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チェンジ ザ コミュニケーション ~多様性を楽しむコンフリクト・マネジメント

2010年3月 5日 00:42

第52回 和食の伝統・・・・

両手で抱えても回らない大皿の赤い花模様が河豚の刺身から透けて見えます。そして、箸を30度傾け、その刺身をずっずーと滑らせるようにして挟んだ鈴木有香です。

感涙・・・・・・・

これが噂の「ふぐ刺し」

東国からの私はまさかこれを経験できるとは夢にも思っていませんでした。

今回の研修は山口県湯田温泉という風雅な場所でした。しかし、そこに直接行くだけではつまらないと思った有香Pは、広島に途中下車し、パワースポット「厳島神社」と牡蠣三昧して、身を清めてから山口入りをしました。

それで、日本的な旅館食などを堪能していたのですが、器に盛られた小さな一つ一つの野菜や魚の料理がなんといとおしかったこと。肉はほとんどありません。生野菜のサラダもありません。しかし、おひたし、煮物、蒸し物、和え物、香の物と野菜たちは顔を変えて登場します。

なんと豊かな食卓でしょう!

コンビニの30品目サラダなどなくても、十分な野菜でお腹が満たされる至福の瞬間。

考えてみると、「ふぐ会席」にしても、「から揚げ」以外、あまり油を使っていない!
和食がヘルシーだというのを旅館の料理で再確認する自分も悲しいですが・・・・。

でも、いったい家庭料理となるとどうだろう・・・・と考えると・・・・・。

実はこの確定申告シーズン、書類整理の苦手は有香ちゃんは研修受講生だった税理士おじさんに呼びつけられ、彼の事務所が閉まった後、夜な夜なそこで入力作業をしています。
そして、19時半くらいになると、税理士おじさんのお母様が私に夕食を運んでくださるのですが、これがまあ、天晴れなお袋の料理。

ご飯、味噌汁、お新香の他に、焼き魚、おひたし、かぼちゃの煮物、切り干し大根、桜海老入り野菜サラダというのが今日のメニューなんですが、毎回、様々な野菜料理が登場します。

そういえば、祖母もこんな風に毎回食事を作っていたなあ!なんて思いながら、拡大家族風のにぎやかな食卓を思い出します。

祖父の家は自営業で、2,3人の従業員も雇っていた頃、祖母は従業員の人のお昼ご飯も作り、そして、家族のための晩御飯を作っていました。私は両親が共働きだったので、祖父母の家に預けられていたので、その頃は祖父母、伯父、伯母、泊り込みの従業員と私で食卓を囲んでいました。料理の数もいろいろあったように思います。

祖母はラーメン、冷やし中華もスープから作る人でした。うどんも手打ちです。いつも、いろいろな料理を並べていました。たくさんの人に料理を喜んでもらうのが好きだったと思います。また、家庭にたくさんの人がいると、食材も豊かになるのかもしれません。

祖母が亡くなって、祖母のラーメンや冷やし中華のレシピは失われました。これは一つの文化が滅んだことになるのでしょうね。

家庭の食事の原風景が今後どんな風に継承され、私たちの食卓のコミュニケーションが成立するかの基本に「家族」があるのだろうなと、ふっと思う今日1日でした。

2010年2月26日 00:07

第51回 710円の冷気

久しぶりの高気圧が日本を覆った水曜日、私は阪神電車の岩屋駅に降り立ち、「あ、なんかここ来た事がある?」と感じた鈴木有香です。
地図を見ながら、今日の研修会場に行ったらびっくり、数年前に私が初めて関西で研修をした場所でした。そんなおりに、私の関西デビューのきっかけをくださった関西大学の先生から、「今年の夏も関大の大学院の夏期の集中講座やりませんか?」というメールを受信し、不思議な偶然を感じました。

今回は短時間の研修だったので荷物が多くなかったのですが、やはり関西にはおいしいものが多いので、ついお土産でいろいろ買ってしまいます。それで、最寄の駅から自宅はけっこうタクシーを利用してしまうことが多くなります。しかし、地方を回っていると、東京の710円のタクシー料金は異常ですね。

それで、710円分のサービスとはなんだろうかと考えてみました。

私が一番タクシーの料金を損したと思う瞬間は降りるときです。
10台のうち、7台くらいの運転手さんの対応はこんな感じです。

1) 車を止める。
2) 運転手は領収書を切り取るのと同時にドアを開ける。
3) 私がお金を数えて、料金を渡す。
4) 運転手からお釣りと領収書をもらう。
5) 私はそれを数え、財布にしまい、荷物を確認して降りる。

この手順で何が嫌かといえば、(2)の段階でドアを開けられることです。

冬は寒いので冷気は入ってくるし、夏は蒸し暑い風が入り込んできます。

お金を数え、領収書をもらう、40秒程度の間に、居心地のいい空気が壊され、とても残念な気持ちになります。特に、冬場の冷気は「この暖かい空間のために料金払っているのに!!」という気分になります。しかも、風が強いときはお金を数えたり、領収書をお財布に入れるのがやりにくいのです。

運転手さんにすれば、ドアを開けるレバーと領収書を切る場所などが近く、あくまでルーティンな動きなのでしょう。しかし、接客業であるなら、「客の快適さ」に対して多少なりとも配慮するのがプロというものじゃないかと思います。自分の慣れ親しんだ動作ではなく、お客の動作に合わせてドアを開ける余裕を見せてもらいたいものだと思います。

これもやはりコミュニケーションではないでしょうか? 相手をどう遇するのかということは決して言葉だけではなく、相手のタイミングに合わせるという基礎的な問題にも思われます。

様々な職業にはその職業上、身についた動作とか、考え方とかありますが、それが相手となる客のニーズに合っているわけではないことがあると思います。これは決してタクシーの運転手さんだけの問題ではもちろんありません。

私のような「教える」仕事の場合は、「自分はこの授業を聞いていて、眠らないだろうか?」、「座っているのが苦痛ではないだろうか?」、「身体の細胞が動くような感覚を与えているだろうか?」なんてことを考えて、私は仕事をしています。

2010年2月20日 04:33

第50回 下町気質

東京の山手線の駅の中で一番地味な駅、田端が故郷の鈴木有香です。田端の山の手のほうは、昔、芥川龍之介とか室生犀星などの文士たちが住んでいたところでもありますが、坂の下は日暮里あたりから続く下町風なところです。そうはいっても区画整理があったり、マンションが建ったりで、昔風の路地などの情緒が漂う風景はほとんどなくなっています。

そして、私の小学校のときの同級生たちはいい親父になっており、PTAなどにも参加しているようです。また、町内会の青年部に入っている話なども聞くことがあります。メガネ屋さん、鋼屋さん、納豆屋さんなど、家業を継いだ同級生も少なくありません。

ここ3、4年、納豆屋の修ちゃんが年末に築地で買った食糧を分けてくれます。いつももらってばかりで悪いな、どうしようと思っていたら、「そうか、自分の出張のときの地方の名産物をお返しにしよう。」というアイディアが浮かびました。それでさっそく、先週の新潟出張のお土産をもって、16時頃、修ちゃんのお店に入りました。

「これ、新潟のお土産」という前に、修ちゃん、「なんだ、鈴木、今頃遅いぞ。」と一言、そして、「あ、お前、納豆持っていく?」
「これから、歯医者に行くから・・・。」と私。
「じゃあ、帰りに寄れよ。」という短い会話。

歯医者の帰りがけに寄ると、
「まさか、今日、その日に取りに来るとは思わなかったよ。 お前、ほんと、ずうずうしいな。」と言いながら、冷凍室に納豆を取りに行ってくれる修ちゃんでした。

上から目線のぶっきら棒な応対が修ちゃんなのですが、いかにもな下町風のやりとりなので、心が和む私です。

その言葉とは裏腹に、修ちゃんは素敵な人助けをします。去年の夏は、私の保育園からの友人の美恵子ちゃんのお父さんが痴呆症になり、徘徊しだしたとき、修ちゃんは車を出して、いっしょに引き取りにいったり、老人ホームに入所させるときも、お手伝いしたそうです。修ちゃんの親身の世話は今の都会の人には信じられないようです。

「まいったよ、それで、美恵子ちゃんの親戚やら会社の人たちが、俺とあいつの関係を疑いだしちゃってさ!!気持ち悪いったらないよ!」と迷惑顔で話す修ちゃん。

口が悪いけど、人情がある下町気質の修ちゃんがそんな誤解を受けてしまうのも現代社会が病んでいるということなのでしょうか。

他にも同級生のお母さんの入院を手伝ったり、お嫁さんの愚痴を聞いてあげたりと、修ちゃんは困った人に、言葉はきつく、態度は優しく寄り添います。

そして、年末に思い出したかのように私に築地からの食料を分けてくれます。「あ、これね。エーちゃん(元同級生)にもらったからさ、お前にもやるよ。」なんて言うのですが、そんな暖かい気配りが冬の寒さを忘れさせてくれるます。 

風景は変わっても、私たちの世代には、まだわずかに下町気質が継承されていることを修ちゃんの中に確認できることは日常生活の中のささやかな喜びです。

2010年2月12日 22:08

第49回 みんなが本当に同じに扱われること

今年初めての即興カニクラブ(http://kaniclub.com/)に参加してきて、大感動状態に浸っている鈴木有香です。カニクラブというのは、日本でも初期にインプロ(即興演劇)を学んだ俳優でもあり、現在は演技指導にも活躍されている吉田敦さんの主宰するワークショップです。ここ3年くらい行けるときに通っています。

日曜日のカニクラブはプロの演劇人を養成する場ではないのですが、そこの参加者全てが相手を快く受け止め、よりよいコミュニケーションの場を提供しようという心に満ち溢れた場でなのです。その場を作り上げているキーパーソンが吉田敦さんであり、一瞬にして彼の素敵なファシリテーター・マインドを魅了された私でした。そして、彼の偉大さが先週さらに確認でき、私も自分がまだ未熟者であることを実感したのです。

その日は目が見えない方が一人参加していたのです。インプロではパントマイムや動作が入るものもあるのですが、その日はそうした活動はできません。それで、敦さんが何をしたかというと、全員にアイマスクをかぶせたのです。もちろんその目の見えない方もお揃いのアイマスクをつけて参加しています。

そう、全員が同じ状態になる!!ということを限りなく追求した設定はもう見事としかいえません。目が見えない人にアイマスクをつけさせるという発想は私にはありませんでした。でも、おなじ小道具を身に着けて参加することがまた、一つの配慮なわけです。

そして、様々な活動が始まりました。視覚が完全にない場合、聴覚や触覚がたよりです。人の声の向きや大きさから、真っ暗な中で私に語られることに気がつく。
みんなで、「しりとり」をやっている時、言葉の一つ、一つが語られるとき、私の頭の中には一つ、一つの映像が浮かんできます。視覚があるときは、そんなことは起こったことがありません。
そして、言葉のパントマイムのような形で「職業あて」クイズ。さて、以下の文をその人らしく音読してみましょう。だれだと思いますか?

問1「へい、いらっしゃい、いらっしゃい、今日は安いよ!」
問2 「ほらおつり、300万円!」
問3  「ギーコ、ギーコ、パッシャ、ポンポンポン・・・(背景の音)」
    A「(パシャー、)ヒュー、ヒュー(息を吸い込む音)」
    B「ん、ん、これじゃあ、少ないよ。もう一度・・・・・」
     「バシャーン」

回答はあくまで、その場の演技者の意図したものですが・・・・。
問1(魚屋)、問2(八百屋)、問3(海女とその夫)でした。

このような活動から、みんなでお話を作る(ただし一人1単語しかいってはいけない)など、複雑な言語的即興演劇になっていきました。
だけど、もう、私はこれ以上にないくらい大声をだして笑ってしまいます。本当に意外性とみんなの想像力に感動しているからなんです。

そして、約2時間半後、アイマスクを取ると、心が澄み渡っている感じがしました。何か全てがクリアーな感じ、脳がすっきりリラックスしたような本当に気持ちのよい感じを得ました。

五感のうちの一つを取り去るだけで、他のあらゆる感覚が繊細になっています。

こうした経験ができたのもカニクラブの主宰の敦さんが、「みんなで楽しく!」を本当に追求したこと、あらゆる人々への愛情があるからなのだと思います。

ビジネスでは異なる人々を排除するのではなく、その全員を巻き込むというマネジメント(包括管理、インクルージョン)が重要になっています。本当にそれをやるということは、敦さんが目が「見えないからできない」という発想ではなく、「目が見えない人とそうでない人が同じ状態になり、活動する。」ために真摯に考え、リハーサルをしていたという発想の転換と実行力なのだと思います。

私は教育者としてのさらなる精進について、考えた日曜日でした。

2010年2月 5日 08:08

第48回 省略の美学?誤解?

出張が増えると体重増加が怖い鈴木有香です。2月の予定は新潟場所、山口場所、神戸場所、そして名古屋場所と巡業が続きます。私は日本語では全くバイリンガルではなく、東京標準の言葉しか使えませんが、地方へいくたび、アクセントやイントネーションの違い、語彙の違い、微妙な文法の違いに興味をもってしまうのは、昔学んだ社会言語学やバイリンガル教育の影響かもしれません。

吉本芸人の影響で、ある種の関西弁はメディアによく登場するのですが、いざ私が真似してみても、ネイティブの耳はごまかせません。まあ、そうですよね。一般に外国語を学んでネイティブ通りに話せるのは9歳から14歳くらいまでにその言語の音を十分に聞いて、微妙な音の区別ができないと、発音ができないのです。かつて米国の国務長官をしていたヘンリー・キッシンジャーも、14歳の頃に米国に移民して来たので、最後まで彼の英語には微妙な外国語アクセントが残っていたそうです。だけど、発音に癖があるからと言って、言葉が通じないわけではありません。

しかし、単語が全く異なったり、その話される状況がわからなければ、日本語だって全くわからないのも現実です。

状況:高校生の息子が部活を追えて、18時半に帰宅した。
母「け」
息子「く」

さて、何と言っているでしょうか?
翻訳すると、
母「食べる?」
息子「食べる。」
ということであると言うのを秋田県や青森県出身者の人に教わりました。

まさに、省略の美学です。俳句を超える短さです。
主語も目的語もなく、動詞だけで会話が成立する日本語ですが、さらに動詞が1つのひらがなに置き換えられることが、驚きです。東北恐るべしです。

こうした短い会話が成立する条件は会話する当事者が「言語情報」以外のものをたくさん共有していることです。母は「息子が部活をして、だいたいこの時間にお腹を空かせて帰ってくる」という情報がわかっており、息子も「家で、夕食の準備をするのは母である。」
ということがわかっているからなんですね。少なくとも、会話の当事者同士にとって、5W1H的な事実はかなり明白であるのです。

もし、話されている状況や人間関係がわからず、第三者的に会話を聞いていたら、次の会話ではどんなイメージを皆様は持たれるでしょうか。

男の声「(はぁはぁ)、いける?」
女の声「(はぁはぁ)、うん、もう少し。」
―間―
男の声「大丈夫?」
女の声「(はぁはぁ・・・んー)、まだ、まだ。」
―間―
男の声「後、少しだね。」
女の声「そう・・・、そこ、そこ!」
男の声「やったね!! 二人でゴールに向かおう!」

<作者の解説>
マラソン大会に参加したカップルがゴール直前2分間に語った会話です。

結局、会話している当事者と共有する情報や状況が少ないと、多くの人は勝手にイメージしてしまいがちです。だから、調停する人、ミディエーターとか本当に難しい仕事だと思います。

プロフィール
ニックネームさん
鈴木有香(ゆかぴー)
早稲田大学紛争交渉研究所客員研究員、桜美林大学・亜細亜大学非常勤講師。コロンビア大学にて修士号取得。米国諸大学講師を経て現職。一部上場企業(外資系含)でリーダーシップ研修等担当。 著書に「交渉とミディエーション」(三修社)など。早稲田総研インターナショナル「コンフリクト・マネジメント」講師。詳細:http://www.quonb.jp/service/management/index.html
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