QuonNet(クオンネット) まなぶ・つながる・はじまる・くおん




グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年9月17日 01:42

2017年 ネパール滞在記(5): どうやって手工品を市場で売るかを考えるボランティア

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

「寺子屋」を運営していますNGOであるNational Resource Centre for Non-formal Education(NRC-NFE)の本部を後にし、午後は やはり、車で30分程のラリットプール郡「クンベシュワール寺子屋」を訪問しました。

同寺子屋は初めての訪問でしたが、やはり、ここでも手に職を付けるための職業訓練を実施していました。ここでは、綿を中心としたさまざまな織物を手作りで行っていました。

Image_735b3ee.jpg

ここで、私たちは、ボランティアとして寺子屋において避難訓練の説明もしたのですが、多くの時間をどのようにしたら彼らの製品を販売できるのかという問いを考えることに費やされました。

アイデアのボランティアと言ってしまえば、かっこがいいのですが、具体的な案を出すのは容易ではありません。

学生たちからは、外国人向けに売るなら「もっとネパール食を出した方が良い」、「ネパールといえばエベレストだから、エベレストが絡む商品を作るべきだ」、「そもそも、織物ではなく、ネパール・グッズのほうがいいのではないか」等です。中には、「ネパールはククリと言われる刃物が有名なので、寺子屋とUNESCOのマークを入れて、平和利用のために売ったらいいのではないか」という突拍子もないアイデアも出ていました。

Image_30e7760.jpg
手工品を市場でどのように売るべきかを議論

売り方に関しても、「ネットの活用すべき」、それから、「ネパールのカトマンズ空港には免税店が少なく、ネパールコーナーをもっと大きくして、そこで特産品を売る」等と意見が飛び交いました。

私は、午前中同様、現段階での商品化よりも、(折角、文字を覚えただから)もっともっと村の人々に勉強して欲しいと心の中でつぶやきました。しかし、学び続けるとしても、人は食べていかなくてはいかないので、厄介ではあります。

1時間ほど議論をした後、最後は、歌を歌って別れることにしました。まずは、ネパールの寺子屋スタッフチームと私たちのネパール人学生が、ネパール人ならば誰でも知っているという大ヒット曲「Resham Firiri」を歌いました。次に日本人チームが「富士山」、中国人チームが「朋友」、ベトナム人チームは「Nối vòng tay lớn 」という曲を歌いました。

Image_7112ca2.jpg
ベトナムの歌を歌う神戸ユネスコ協会青年部のフエン君

皆で、「ブレーメンの音楽隊」のように楽しそうに歌っていると近所の子供たちが集まってきました。

外は薄暗くなり、私たちはカトマンズのホテルに戻ることにしました。ホテルでは、また80年代、90年代、00年代の懐かしいヒット曲が流れていました。

そんな中、名前が長過ぎて飛行機に乗れなかったモンゴル人の通称エナさんが、ホテルに到着しました。これで、「音楽隊」も全員揃いました。

2017年9月16日 00:28

2017年 ネパール滞在記(4): 2日目「寺子屋」の終了と教育支援の継続の必要性

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

ラリットプール郡マハーラクシュミ市「シディプール寺子屋」の訪問を終え、ネパールにおいて日本ユネスコ協会連盟から委託を受け、「寺子屋」を運営していますNGOであるNational Resource Centre for Non-formal Education(NRC-NFE)の本部に伺いました。

Image_307fb4f.jpg

image (1).jpg

カトマンズに隣接するパタン地区にありますNRC-NFE事務局では、ディル・スレスタ所長をはじめスタッフの皆様が歓迎して下さりました。挨拶後、早速、寺子屋とネパール全体のコミュニティ・ラーニング・センター(CLC)についての説明を受けました。

「寺子屋運動」は、1990年から始まった日本ユネスコ協会連盟の途上国支援のプロジェクトです。その名の通り、日本の江戸時代における庶民の教育機関である「寺子屋」から名付けられたものです。ネパールでは、2002年から同プロジェクトが開始されています。

ネパールは、2011年においても識字率が65.9%(外務省)に過ぎなく、特に女性の識字率は約44%と世界でも最低レベルにあり(日本ユネスコ協会連盟)、貧困等のため学校に行けなかった人々に、寺子屋はその機会を与えてきました。

現在、日本ユネスコ協会連盟は、17軒の「寺子屋」を運営していますが、目標としてきた成果が得られたということで、2019年7月に終焉する予定です。

確かに、読み書きができる人が増えてきましたが、前回、言及しました通り、手に職を付けるまでには到達していません。現在、寺子屋では職業訓練プログラムも始まっていますが、どうも、現金収入に繋がっているとは考えられないのです。

私が教育現場にいるからではないのですが、ネパールでも読み書きができれば、すぐ仕事が見つかるわけではなく、私は、少なくても中学校程度の学力が必要であるように思われます。もちろん、働きながらではないと持続可能ではないのですが、地元の小学校、中学校(セカンダナリースクール)に夜間部を作り、教育環境を整える必要があるように感じます。

おそらく、そうなれば、(昨年、訪れたカンボジアでもそうだったのですが)初等教育、中等教育における教師不足が問われてくることでしょう。日本では、国立大学の教育学部の改組が相次いでいますが、アジア全体から考えれば教師の育成需要は高いのです。

「寺子屋」という教育支援は成功を収めました。続いての教師育成の支援が求められています。

2017年9月15日 22:22

2017年 ネパール滞在記(3): 2日目 笑顔についての考察

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

カトマンズ滞在2日目は、前夜の生演奏カラオケ劇場(宿泊ホテルの5F)が朝食会場となっていました。女性にとても優しい(従って私には不愛想な)男性ウェイターに何とかイングリッシュ・ブレックファーストをお願いし、コーヒーを2杯頂きました。

さて、本題のボランティアです。

今回のボランティアは2つの目標がありました。まず、日本ユネスコ協会連盟が現地のNGOであるNational Resource Centre for Non-formal Education(NRC-NFE)と共に運営しています「寺子屋」と呼ばれるコミュニティ・ラーニング・センターを訪問し、授業をお手伝いすることです。もう一つは、現地の小学校、中・高校を訪れ、地震時の避難訓練を行うことでした。

NRC-NFEは2年前に訪問した際もお世話になったNGOで、今回も男性スタッフのスークラさんが私たちにお付き合いくださいました。

まず、最初に、チャーターした15人乗りのマイクロバスに乗って、カトマンズ市内から30分程のラリットプール郡マハーラクシュミ市「シディプール寺子屋」に行きました。私が、2年前にその「寺子屋」を訪問した際は、震災直後で授業どころか人々の仮設住宅となっていたのですが、今回は、電気工事士になるための短期講習が行われていました。

IMG_2961.JPG

「寺子屋」は全国平均で60%台という低い識字率を向上のために運営されてきましたが、カトマンズ周辺では識字率が上昇してきたこともあり、簡単な職業訓練講習に変わりつつあるのです。

その理由は、文字が読めただけでは直接的に職に結び付かないということが大きいと考えられます。文字を読めることは生きていく上で、非常に大切ですが、現代社会で食べていくためには十分ではないのです。

この講習への参加者は、ざっと20人で年齢層は10代から40代までと幅が広かったのですが、全員地元の人たちで、地元で仕事をするために技術を身に着けたいということでした。

私たちは、職業訓練授業に参加させて頂き、話をさせて頂きました。日本から来た私たちのチームには、日本で学ぶネパール人留学生が4人いますが、その1人は以前、ネパールで電気関連のエンジニアをしていたこともあり、話が盛り上がりました。

IMG_2959.JPG

4人の語り口は、日本(神戸)の大学の教室で見るより遥かに堂々としており、故郷に錦を飾るような感覚なのかもしれません。

私たちが日本で作成した避難訓練パンフレット(ネパール語版)をお見せしながら、地震時の避難訓練も説明しました。

教室を後にし、事務所で同「寺子屋」の歴史や事業計画などの話を伺いました。

バスに戻ろうとすると、村の広場でお婆さんが地べたに座り、何か工芸品を作っている(編んでいる)姿が目に入り、近寄ってその見事な手捌きを拝見しました。作品は、藁で作る座布団のようなものだったのですが、商品にしてカトマンズで売ると言うことでした。

IMG_2972.JPG

電気工の短期講習も有益でしょうし、手芸品もお見事ではあるのですが、果たしてどれくらい現金収入になるのか考えざるを得ませんでした。

識字率向上のために設けられた「寺子屋」と「寺子屋プロジェクト」は次の課題に直面していると実感しました。

と同時に上のお婆さんもそうですが、皆、笑顔が絶えず、瞬間的にはとても幸せそうにも見えます。

見た目の笑顔が、経済的な「幸福」を意味しないのも確かであり、彼らはこの「苦境」から脱しようと必死なのです。先進国の人たちが、途上国に人々に「あなたたちは私たちが失ったものを持っている」というのは、常々、傲慢であると思っていますが、でも(たとえ、将来失われるとしても)今の彼らの笑顔が素晴らしいのは事実です。

2017年9月14日 03:44

2017年 ネパール滞在記(2): 1日目 カレーは手掴みで食べなければいけない

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は、日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

カトマンズ滞在1日目は、各地からチーム全員が集まる日でした。モンゴル人の通称エナさんが、何と本名が長過ぎて全部をチケットに記載していなかったという理由で飛行機に乗れず、到着できませんでしたが、他全員が集合しました。

宿泊先は、カトマンズ市内の繁華街タメル地区にある1泊1部屋(2人)3,000円~4,000円の部屋でしたが、現地では3星から4星とされており、部屋も広く、比較的良いホテルでしたが、2年前と同様、水は黄色でした。

最初の夕食は、ホテルの数軒隣の何でもレストランに行きました。そこで、ネパール・カレーを食べたのですが、折角ならばネパール風にということで、私たちのネパール人学生が右手で手掴み食べる正式な食べ方を教えてくれました。子供の頃、手で食べることを怒られてきた日本人、中国人学生たちは難しいのですが、ネパール人学生は見事に美味しく食べてくれます。文字通り、手真似で私たちもやってみるのですが、なかなかリズムよくはできませんでした。

image (2).jpg
文字通り、「お手本」を見せるスマン君

ただ、周りを見渡すと、手で食べている(食べようとしている)のは私たちだけでした。明らかにネパール人とみられる人々もネパール・カレーをスプーンを使って食していました。それもまた、大都市カトマンズの一面なのかもしれません。

それから、そこでネパール人学生に勧められ、「モモ」と呼ばれる水餃子を食しました。とても美味しく、それから毎日、私たちのチームの誰かが「モモ」を注文し続けることになります。

image (3).jpg
ネパールの水餃子「モモ」

食事が終わり、ホテルの3Fにある部屋に戻りますと頭の上から音楽がガンガン鳴り響いてきます。最上階の5Fのバーで、何やらコピーバンドがちょっと昔(80年代~00年代)のヒット曲を生演奏しているのです。お客はそれに合わせて合唱しているので、集団カラオケのような感じです。

これもネパール人の学生に聞いたところ、カトマンズ市内のこのランク(3星、4星)のホテルには最上階がカラオケ・バーもしくは生演奏バーになっているところが多いそうです。

「先生、このぐらいのホテルならば、どこも同じです」と言われても、騒がしく眠れないので、レセプションに聞いてみると12時には演奏が終了するということでした。「オアシス」等の名曲の合唱に耳を傾けながら翌日からのボランティア活動に備えるべく、ベットに入りました。

目を閉じると、そういえば、2年前に訪れた際、市内を歩いていると、カレーの匂いと野良犬の遠吠え(野良犬が本当に多い町でした)と共に、どこからかボビー・マクファーリンの「Don't Worry, Be Happy」の口笛が流れてきたことを思い出しました(当ブログ, 2015年9月15日)。

昔の音楽に乗って別の世界にやってきた(同時にタイムスリップしたような)感覚になってきます。でもそれが私の知っている思い出のある曲なので、余計に何かズレているような気がするのです。

なかなか寝付けないまま夜が更けていきました。

2017年9月13日 22:28

2017年 ネパール滞在記(1): 1日目 Dust Gets In Your Eyes(埃が目に染みる街)・カトマンズ

神戸ユネスコ協会理事/日本経済大学ユネスコクラブ顧問として、9月1日~9月8日までネパールでボランティア活動に従事してきました。個人的には、ネパール地震後に訪問しており、2回目となりました。今回は、私1人ではなく、学生11名、神戸ユネスコ協会理事2名の合計13名の団体です。学生は日本に学ぶ留学生が中心となっており、国籍別としては日本(2名)、ネパール(4名)、ベトナム(3名)、中国(3名)、モンゴル(1名)の5カ国に跨る多国籍チームでした。

9月1日、私は関西空港発(17:25)のタイ航空便で、ネパールのカトマンズに向かいました。

もっとも、私と同行したのは2名だけで、母国に一時帰国している中国人学生たちは、中国ルートでそれぞれ各地から雲南省昆明経由でカトマンズへ、ベトナム人の3人も、関西空港発の格安チケットで、中国東方航空便を利用して、2回(上海と昆明)乗り換えてカトマンズ入りしました。

学生たちの多くが利用した、2回乗り換えのこの航空券は往復約4万円という文字通り格安なのですが、昆明で1泊しなければならないのです。このルートを何度も使っているネパール人学生によれば、謎のインド人(バングラデッシュ人の時もあるとか)が迎えに来てくれ、送迎と宿泊込みで2000円という破格の値段でサービスしてくれるそうです(私が、事情通の学生に「空港の近くに宿泊するのですか」と尋ねたところ、「山の方に行きます」とのことでした)。

数カ月前、「先生もどうでしょうか」と私も、学生たちから昆明経由を誘われていました。正直、謎のインド人のサービスには興味がありましたが、2ストップは体力的に自信がなく、タイ航空利用のバンコク経由で一足先にカトマンズに入りすることにしました。ちなみにタイ経由の場合、往復で8万円弱でした。

昆明経由組は、私たちよりも先に関西空港を出発したのですが、到着はかなり後でした。飛行機は、同じ目的地ならば、長時間乗れば乗る程、値段が安くなるという事実を改めて確認することになりました。

タイ航空は快適でした。関西空港からはバンコクまではほぼ満席でしたが、バンコクからカトマンズのフライトは、席も適度に空いており、例によって窓側から一杯になっていました。窓側に座っている人は、ネパール人が多く、ネパール人は飛行機に乗る際、窓際の席を好むことを2年前に学んだことを思い出しました。私たちと同行した日本経済大学ユネスコクラブの代表のネパール人留学生・ラズ君も、窓際に座れなくて、残念そうに通路側に座っていました。

私たちタイ経由組は、9月2日のお昼過ぎにカトマンズのトリブバン国際空港に着きました。前述のラズ君の従弟が車で迎えにきて下さっていました(ラズ君は、自分の従弟の顔が、ある相撲レスラーに似ているというのですが、関取も多国籍化しているので、それは日本人に似ているという意味にならないと思いながら、言葉にはしませんでした)。

前述の通り、私はちょうど2年前にカトマンズに来ています。当ブログでもご紹介しましたが、大地震の後4カ月しか経ていない時期で、地震の大きな爪痕が至る所で見られました。

今回は、人生2回目のネパールでしたが、個人的には2年前と比較して復興の度合いを見てみたいと考えていました。

【2年前の「ネパール滞在記」は以下の通りです】
(1)初日「皆、良い人なのに、信用できない?」
(2)初日「砂埃の都市、マスクをする人々」
(3)初日「誰もが夕食に招いてくれる村」
(4)初日「野良犬と駄菓子屋と奢られる私」
(5)2日目「電線から火花が飛び散る」
(6)2日目「なぜ、若者はトランプをするのか?」
(7)3日目「物資支援はロジステックスが一番お金と時間がかかる」
(8)3日目「また、会いましょう」
(9)3日目「ダラえもんとゴールデンボンバーとええじゃないか」
(10)4日目「Before and After」
(11)4日目「何が白タクで、何が黒タクなのか」
(12)5日目「仏様の経済力と回って回って回る」
(13)5日目「自分の娘が神様になったら嬉しいか?」
(14)6日目「Till we meet again」

空港から市内に入ると、例によって「埃」が舞っていました。2年前同様、道路が埃だらけであり、それが舞い上がり、煙のようにさえなっています。早速、車内にいながらも、マスクをして対応したのですが、この時から毎日、日本製の白いマスクが茶色になる日々が続くことになります。

この「埃」は道路工事の不備からコンクリートが剥げてしまい、カトマンズ市内の交通量が増えていることもあり、砂埃が常に舞っているのです。

それでは、どうしてコンクリートが剥げるようないい加減な工事をしたのかということですが(一言でいえば、都市計画の失敗なのですが)、工事を請け負った会社がコスト安く上げるため(利益のため)、手を抜いたというのが通説のようです。

私たちの4人のネパール人学生たちは、工事会社の社員は皆、豪邸を立てたという噂があるという都市伝説のような根拠のない話をしていましたが、とにかく、ヒマラヤの国の首都カトマンズの埃はある意味でシンボルになりつつあります。

前出のラズ君は、私たちの滞在期間中、親戚の家に泊まり、私たちのホテルに毎日バイクで通ったのですが、ヘルメットを取ると目が真っ赤で「埃が目に染みます」と泣いていました。

日本の留学生である彼にとって、カトマンズの埃は私たち同様苦しかったようです。しかし、どうしてカトマンズが埃の街になってしまったのか、誰か本格的に研究して欲しいものです。

プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
月別アーカイブ
2017年9月
2017年8月
2017年7月
2017年6月
2017年5月
2017年4月
2017年3月
2017年2月
2017年1月
2016年12月
2016年11月
2016年10月
2016年9月
2016年8月
2016年7月
2016年6月
2016年5月
2016年4月
2016年3月
2016年2月
2016年1月
2015年12月
2015年11月
2015年10月
2015年9月
2015年8月
2015年7月
2015年6月
2015年5月
2015年4月
2015年3月
2015年2月
2015年1月
2014年12月
2014年11月
2014年10月
2014年9月
2014年8月
2014年7月
2014年6月
2014年5月
2014年4月
2014年3月
2014年2月
2014年1月
2013年12月
2013年11月
2013年10月
2013年9月
2013年8月
2013年7月
2013年6月
2013年5月
2013年4月
2013年3月
2013年2月
2013年1月
2012年12月
2012年11月
2012年10月
2012年9月
2012年8月
2012年7月
2012年6月
2012年5月
2012年4月
2012年3月
2012年2月
2012年1月
2011年12月
2011年11月
2011年10月
2011年9月
2011年8月
2011年7月
2011年6月
2011年5月
2011年4月
2011年3月
カテゴリーアーカイブ
カンボジア (27)
スイス (26)
スポーツと社会 (114)
ネパール (20)
国際事情(欧州を除く) (223)
大震災/原発事故と日本 (28)
御挨拶 (13)
日本政治 (121)
日本社会 (258)
映画で観る世界と社会 (281)
欧州事情 (92)
留学生日記 (61)
英国 (95)

ページトップへ

カレンダー
<< 2017年09月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
2017年 ネパール滞在記(5): どうやって手工品を市場で売るかを考えるボランティア
2017年 ネパール滞在記(4): 2日目「寺子屋」の終了と教育支援の継続の必要性
2017年 ネパール滞在記(3): 2日目 笑顔についての考察
2017年 ネパール滞在記(2): 1日目 カレーは手掴みで食べなければいけない
2017年 ネパール滞在記(1): 1日目 Dust Gets In Your Eyes(埃が目に染みる街)・カトマンズ
最新コメント
Netent's revenues in...
Posted by implantes allergan
† Get Fast Cashout...
Posted by servicio tecnico madrid
はじめまして、書き込...
Posted by たか
あなたもまだお若い。...
Posted by 葵東
青春時代に見て感動し...
Posted by 小林 千三
最新トラックバック
この社会での性的魅力
from 哲学はなぜ間違うのか
ひとつ/長渕剛(Cover)
from 今日の天草