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グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~

2017年4月16日 00:49

桜は、人々の過去と未来を繋ぎながら咲く

桜の季節も終盤に入りました。

今年度、私は勤務校で留学生向けの「日本事情」をも担当することになりました。講義後、あるネパールからの留学生から、姫路にお花見に行ったのですが、なぜ日本人は桜が好きなのですかという質問を受けました。

なぜ、日本人は桜が好きなのか定かではありませんが、随分前から日本人は桜が好きだったようです。

平安初期の『古今和歌集』には、桜を詠んだ歌が70首あったそうです(「昔は桜より梅が人気?花見の歴史の知られざる変遷を紹介」サイト『花と贈りものだより』)。鎌倉時代及び安土桃山時代には、武士階級にも桜のお花見が広がり、江戸時代には庶民の間にも花見文化が浸透していったとされます(同上)。

桜の花は21世紀でも日本人のお気に入りです。2000年以降の歌謡曲を見ると桜は大ヒット曲の主役になっています。

コブクロ「桜」(2000年)
福山雅治「桜坂」(2001年)
森山直太朗 「さくら」(2003年)
河口恭吾 「桜」(2003年)
レミオロメン「3月9日」(2004年)
ケツメイシ「さくら」(2005年)
いきものがかり「Sakura」(2006年)
FUNKY MONKEY BABYS 「Lovin' Life」(2007年)
AKB48「桜の栞」(2010年)

これらの名曲は、卒業等に絡んで「別れの曲」、4月を迎えて新しいスタートを(改めて関係性を継続することを含めて)「始める曲」に分類できると考えます。

「別れの曲」の代表作は、森山直太朗 さんの「さくら」(2003年)であり、コブクロ「桜」(2000年)、いきものがかりの「Sakura」(2006年)になるでしょう。

改めて「始める曲」としては、河口恭吾さんの「桜」(2003年)やレミオロメン「3月9日」(2004年)、FUNKY MONKEY BABYS 「Lovin' Life」(2007年)等が該当するのではないでしょうか。

桜は、卒業式シーズンから入学式シーズンをカバーして花を咲かせます。別れと(年度が変わっての)4月からの出会い、あるいは関係性の継続を見守り続け、春の人間関係の多様なメタファーになっているのです。

そして、桜は過去と未来を結びます。

「別れの曲」では過去の時間を、「始めの曲」では未来に向いているのです。

桜は開花から満開まで半月ほどです。気温や気候によって変化はしますが、最長でも1カ月、桜の花を見続けることはできないでしょう。

その短い「命」に、多くの日本人の時間を繋ぐ役割を担います。短い花にもかかわらず(だからこそ)、桜は人々の過去の記憶と未来の理想のメタファーになり得るのでしょう。

2017年4月15日 23:55

浅田真央選手の引退にただ思う

周知の通り、2017年4月10日、浅田真央選手(以下、敬称略して真央ちゃん)がご自身のブログで引退を発表しました。僅か数日前のニュースにもかかわらず、あっという間に国民に共有されたからか、随分前の出来事のようにも感じられます。

当ブログにおいて私は、何度か真央ちゃんに言及しています。
浅田真央選手に託したもの」(2014年2月22日)

そして、今回の真央ちゃんの引退をどのように文字化すれば良いのか、と悩む日々でした。時代が生んだ○○として浅田真央論を展開するのも陳腐なように思え...。

真央ちゃんの引退については、なぜ今なのか、もっと早く引退できなかったのか、が問われています。

なぜ今かを考えれば、直接的には2016年全日本選手権においてSP8位、フリーも振るわずトータル12位だったことが大きいと、ご本人も述べられています(産経ニュース、2017年4月12日)。

しかしながら、復帰後、成績が伸びなくてもなかなか引退できなかった理由は、浅田選手が引退したら大手広告代理店がフィギュアスケート界から手を引く可能性があったから(Business Journal, 2017年4月13日)、浅田選手の獲得するお金(試合の賞金、アイスショーの報酬、広告出演料、日本スケート連盟の補助金やスポンサーの賞金)の95%を日本スケート連盟やマネジメント事務所等が引き抜いており、彼らが浅田選手を辞めさせなかったという「大人の事情」があったと囁かれています(FOCUS-ASIA.COM, 2014年4月11日)。

いずれにしましても、ソチ五輪終了後、復帰は「ハーフハーフ」という言葉を残して休養していた真央ちゃんは、2015年10月に復帰したのです。

「大人の事情」は好意的に言い換えれば、多くの国民が復帰を求めたということでもあり、真央ちゃんはそれに答えようと本気で復帰を図ったのでしょう。それがお金のためではなかったからこそ、今回の引退が感動を呼ぶのではないでしょうか。

そして、真央ちゃんは引退しました。

元フィギュアスケート日本代表の渡部絵美氏は、「何よりも「浅田真央」というイメージが一度も狂うことなく、長い選手生活を終えたのも本当に素晴らしい」と言い、「普通の女の子なら、高校生や大学生になったら遊びたいとか冒険してみたいという気持ちが出てくるころです」と真央ちゃんが、真央ちゃんを演じきったことを賞賛しています(dot, 2017年4月11日)。

真央ちゃんは、今月12日の引退会見において結婚の予定について聞かれ「結婚のご予定は、ないです。お相手がいれば、その方と一緒に帰られたんですけど」と答えました(日刊スポーツ、4月12日)。

これからも、真央ちゃんの一挙一動が注目され続けてしまうことでしょう。しかし、私たちは、(寂しいけど)真央ちゃんの人生を真央ちゃんに返してあげるべきなのかもしれません。

2017年4月 9日 12:53

守るべき「家」が意味するものとは?:ドラマ『ダウントン・アビー シーズン5』が描く「大人の恋」とその終焉

NHKの地上波で、昨年末から2月にかけて英国のテレビドラマ『ダウントン・アビー シーズン5』が放送されました。

ドラマ『ダウントン・アビー ~華麗なる英国貴族の館~ シーズン5』
(原題Downton Abbey, Series 5)
制作国  英国ITV
制作国  2014年
脚本  ジュリアン・フェロウズ

あらすじ
【労働党が英国で初めて政権を担った1924年。グランサム伯爵家と使用人たちにも大きな変化が訪れる。グランサム伯爵の長女のメアリーは再婚相手としてギリンガム卿を見極めきれず、2人で小旅行に出かけ、別れを決意する。次女イーディスも、ドイツで亡くなった恋人グレッグソンの娘を産み、農家に預けるが気になって仕方がなく、引き取りたいと願っている。メアリーの義理の母イザベルは高齢のマートン卿からプロポーズされ、グランサム伯爵の母バイオレットは、以前、恋仲だった英国亡命中のロシア貴族クラーギン公爵と再会し、公爵から再度、告白される。使用人たちは、執事のカーソンが、家政婦長のヒューズに結婚を申し込み、下僕のモールズリーと侍女のバクスターも親密な関係に至る。一方で、侍女のアンナ・ベイツは殺人容疑で逮捕され、夫のジョン・ベイツが犯人は自分だと名乗りでる。伯爵の三女シビルと結婚し、(シビルを病気で失っている)元運転手のトムは、一人娘と共に渡米することを決意する。】

シーズン5は、シーズン1~3まで物語の中心であった長女メアリーの恋愛話が脇役となり、それぞれの「恋」が展開していきます。

そして、(ネタバレですが)いずれのケースも、その関係は成立しません。

メアリーの亡くなった夫マシューの母イザベルは、妻に先立たれた高齢のマートン卿からプロポーズされますが、マートン卿の子供たちに反対され結婚を断念します。

グランサム伯爵の母バイオレットも、昔、駆け落ちしようとまで考えた亡命ロシア貴族のクラーギン公爵から愛の告白をされるのですが、生き別れていたクラ―ギン公爵の妻が見つかり、二人の関係は振り出しに戻ります。

一方、下々の使用人の世界でも、執事のカーソンと家政婦長のヒューズの高齢カップルが誕生しようとしています。

シーズン5は60代、70代の「大人の恋」の物語が中心となり、全てが諸事情によって影響され、カーソンとヒューズ以外は結ばれません。30代、40代の「若者」は、恋愛ではなく自分の道を見つけようと努めます。

しかし、徹底的に1924年を舞台した成就しない「大人の恋」に拘るのでしょうか。

登場人物たちは、個の感情を抑えて家の体裁を重んじます。言い方を変えれば、自分が長年築いてきた時間=「家族」を選びます。家を持たない執事のカーソンと家政婦長のヒューズだけが、彼らの共有した時間の長さ故に幸せを得られるのです。

英米社会における家族の肖像は複雑化しています。離婚、再婚は「普通」となり、家族の構成は簡単ではありません。

ドラマは成就しない「大人の恋」を描いて何が言いたいのでしょうか。大衆化時代において弱体化する貴族制度と複雑化する家制度を同一視しようとしているのでしょうか。

2017年4月 8日 22:51

「Emoji」: 新しいグローバル・コミュニケーション・ツール

先月、スイスのジュネーブ市を訪れた際、買い物のために市内の生活協同組合(COOP)を訪れると、「EMOJI」(絵文字)フェアをしていました。

買い物の金額20フラン(約2,200円)毎に絵文字の消しゴムサイズの絵文字のフィギュア人形が貰えます。その人形を使ったゲームも販売されており、買い物袋もEmojiのワードが刻印されています。

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スイスだけではありません。日本発祥の絵文字は、米国のニューヨーク近代美術館に176種類が展示されています( "Look Who's Smiley Now: MoMA Acquires Original Emoji", The New York Times, 26 October 2016)。

オランダの航空会社KLMはEmojiとコラボして旅案内をしています(https://emoji-messenger.klm.com/)。

英国のBBCでも詳細に解説されています("The Rise of the Emoji", BBC, 23 March 2017)。英国での爆発的人気ぶりは、ロンドンの通訳・翻訳会社Today TranslationsがEmoji翻訳者を募集したことから窺い知れます("Emoji translator wanted - London firm seeks specialist", BBC, 12 December 2016)。

今、Emojiはグローバル・コミュニケーション・ツールであり、Emojiという言葉は、世界語なのです。

そして、重要なことは、何よりもグローバル・コミュニケーション・ツールでありながら、特定の言語を用いない点です。世界のどの国の人にとっても、Emojiへの距離は基本的に同じです(世界共通語とされる英語は、その使用において英語圏の人間が圧倒的に有利です)。

そもそも絵文字は、NTTドコモのiモードの開発チームの一員であった栗田穣崇氏の監修によって開発され、1999年に携帯電話に初めて導入して普及したものですが、この17年間に世界に広がりました(ロイター, 2016年 10月 27日; CINRA.NET, 2016年10月27日)。

瞬く間に世界化した絵文字ですが、地域性に限定されるケースもあります。例えば、以下のようなアラブ世界の絵文字は、非アラブ圏では理解できないのではないでしょうか( "Meet the new Arab emojis perking up Dubai's WhatsApp chats", 28 February 2017)。

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つまり、絵文字には世界共通語としての要素と、限られた地域のコミュニケーション・ツールとしての両方の役割があることになります。さながら、この点においては英語と他の言語との関係のようです。

Emojiについての研究は既に始まっていますが、近い将来、研究も更に深まり、Emoji Studies(絵文字学)にも発展してくのではないでしょうか。その「メッカ」が日本の大学であっても良いと思います。

2017年4月 5日 12:17

音楽は何のために奏でるのか?:映画『四月は君の嘘』における音楽と自由

新川直司氏の大ヒット漫画の『四月は君の嘘』が原作です。映画『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』(原作『ミアの選択』)を彷彿させるものがあります。

『四月は君の嘘』
制作国 日本
制作年 2016年
監督 新城毅彦
出演 山﨑賢人、広瀬すず

あらすじ
【小学校の頃、天才ピアニストと言われた有馬公生は、ピアノの師でもある母の死をきっかけにピアノが弾けなくなっていた。普通の高校生となって2年生のある日、同じ高校に通う自由奔放なヴァイオリニスト・宮園かをりに出会う。かをりは、公生を自分のコンクールの伴奏者に指名し、公生にピアノを取り戻させようとする。かをりの影響を受けて公生は、徐々にピアノと向き合うようになっていくが、反対に、かをりは病魔に侵され、ヴァイオリンが弾けなくなっていく。】

音楽は何のために奏でるのでしょうか。

私が大学で教えるネパール、ベトナム、中国、韓国からの留学生に母国の代表的な別れの歌を教えて貰ったことがあるのですが、どれも素敵な曲ばかりでした。音楽とは、自分の傍に「いない」誰かを想い、言葉にならない感情をメロディで伝えたいという動機が大きな要素の一つなのかもしれません。

主人公・有馬公生は母親を失いピアノが弾けなくなったのですが、かをりに出会いピアノに「再会」します。

そして、ネタバレですが、舞台にいないかをりを想いピアノを弾きます。音楽はかをりの不在を補い、音によって彼女を「再現」させます。
それでは、なぜ、公生は母親を失った際に音楽によって補えなかったのでしょうか。映画では天才少年であった彼が母親のコピーのような存在であり、「自由」ではなかったように描かれます。

それに対し、持病に苦しむかをりは、不自由な状況で(それ故に)音楽に「自由」を求めており、その音に公正は本当の音楽の楽しさを初めて感じ始めます。

しかしながら、病気で苦しんでいたのは公生の母親も同様であり、母親も母親なりに息子の将来の「自由」を最大限、求めて猛特訓していたのです。

敢えて母親とかをりの違いを挙げるながらば、自分が「自由」を求める姿を公生に見せているかどうかということになるのかもしれません。かをりは懸命に「自由」に生きようとしながら、公生にピアノを弾かせようとしたのです。

ただ、作中の母親に自らの演奏で息子に「自由」な音楽を見せる余力があるようには描かれておらず、(親の視点では考えるところは少なくないのですが)筋としては良くできているということになります。
プロフィール
安井裕司
安井裕司
エジンバラ大学、バーミンガム大学博士課程に学ぶ。その間、ルーマニア・アカデミー歴史学研究所研究生。国際政治学博士(PhD)。国連大学国際紛争研究所インターン、夏期講習クラスコーディネーター、法政大学国際日本学研究所客員研究員等を経て、現在、早稲田大学エクステンションセンター講師、日本経済大学神戸三宮キャンパス教授。
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