日本は、第二次世界大戦後、政治家は戦争や今回の事故等、国民の命に関わるような決定を、米国や西側諸国を離れて独自にするような場面にあまり直面してこなかったのではないでしょうか。また、自戒を込めて述べれば、有権者も本当の意味で民主主義を「理解」して、いざという時に政治家に命を預ける可能性があることを真剣に考慮することに欠けていたように思えます。もちろん、それは、日本が戦後、例外的に「平和」であったことの結果ですので悪いことばかりではないのですが、このような有事の際に弱さを露呈してしまいます。

幸いにして、日本人自身が信用されていない訳ではありません。むしろ、今回の震災における日本人の行動は海外メディアでとても高く評価されています。なぜ日本人は震災時に「良き人」になり得るのかは別の機会に考察しなければなりませんが(もしかしましたら政治の停滞と表裏一体なのかもしれませんが)、少なくとも、被災地において多くの日本人が秩序を重んじ、冷静な態度を示していることは世界各国で賞賛されているのです。

(ジャーナリストの小西克哉氏が指摘するように、非常に単純化すれば、先進国の海外メディアの震災に対する論調は「一般の日本人の対応は素晴らしい」、「日本政府は信用できない」という二言に集約されますが、そのことは逆に、このような震災が他の先進国で発生した場合、人々は日本人程、秩序は守れないが、政治家はもう少ししっかり対応するだろうという仮説の裏返しになります。)

それでは、日本の一般の人々に対する評価を、政治家に繋げるにはどうしたらいいのでしょうか。それは、やはり、次の選挙にて、今回の震災を忘れず、最大の危機の際「信用することができるかどうか」を基準に責任を持って政治家を選ぶことにあるように思えます。もちろん、それは選出した政治家への絶対の服従を意味しません。選んだ与党=政府の諸政策が意にそぐわなければ、身をもって反対することも必要になるかもしれません。

おそらく、日本政府が国際的な信用を得るには、選挙民と政治家が織り成す政治空間の再構築が不可欠であるように思えます。それは、私たち日本人が信頼できる政治家を見つけ、投票し、それでも時に批判し、政治家も国民と真摯に向き合うことで国民との信頼関係を形成、維持することなのではないでしょうか。それまでは、できるだけ外国人から「日本政府を信用しているか?」と問われないように会話を進め、時間的猶予を頂くしかないのかもしれません。

2011年3月22日 14:22

本当の「トモダチ」

津波の被害による福島第一原発の事故に関連し、各国が日本に滞在する自国民にそれぞれ勧告を出しています。

17日、在日米国大使館は日本国内の米国人に対し、福島原発の半径80キロ以内からの避難を勧告しました。英国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ政府も米国に倣い、自国民に半径80キロの域外に退避するよう通達しています。

結果として、これらの勧告は、在日外国人に対し、東京から、そして日本からの脱出を勧めているかのようです。実際、フランス政府はエールフランス航空に在日フランス人の帰国のための臨時便を出すよう指示し、ロシアは既に300人以上の自国民を政府特別機等で帰国させています(19日現在)。

上記のニュースをどのように把握し、理解すべきなのでしょうか。

私は、これらは各国が最悪の事態を想定して行動しているだけであり、特別なことではないと考えます。ですから、即、東京が生活できない程、危険という訳ではなく、また、帰国した外国人が特に薄情な訳でもないでしょう。

日本の外務省も海外で大きな事件や政変が発生した場合、日本からの渡航の自粛を求め、海外在留日本人に対しては万が一を考えて、早期の出国を促します。実際、先の北アフリカの政変ではチュニジアからもリビアからもエジプトからも安全策を採って多くの日本人が帰国しています。

外交とはそうであり、外国人とはそういうものです。言葉や習慣が異なる外国での被災、トラブルを極力避けようするのは当然であり、それはそれで納得できます(私自身、ヨーロッパでは外国人ですので、こちらで何かあればすぐ帰国します)。

しかしながら、今回の避難勧告によって「トモダチ」作戦(Operation Tomodachi)と名付けられた米軍の東日本大震災の救援活動までが制限されつつあります。

福島第一原発の4号機の消火作業等に大きく貢献した米軍ですが、米国防総省(ペンタゴン)は、16日、救援活動に従事する米海軍などの要員に対し、福島第一原発の半径約80キロ以内への立ち入りを禁止しました。また、同省は、航空機を運用する兵士らには、同原発から約112キロ以内に近づく際は、ヨウ素剤を服用することを義務づけました(朝日com 3月17日)。

「トモダチ」とはそういうものかと違和感を持たれた方もおられたかもしれません。ただ、人の命がとても重い今日、軍人も例外ではなく、ペンタゴンの決定も理解できます。世界の軍人の人権が高まれば高まる程、無駄な戦争はなくなることでしょうから、歓迎すべき決定なのかもしれません。また、災害地は福島に限定されませんので、身体を労りながら、引き続き北部を中心にオペレーションを展開していただければ幸いです。

誤解のないように繰り返せば、米軍が日本で援助活動を展開してくれている事実だけでも十分に感謝すべきだと思います。被災地における米軍の存在は、単なる「トモダチ」以上なのではないでしょうか。

また、現在、日本政府が約10万人の自衛隊員(全体の半数近く)を救援に動員しており、通常の防衛体制ではありません。そのような中、米国を始め多くの海外からの救援隊が駆け付けてくれていることは、その規模、効果にかかわらず、日本に対する「国際的支持」に繋がり、日本の防衛上の観点からは非常に有り難いと言えるでしょう。故に、最大規模の米軍の「トモダチ」作戦は「友情」よりも「同盟」的な文脈で理解するべきなのかもしれません。

このような状況の中、現在、米国人歌手のシンディ・ローパーさんが、コンサートツアーのために来日しています。地震当日の11日に横田基地経由で羽田に到着した彼女は、被災者感情を考慮して公演中止をも考えたそうですが、悩んだ末に「歌で勇気、元気を与えたい」と思い、帰国せずに歌い続けることを決めたそうです(朝日com 3月17日、毎日新聞デジタル3月20日)。

外国人がどんどん姿を消す東京。通常の20倍の放射性物質が降り注ぐ中(15日、東京都の発表)、彼女のコンサートは渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて16日、17日、18日に予定通り開催されました。ツアーは更に場所を移して、今週まで続きます。

東京都福祉保健局によれば、20倍の放射線量は、健康診断のレントゲンの60分の1程度であり健康に害はないそうです。でも、自分の身に置き換えて想像してみると彼女の決断はなかなか勇気がいるように思えます。もし、自分が外国に出張に行く事になり、その地で原発の事故があったとしたらどうでしょう。出張先の仕事場は、原発事故地点から約200キロ(福島から東京と同距離)。仮に自国政府が事故地点から約112キロ以内に近づく際は、ヨウ素剤の服用を義務づけているとしたら。

私はネットを通じて、中高時代に親しんだ彼女の歌声を久しぶりに聴きました。1986年の彼女のヒット曲「トゥルー・カラーズ」には以下のような歌詞があります。

Show me a smile then, don't be unhappy, 
悲しまないで、笑ってよ。
can't remember when I last saw you laughing
最後にあなたが笑ったのはいつだったかしら。
if this world makes you crazy and you've taken all you can bear
もし、あなたが、この世界に耐えられなくなってしまったら。
you call me up because you know I'll be there
私を呼んで。そばにいくから。
(1986年発売 アルバム「トゥルーカラーズ - TRUE COLORS」の「TRUE COLORS」作詞 Tom Kelly/Billy Steinberg 作曲Tom Kelly/Billy Steinbergより引用、日本語歌詞は筆者訳)

本当の「トモダチ」、見つけたような気分になりました。

2011年3月18日 09:51

「痛み」の想像力

震災の報を耳にし、親戚、友人、知人、それからメールアドレスを知っている早稲田大学エクステンションセンターの受講生に安否確認のメールを流しました。また、仕事上の関係者にも連絡をしました。

その多くが東京及び東京近郊在住者であり、ご返事をいただき、震災当日からの東京の様子を目に浮かべることができました。そして、今、東京では少なからずの方々が、「プチ震災」(ある私の講座の受講生による表現)なされ、地震直後の停電を経験され、今週からは東電の計画停電に翻弄され、時にご立腹なされた上で、東北の被災者を思っては、恥ずかしくなっておられるようです。

(ある方は地震で大切にしていたお皿が棚から落ちて割れてしまいとても悲しみ、ある方は、地震後の最初の月曜日、通勤電車が途中で止まり、徒歩で苦労して出勤したら、他の職員が来られず結局、オフィスが休みとなり憤慨し、ある方は2歳の息子さんのおむつを買いに行くと、陳列棚は空っぽで不満を感じたそうです。)

確かに、皆さんが失ったものは、小さなモノや日常であり、多くの方が亡くなられ、今も避難生活を続けておられます東北の被災者とは状況が異なります。しかし、ご自分が受けた「痛み」を悲しんだり、立腹することは間違ってはいないのではないでしょうか。

おそらく、人は自分の小さな「痛み」の延長上にしか他者の大きな「痛み」を想像することはできないように思えます。もちろん、自分の「痛み」だけで終わってしまう方もいるかもしれません。ですから、自分の小さな「痛み」から他者の大きな「痛み」をいかに想像できるかが、非常に重要になってくるのです。

今回の震災で、ご家族、ご親戚、ご友人の安否確認をされた方は多かったと思います。まずは自分やご家族、そしてご友人の安全を考えることは自然です。

その際、万が一に備え、必要なレベルで「買いだめ」することも否定はできないでしょう(恥ずかしながら、私も地震発生後、母との最初の電話で数日分の水と食料を確保するように伝達しました)。

今、その次が問われているように感じています。

だからこそ、自分や自分の周囲の事(「痛み」)だけではなく、社会全体の公益を考える人を社会は尊重すべきであるように考えます。「偉い人」とは単純に職位や学歴ではなく、自分や自分の周囲以外の人を思い遣れる人であり、自分の利害関係のある集団(会社ならば自分の会社、政党ならば自分の所属政党)を超えて社会に貢献できる人であると思います。

多方面で言及されているように、町全体が津波に襲われた宮城県南三陸町の危機管理課職員の遠藤未希さんは、役場別館の防災対策庁舎で防災無線放送を続け、最終的に津波に襲われ、行方不明になりました。たとえ、仕事であっても、自分の命をかけての職務執行は、自己利益を超えています。彼女の勇気はいくら賞賛してもし過ぎることはありません。

今、世界で一番危険であろうとされる福島第一原発で修復活動に従事されている方々も同様です。

もう暫くしまして落ち着きましたら、このような観点から、政治家、官僚、有力企業の幹部等「人の上に立つ人」を厳しい目で見直してみるべきなのではないでしょうか。本当に「偉い人」を尊敬できる社会であって欲しいものです。

そして、自分自身を含め、一般の人々が少しずつ社会全体のことを考えられるようになればベターです。そうなれば、災害時に必要以上に「買いだめ」することはなくなるのではないでしょうか。

2011年3月15日 10:10

今、世界は日本を見ている

国内におけます観測史上最大のM9.0を記録した東日本大震災はヨーロッパでも連日、トップニュースで報道されています。

地震の前の週まで日本に滞在し、早稲田等で講義をしておりました私ですが、数日前に所用がありスイスの自宅に戻っており日本で被災しませんでした。

11日の地震の瞬間何をしていたかは今後、日本人の間で長らく語られ、また、この震災は第二次世界大戦以後、最大の「共通体験」となり、今後の日本人の思考や生活様式に影響を与えることと存じます。

私は、被災者ではない「アウトサイダー」であり、数千人規模で亡くなった方がおられ、数万人規模で行方不明者(14日現在)がおられる災害の大きさに言葉を失ってしまいます。「共通体験」の欠落は、根本的なところで「痛み」が理解できない可能性があります。

しかしながら、「アウトサイダー」である私だからこそ考えられることもあるかもしれません。ですから、今コラムでは勇気を持って震災について書かせていただきます。

まず、個人的なことなのですが、11日以降、私(及び私の妻)は滞在地のスイスにて、ご近所の方々、学校、職場関係者から「日本はどうなっているのか」、「日本の家族は大丈夫か」と次々に問われ続けました。英国留学時代に知り合った各国に散らばる友人たちからも同様の内容で数多くメールが届いています。

テレビやネットでは日本関連のニュースが中心になっています。BBCのホームページでは、この数日、最も再生された動画の殆どが日本の震災ニュースです。

おそらく、これほど日本発のニュースが世界を長時間に渡って駆け巡ったことは、過去数十年には無かったのではないでしょうか。

日本と日本国民(日本人ではなくても日本で被災された全ての人々も含みます)は、今、世界から注目されています。

なぜヨーロッパ人は日本の震災ニュースに釘付けなのか。その理由は、津波の映像のインパクト、(ヨーロッパでも原発への依存度が高い国が少なくないため)福島第一原発への関心、個人的な日本への思い入れ等様々です。

いずれにしましても、日本及び日本人は「見られています」、ただ「見られている」だけではなく、原子力事故など今後のモデルとして、教訓として学ばれているのです。例えば、ドイツ政府は14日、原発の早期廃止に向けて協議することを打ち出しています。スイスも同日、今後の原発計画の見直しを発表しました。

ある意味で、今回の地震は世界の「共通体験」でもあったのです。

被災地の方々は本当に大変だと思います。自分たちだけがなんでこんな目にと思われるかもしれません。

それでも私としては、地球規模の災害として世界の多くの人々が認識していることをお伝えしたいと思います。

それから、被災者の中で、今回の震災を前の「共通体験」である第二次世界大戦と重ね合わせてお話になる方がおられました。

確かに、東北地方の太平洋側にあり、津波の被害に遭われた地域の映像報道を見ますと「戦渦」を彷彿させます。また、こちらのスイス人でも、日本における福島第一原発の事故は、戦時中のヒロシマ、ナガサキの惨事を思い浮かべるようです。

2011年3月の東北は、世界中で第二次世界大戦をフラッシュバックさせているようです。

私個人としても東北の地は、研究に欠かせない場所であり、第二次世界大戦と切り離すことができません。

日本における国連中心主義の起源を研究する過程で、戦後、1947年に世界に先駆けて仙台にて発祥した民間ユネスコ運動に着眼したからです。

戦後直後、焼け野原の東北地方で「心の中の平和」謳うユネスコ憲章に感銘を受けた仙台の人々がユネスコ運動を起こし、同運動は瞬く間に東北地方全体に広がり、1951年の日本のユネスコ加盟、1956年の国連加盟を後押しする力になりました。

私は当時を知り、現在、仙台ユネスコ協会会長を務められる藤原五郎氏にお話を伺うために数年前、杜の都を訪れたことがあります。

私の「なぜ仙台からユネスコ運動が始まったのか」という質問に対して、藤原氏は「仙台は戦中、軍事拠点と一つだった故に焼け野原にされました」、「それ故に戦後、ゼロから平和を構築する指針としてユネスコ運動が始まったのです」とお答えになられていました。

もちろん、戦争と地震は異なります。

しかしながら、戦後の日本の国際化の原点を求めて東北に何度か足を運んだ私としては、また東北から新しい日本が始まることを願って止みません。

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プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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