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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2018年10月20日 19:14

「改革者」は、なぜ「独裁者」になってしまったのか?

サウジアラビア出身の著名なジャーナリストであるジャマル・カショギ氏が、10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館に入ってから「行方不明」になった事件が世界の耳目を集めています。

そして、ついに、サウジアラビア政府は同氏の領事館内での死亡を公表しました(BBC, 2018年10月20日)。

それによると、同氏と領事館職員が口論から殴り合いになり、その末に同氏が死亡したという内容ですが(同上)、王室のトップ(皇太子等)が事件に関与しているのではないかという疑念が拭い去れていません(AFP, 2018年10月18日)。

このニュースを、私はとても複雑な思いで見聞きしました。

実は、10月16日の早稲田大学エクステンションセンターの担当講義で、『少女は自転車にのって』(2012年)というサウジアラビアの初の長編映画を紹介しました。

同映画は、サウジアラビアの首都リヤドに住む10歳の少女ワジダが、近所の男の友達のブドゥラが自転車に乗り、「男に勝てるわけないだろう」と言ったことに対抗し、自転車を欲しいと思うことから始まります。自転車の値段は800リアルもするため、ワジダはコーラン暗唱コンテストに挑戦したり、頑張らなくてはいけないのです。

この映画の背景として、サウジアラビアにおいて基本的に女性は自転車に乗ることを禁じられていたということがあります。ところが、この映画が制作された翌年、女性が自転車を乗ることが許されることになりました。

つまり、サウジの少女が、自転車に乗りたい!自転車を買いたい!というだけのこの映画が、2012年に作れた理由があるのです。

サウジアラビアは、2011年の「アラブの春」以降、自由化、民主化が始まり、2015年に第7代の国王に即位したサルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ国王の下で、更に様々な改革に着手しています。今年に入ってから女性の自動車の運転や、女性のサッカー観戦まで解禁されました。

その改革の旗振り役が今回、「独裁者」のように報道されている国王の実子のムハンマド・ビン・サルマーン皇太子なのです。

サウジアラビアは、2016年、2030年までの経済改革計画「ビジョン2030」を発表し、(労働力に占める女性の割合を22%から30%に上げることも含む)数多くの改革目標を掲げました。

私は、経済改革計画「ビジョン2030」を持って、同国政府の今回のジャマル・カショギ氏の殺害(への関与疑惑)を肯定するつもりは全くありません。

ただ、改革の旗手であった国王と皇太子(=同国政府でもありますが)が、現在、このように「独裁者」と称されている現状を、冷静に分析しなければならないでしょう。

私は、当ブログ2011年9月 7日付、2016年5月 7日付の記事にて、誰もが独裁者になる可能性を記してきました。もちろん、改革者であっても独裁者になる可能性はあります(歴史上の多くの独裁者は、初期段階においてはカリスマ的な社会改革者でありました)。

もし、同国の改革が、独裁的な強権なしではできなかったとすれば、それは何を意味するのでしょうか。

もう一度、繰り返しますが、在外領事館での殺人事件は、サウジアラビアの「改革」とは別として捉え、事件を解明し、責任の所在をはっきりさなくてはいけません。しかし、同時にサウジアラビアの改革を(独裁ではない形で)進める方法も、模索する必要があるように思えます。

2018年10月15日 14:00

政治的アイデンティティと服の色

週末に所用があってタイの首都バンコクに行きました。

バンコクに到着すると、電車でもバスでもストリートでも「黄色い服」を着ている人が沢山いるのです。タイ人の多くが、阪神タイガースファンになり、矢野新監督の就任を祝っているという訳ではなさそうです(残念ながら黄色のモノトーンであり、縦縞は入っていません)。

現地の人に伺ったところ、2年前の2016年10月13日にラーマ9世(プーミポン・アドゥンヤデート国王)が崩御されたのですが、それを偲び、哀悼の意を表するために黄色い服を着ているとのことでした。

ただし、タイにおいて、特定の日や行事において黄色の服を着るという行為は(単に前の王様に対する哀悼の意だけではなく)非常に政治的です。

日本においてニュースでも報じられたように、タイでは地方出身で農村重視派のタクシン・チナワット首相が2001年2月に就任し、2006年9月に汚職疑惑で辞任するのですが、その頃から下層、農村、地方を土台とするのタクシン派と中間層と軍部と王党派を中心とする反タクシン派がデモを繰り返しています。

そのタクシン支持派のシンボルが赤であり、人々は赤い服を着てタクシン及びタクシン派を支持していることを表現します(巨人ファンであるということではありません)。逆に、反タクシン派(王党派)はシンボルが黄色なのです。

2006年9月、タクシン首相の汚職疑惑の後に軍事クーデターが発生し、反タクシンの王党派が政権を担ったのですが、2007年12月、総選挙で敗北し、タクシン元首相の側近や義理の弟が首相となりますが、副業禁止条項や選挙違反などで失職してしまいます。2011年7月の総選挙では、タクシン派が勝利し、タクシン元首相の妹のインラック・チナワットが首相就任しますが、その後、インラック首相は、人事問題の不正によって失職します。そして、また軍事クーデターが2014年5月に発生し、現在、王党派の軍事政権が続いています。

上記の通り、選挙で勝利して不正で失職し、クーデターが発生するという何とも言えない政治状況が続いているのですが、いずれの政権時でもデモが絶えないとうのが実態です。

いずれにしても、タイでは、黄色と赤は政治的アイデンティティを指しています。国民は、色と政治が結びついていることを良く知っており、服を選んでいることになります。

タイ.jpg

2018年10月13日 23:59

私が甲子園の最終戦を観に行かなかった理由

10月10日、水曜日。夕方、今シーズンの甲子園での最終戦となる「阪神タイガース対横浜DeNAベイスターズ」の25回戦を観に行こうか迷いました。

試合前の段階では、来シーズンも金本知憲監督は続投と報じられており、コーチ陣の入れ替えも微調整に留まるだろうと予想されていました。

今シーズン、阪神は10日の試合前において60勝79敗2分という成績で最下位、特に甲子園では、20勝39敗2分けという惨敗ぶりでした。

言うまでもなく、3年前、金本監督は、大きな期待を背負って登場しました。

「超変革」と称した1年目は、夢に溢れていました。年間成績は64勝76敗3分と負け越し、勝率457は、暗黒時代と称された野村監督の頃に遡る程の低成績でしたが、それでも、希望があったのです。

キャッチフレーズを「挑む」とした2年目は78勝61敗4分の成績で着実に力を付けてきたように見えました。

そして、「執念」となった3年目の今年、成績はワーストを記録し、勝率440はまさに暗黒時代の再来を暗示しているように思われても仕方のないものでした。

私は阪神ファンとして、上記の数字を最終戦で甲子園で実感し、来シーズンに臨むべきだと思いました。

しかしながら、三宮で雨が降り出し、帰路に就くことにしました。スケジュール上、どんな雨でも試合決行であることは分かっていましたが、負け試合になった時、雨の中で自分が耐えられるか自信がなかったのです。今年の阪神は、甲子園で1勝2敗の割合で負け続けてきましたので、甲子園には多分負けるだろうと覚悟をもって行くことになりますが、でも雨に打たれながら1年を振り返るのは辛すぎます。

そして、翌10月11日、金本監督の辞任が伝わりました。驚きはなかったのです。監督を変えれば全て解決するものではないですが、監督は、最終的に勝負の結果を(フィールドにおいて)引き受けなければいけない存在です。3年目の結果が1年目であったなら、もしくは2年目であったなら、また違った見方もできたかもしれません。

阪神ですから、外からでは分からない内側のドロドロとした問題もあったかもしれません。阪神ファンは、それでも、それさえも「兄貴」ならば乗り越えてくれるのではないかと願っていたのです。

10月13日の土曜日、阪神は名古屋ドームでビジターとして今季の最終戦を迎えました。

延長の末、3-2阪神が勝利し、金本監督の最終試合を白星で飾りました。

試合終了後、名古屋の阪神ファンは、金本監督に対して、現役時代の応援歌を合唱し、お別れしました。私はテレビ観戦でしたが、何となく金本監督としてではなく、金本選手へ送られた餞別の歌であるかのように聞こえてきました。

2018年10月11日 00:22

映画が社会の固定観念を変える: 映画『おくりびと』の社会的インパクト

映画の力もまだ捨てたものではない、と思わせてくれた作品です。

映画『おくりびと』
制作国 日本
制作年 2008年
監督 滝田洋二郎
出演 本木雅弘, 広末涼子, 山崎努

あらすじ
【東京の管弦楽団のチェロ演奏者だった小林大悟は、楽団が解散してしまい失業する。音楽の道では食べていけないと、妻・美香と共に自分の故郷の山形県酒田市へ帰ることにする。酒田で、仕事を探していると、新聞の求人広告で「旅のお手伝い」と書かれたNKエージェントの求人広告を見つける。旅行代理店だと考え、面接を受けに行くと、業務内容は人生の「旅立ち」を助ける納棺であった。困惑する小林を、NKエージェントの社長である佐々木は、強引に入社させてしまう。帰宅し、妻に仕事内容を聞かれた小林は、「冠婚葬祭関係」としか言えなく、妻にも黙って納棺の仕事を始まることになる。紆余曲折ありながらも、小林が仕事になれてきた頃、小林が納棺の仕事をしていることが、妻や友人たちにばれ始め、旧友の山下からは「もっとましな仕事に就け」と言われ、妻・美香からも「そんな汚らわしい仕事は辞めて」と迫られ、仕事を続けていると美香は実家に帰ってしまう。】

「職業に貴賎無し」と言いながら、人気のある仕事と、人気のない仕事があります。給与の高い仕事は総じて人気がありますが、この物語では、給与が高いにもかかわらず、人気のない(この映画はヒットするまではなかった)納棺師がテーマです。

なぜ、納棺の仕事が人気がないか(なかったか)と言えば、人の死に係る仕事であるからでしょう。不思議なことに、人間が誕生する際のお助け人である産婦人科の医師や助産婦は人気のない仕事ではないのです。人は生まれて、死ぬのに、なぜ死ぬ時の仕事は、生まれてくる時の仕事と認識が異なるのでしょうか。

この世に生み出されることにポジティブさがあるのに、この世から(死に)行く場合は穢れに結び付くネガティブさがあるのです。

哲学的・文化人類学的な議論は別として、そんな納棺の仕事を「おくりびと」という新しいコンセプトで提示したこの作品は、人々の固定観念を変えることに成功したと言えるでしょう。

さて、それでも、納棺師の仕事は高給です。だから、(固定観念を変えるのは難しかったとはいえ)考え方次第でもあったかもしれません。

単純労働で低賃金のケースで、人々のイメージを変えるような映画が作れるでしょうか。更に、映画の可能性を模索してみたくなりました。

2018年10月10日 00:20

2018年モンゴル訪問記(番外編): 余り物には福がある

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月2日~9月12日までモンゴルで国際交流とボランティア活動に従事してきました。学生8名、私を含めて神戸ユネスコ協会理事7名の合計15名の団体です。国籍別としては日本(6名)、ネパール(1名)、ベトナム(5名)、中国(2名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

【9日目~11日】
関西空港の閉鎖のため東京着のフライトを再予約したのですが、次に空席があるフライトが9月12日ということで、15名のうち7名(うち理事が2名)が3日間、ウランバートルに残留しなければならなくなりました。

実は、帰れない(足止めされている)というプレッシャーは学生も理事(教員)もかなりあり、どのように足止め期間を楽しく過ごすかについて7日目、8日目は悩んでいました。

まず、滞在費を抑えるためにAirbnbという民泊予約サイトを利用して、一軒家を借りました。大使館街と諸大学に囲まれた閑静な住宅街の1軒屋だったのですが、近くにEmartという韓国系スーパーがあり、日本の食材も売っていたため夕飯は自炊することにしました(私も腕を振るいました)。

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皆で作りましたベトナム、中国、日本の合作料理?

私たちはチケットが取れず、残留組なのですが、いうなれば、私たちの「ゲル」を作ったつもりでワイワイすることにしました。

9月10日は、食事を作り、2日目は今回の団長役だった唯一のモンゴル人のエナさんの一家を招き、9月11日は大草原のゲルに泊まられて頂いたバトジャルカルさんがウランバートルに来られるということで、お招きしました。大した料理は作れませんでしたが、少しでも借りを少し返せたような気分になりました。

私たちの民泊「ゲル」の国籍は、ベトナム、中国、日本ですが、共通語は日本語でした。私が強要したのではなく、皆、日本に留学していますので、共通言語として一番通じるのが日本語だからです。日本国籍は私、1人でしたが、それ故に、国際語としての日本語を考えざるを得ない環境でした。

彼らとウランバートルの町を歩くと、なぜか靴屋の宣伝に使われているトトロや、寿司屋のの看板娘の絵が中国人のようだったり、モンゴルの小学生(訪問したユネスコスクールのモンゲニ校)が書いたちょっと違うようなドラえもんも許されてしまうような感覚に陥ります。なぜか、間違いだらけの日本語も、モンゴルでは注意することが憚れました。

S__2220038.jpg
ウランバートルの中心にある靴及び靴下のお店の「トトロ」

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ウランバートル市内のお寿司屋さん

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モンゴルのユネスコスクール「モンゲニ校」の教室に貼られていた「ドラえもん」

朝青龍.jpg
お土産屋さんで飾られている横綱・朝青龍のイラスト

2015年の第一回カンボジア、2016年の第二回カンボジア、2017年のネパール、そして、今回、2018年のモンゴルと、神戸ユネスコ協会の国際ボランティア企画は、計4回となりました。次回はベトナム人留学生が中心となって(彼らにとっての母国)ベトナムに行くことが決定しています。

それぞれの滞在日数は短いけれど、帰国後も関係者と連絡を取り続け、日本、カンボジア、ネパール、モンゴル、ベトナムの「点」を繋ぎ、「線」にしていければベストだと思います。そのためにも、帰国後が重要になってきます。今後、どのような展開になるのかが楽しみです。
プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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